第24話 現代魔術師の初彼女


「ねぇ、起きて」


 いつもより少し早い目覚め。

 カーテンから入って来る日差しが全くない事から、それは明白だ。

 ミルの目覚ましも鳴ってない。


「今何時……?」


「うーん、4時って書いてるよ」


 うん。

 はい。

 まだ寝て1時間も経って無いよね。


「寝かせて」


 そう言って毛布を被る。

 そうした瞬間、首筋にチクりとした痛みが走った。


 流石にその痛みには目を開けざるを得ない。


「何すんの?」


「噛んだだけだけど」


「人の首筋噛まないで貰っていいかな」


「うん? 嫌だよ」


 横暴だ。


「早く起きて、暇」


 そりゃ、君は使い魔だからね。

 睡眠も食事も必要ないもんね。

 でも、俺は生身なんですよ。


「もう一回噛むよ?」


 毛布の中に潜り込んで顔だけだしたステラが、俺にそう言った。


「起きますですよ」


「でも噛むけど」


 理不尽だ。


 歯形4つを付けて、俺は上体を起こす。

 それに伴って毛布が落ちて、ステラの身体が露わになる。


「なんで服着て無いの?」


 それは、完全な裸だった。


「昨日は楽しかったね」


「何を俺が如何わしい事したように捏造してくれてるの?

 昨日は魔力の使い過ぎだったから、俺直ぐ寝たよね」


「えへっ、だってさっき調べたらこの世界では、男女の朝は記憶無いから騙せるって書いてたもん」


「それって、お酒で酔っぱらってる時でしょ?」


「じゃあ飲もうよ、お酒」


「飲まないよ。

 飲んだ事ないし」


「僕も無い。

 だから飲んでみたい」


「はぁ、コンビニ行く?」


「うん!」


 ステラは日本語を話せている事から、この世界の言語知識を土御門宮子からインストールしているのが分かる。

 加えて言うのなら、この世界の常識部分もある程度保管していると考えられる。


 何せ、スマホを片手でタイピングできる程だ。

 勝手に俺のスマホを使って、勝手に色々検索したらしい。

 証拠に、俺のスマホの画面が割れてる。


 何で割るんだよ。


 術式でスマホを修復しながら、ステラに服を着替える様に促す。


「ステラ、換装できるよね?」


 使い魔であるステラの身体は魔力で構成された、半霊体だ。

 つまり、自分の意志で好きな外見を生成する事が可能である。


 もっと言えば、ステラと一緒に召喚された聖剣も出し入れ自由でもある。


「できるよ?」


 そう言って、ステラの服が生成されていく。

 それを見て、俺は頭を抱えた。


「なんでワイシャツとジーンズなの……?

 しかも、髪ちょっと濡れてない?」


「彼氏の家に連れ込まれたけど、着替えが無かったから彼氏の服を貸して貰った。

 っていう設定だよ。

 それで、今から彼氏に命令されてゴム買わされるの」


「バカか」


 どこでそんな知識蓄えやがったこの淫乱処女。

 ただでさえ髪色コスプレ女なのに、そんな恰好すると目立ってしょうがない。


「ねぇ、レン」


「なに?」


「昔は、魔力切れでも3日不眠とか余裕だったじゃん」


「そうだったっけ?

