12.勝負の時


「なんですの、にやにやして!」

 私たちが意地悪に屈しないのが面白くないのだろう。縞令嬢たちが詰め寄ってくる。

 そのとき、広間のざわめきが一瞬収まった。

 

 貴族たちが、一斉に頭を垂れて道を空ける。

 ――王妃様のお見えだ。


 王妃様は、若い。十五歳くらいだろうか。同盟国から嫁いできたらしい。エステル様から聞いたところによると、大変聡明だってことだけど、たしかに知性あるお顔つきに見えた。


 そんな彼女が身にまとうドレスは、紫色。

 エステル様から聞いた話だと、紫を綺麗に出せる染料はないはずなのに――令嬢たちの思いはみんな一緒なんだろう。じっと見事なドレスに見入っている。


 注目の中、王妃様が優雅な足取りで歩くと、紫色が赤に見えたり、青に見えたり、美しく揺らぎを見せた。

 それでわかった。赤い染料で染めた糸と、青い染料で染めた糸で織り上げて、紫に見えるようにしているのだと。

 さすが、ファッション産業に力を入れているだけのことはある。

 こういうセンスの持ち主なら、きっと――


 私はエステル様に目配せした。

 エステル様は、こくんと頷く。

 ちょっと緊張した面持ちだったけど、意を決したようにきりっとした表情で面を上げ、人混みの中から前に歩み出た。

「王妃様」

 本当なら、王妃様が他の人と挨拶しながら運良く近づいて来たところでお声かけするのが作法かも知れない。

 でも、敢えて遠くから声をかけるよう、エステル様と事前に打ち合わせてあった。

 面を上げた王妃様に向かって、エステル様が歩いて行く。

 背景と同化してしまうパステルイエローは、煌々と灯る光の下では、やっぱりぼんやりした色に見える。

 ほとんどの人が「なんだこの野暮ったいドレスの女は」という顔をした。

 王妃様さえ、一瞬そうなった。


 でも、それこそが私たちの作戦だった。


 エステル様は「野暮ったい女」という視線に怯む様子もなく、しゃんと背筋を伸ばす。

 決意に満ちた毅然としたお顔は、それだけで美しかった。


 そんなエステル様が、王妃様に一歩、また一歩と近づく度、ローブとスカートの裾が揺れ――鮮やかな赤が覗く。


 ほとんど白っぽく見えるドレスの内側に、ちら、ちらっと、鮮やかな色が少しだけ見えるから、どうしても気になってしまう。目を奪われる。

 隠していたものをのぞき見してしまったような、落ち着かない気分にさせられる。

 それまで壁と同化していたからこそ、その突然の登場は鮮烈だった。


 エステル様は王妃様の視線を充分に惹きつけながら、ほどよい距離まで近づくと、綺麗なカーテシーを披露した。このとき、袖口のフリルの内側に仕込んだ赤もちろっと見える。

「王妃様、お初にお目にかかります」

「そなたは……?」

「エステル・ド・マミエルにございます。本日はぜひ王妃様とお話する機会を賜りたく」

「――マミエル家は、古くからの忠臣であったな」

 おお、王妃様、他国から来たのに、この国の旧家も把握してるんだ。凄いな。

 エステル様も同じ気持ちだったんだろう。ぱっと顔を輝かせて面を上げると、周りに聞こえないほどの声でなにか囁いたようだ。

 王妃様の顔色が変わる。

「ふむ。……そなた、実に面白いな。話とは、なんだ?」

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