 けど、16年も平和な国に住んでるんだよ。

 鈍りもするさ」


「嘘……なんで昨日、僕を襲ってくれなかったの?」


 ステラが俺の顔を覗き込む。

 その目は深淵を覗く心眼だ。

 嘘なんて意味は無い。


「誰かに、気を使ってる?」


「いいや」


「昨日の黒髪の女の子と……

 それに、もう一人居るね」


 本当に、やりずらい。


「良かったね、お友達ができて」


 本当に、この女は俺を簡単に見透かして、越えて来る。


「ステラ」


「何かな?」


 俺は彼女の手を引いて、ベッドに倒す。


「んっ」


「俺は君の物だ」


「うん、知ってる」


「言っとくけど、俺そういう経験無いからね」


「知ってるよ。私も無い」


 ぎこちなく、探る様に。

 でも、向こうは異世界最強、一騎当千の英雄様で。

 俺だって一応魔術師とか暗殺者とか、転生者な訳で。


 一度要領を理解したなら、慣れるのは一瞬だった。

 直ぐに理解して、直ぐに効果的な戦術を発見する。


 戦術を実践可能な技術が両者には備わって居て、卓越した身体操作と経験は発揮に場所を選ばなかった。


 なんつうか。


「ステラ……しか俺は知らないけどさ」


「うん」


「なんか上手くない?」


「それはこっちの台詞だよ」


 愛している。

 それは間違いなく事実だ。

 けれど、そんなチープで安い言葉だけで表せる関係でも無いのだと思う。


「賭けをしよっか」


「なんの?」


「記憶を消した彼女たちが、レンの前に戻ってくるかどうか」


「なんだよそれ。

 俺はもう学校には行かないし、そんな可能性は無いよ」


「じゃあいいよね。

 私は来る方に賭ける」


「そもそも何を賭けるのさ?」


「相手の言う事を一つ聞くで、どう?」


 俺は彼女の望みを何となく想像できた。

 俺は君の為になんでもする。

 そんな俺に、賭けをしてまでさせたい事。


 そんな物は一つしか思い当たらない。


「無理だ。

 そのお願いを俺は聞けないよ」


「そうかな。

 僕は今のレンならできると思うよ」


「昔の俺と何が違うって言うの?」


「守りたい物が沢山ある。

 レン、変わったよね。

 まるで、僕みたいな話方をするようになった。

 昔に比べて凄く真面な戦術を選ぶようになった。

 人間魔王の異名が泣くよ?」


「俺には過ぎた綽名だよ」


「何よりも。

 家族も友人も私も、全部を救おうなんて。

 今の君は、まるで勇者ぼくみたいだ」


「勝手な事を言わないでくれ。

 俺の口調が変わったのは、コミュニケーションの最適化だ。

 守るのは、それが俺の人生にとってメリットになると思ったからだ。

 全部救おうなんてしてない、俺は……」


「そうだね、君は君を救おうとはしていない。

 その様が、本当に英雄に視えてしまう」


「違う、俺は俺の為に全部やってる」


「私の為に、土御門宮子を殺さない。

 友人の為に、彼女たちの記憶を消して危険から遠ざける。

 家族の為に、魔法を教えて、魔法を隠して、記憶を消して。

 これで、損をするのは君ばかりだよ。君ばかりが、怨まれる。

 メリット? 馬鹿言わないでよ、君にとって一番利益になる方法は、僕をさっさと消す事だ。

 この世界で、君が幸せに生きる為に一番邪魔なのは、間違いなく僕だよね」


 及ばなさいさ。

 英雄なんてガラじゃない。

 君の様に、俺は多くを守れない。

 大きい事は成し遂げられない。


「結局、ステラの言う事に従うしか無いって事じゃないか」


「どうかな、それは君の友人次第だよ」


「英雄ってヤツは、本当にムカつく連中だ」


 いつだって俺を下に見て来る。

 俺を助ける対象だと思ってる。

 それが、どうしようもなく俺が英雄では無いと見せつけられている様だから。


「ステラ、覚悟しろよ」


「ベッドの上でしか女に強く出られない男なんて、僕は嫌いだよ」


「分かってるさ。

 でも、俺は君に殺意なんて絶対に抱けない」


「分かってるさ。

 僕がするのは成仏だ」


「分かってるさ。

 俺は、君を愛して殺す」


「分かってるさ。

 君は唯一、僕をずっと思ってくれていた人なんだから」


「分かってるさ。

 だから、君を殺せるくらい、君を愛させてくれ」


「んっ。分かってるさ。

 僕にメロメロにして上げるよ。

 沢山デートをしよう?

 ずっと一緒に居よう?

 もっと力強く抱いて?」


 そう言って、彼女は俺にキスをする。

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