第23話 勇者と賢者の約束


 社の元には、2人の女が座っている。

 一人は上座に畳を引いて、茶菓子を摘み緑茶を啜っている和装で黒髪の女。

 土御門宮子。


 もう一方は壇下で立膝を抱えて座る、桃色と紫の中間の様な髪の女。

 ステラ・セイ・アンドロメダ。


「ねぇ、お腹空いたんだけど?

 僕もそれ食べてみたい!」


「使い魔に必要な補給は霊力のみでしょう。

 そもそも誰のせいで私がこのような場所に縫い留められていると思っているのですか?

 解ったら、もう少し真面に警護してきなさい」


「心配しなくても僕の知覚範囲は、この上の学校の全校生徒の位置を把握できてるよ。

 っていうか、そのお菓子って趣向品だろ?

 だったら君だって補給じゃなくて、美味しい物食べたいだけじゃないか」


「使い魔が主に意見するなと、何度言えば分かるのでしょうかね。

 全く、この馬鹿な式は……」


 そう言いながら宮子は追加のみたらし団子に手を付ける。


 土御門宮子は、現在この場所から動く事は出来ない。

 使い魔の顕現と言っても、召喚の為の魔力だけを用意すればいいという訳では無い。


 英雄級の使い魔を顕現させ続けるなら、それに比例した量の魔力が持続的に必要となる。

 よって、天狗の社の近くで常に魔力を補強される事が必要不可欠になる。


「はぁ、速く戻ってこないかな……レン」


 と、ステラがダレ始めた所で……


「まだ俺が居なくなって5時間くらいしか経ってないでしょ」


 俺は姿を現す事にした。


「なっ! 天羽修!?

 どうして報告しなかったのですか小娘!」


「え? だって貴方の命令って私の護衛と周囲の索敵でしょ?

 報告しろなんて言われてないし」


「って事だよ。

 英雄級の使い魔を使うなら、命令も慎重にって事だね」


 俺がそう言うと、口に運んでいた煎餅を宮子は噛み砕く。


「何をしにお戻りに?」


「それより、父さんはどこ?」


「貴方の父君と私は同格の権限を有しています。

 私の質問に答えて下さい。

 さもなければ、もう一度貴方に勇者をぶつけます」


「じゃああんたでいいや。

 俺はあんたたちのやって居る事を黙認する事を約束する」


「協力……ではないのですね?」


「あぁ、協力はしない。

 代わりに、あんたたちに要求するよ。

 ステラを自由にさせてくれ」


 俺の優先度は最初から決まっている。

 ステラだ。


 折角彼女が蘇ったのだから、俺は彼女に少しでも楽しんでほしい。

 少しでも自由な時間を過ごして欲しい。


 異世界で最強と呼ばれ、勇者と称えられ、救世を望まれた彼女に、普通の生活を体験して欲しい。

 その為に、この国の状態は非常に相性がいい。


「ふざけないで頂きましょうか。

 貴方には我々に協力して頂くか、死ぬ以外の解答は存在しない」


「あぁ、そう見えるのか」


 術式起動。

 転移。


 俺は、宮子の後ろから肩に手を回す。


「あのさぁ、一つ聞いていいか?」


「あ、この術は……」


「ステラの顔が少し腫れてるみたいなんだよ。

 理由知ってたら教えて欲しいんだけど。

 なぁ、異世界で勇者、英雄、求道者と呼ばれたステラには、国王会議で決まった絶対の縛りがある。

 いついかなる状況下に置いても、同族を殺めてはならない。

 じゃあさ、同族の馬鹿をぶち殺して回ったのは誰だと思う?」


 俺は暗殺者だ。

 その腕を見込まれ、B級でありながら魔王決戦に置いて勇者の補佐をする事を許可された。


「小娘! 私をまっ!」


 そう言おうとした瞬間、俺は宮子の口に指を捻じ込む。


「……ごばっ」


「ステラはあんたの言う事は聞かないよ。

 まぁ、ステラのやってる事は護衛なんだろう。

 でも、護衛って言葉には色々と解釈がある。

 命を守る事。

 護衛の意味がそうであるのなら、命を害さないと判断された者は素通りされる。

 あんたが護衛って言葉をどういう意味で使用したのかは関係ない」


 ステラは普通の式神や使い魔じゃない。

 人間であり、英雄であり、勇者である。

 故に、主の解釈や思考を読み取らない。

 ステラを御しきりたいのであれば、術式を完璧に解釈する言語能力が必要だ。


「でも、ステラの解釈ではそうだ。

 そして、ステラは俺があんたの命を取らないって解釈した。

 だから、ステラは行動しない」


 要するに、ステラの頭でも分かるくらい簡単で単純に命令しろって事。


「追加の命令ももうできない。

 あんたの命は俺の手の上だ」


「ん、んんん!」


「俺からあんたへの提案内容を言うよ。

 俺とステラに命令しない事。

 俺とステラを自由に行動させる事。

 その約束が守られる限り、俺はあんたらの邪魔をしない」


「うぅんんん!」


 顔を横に振り、宮子は俺を睨みつける。


「世界征服でもなんでも俺とステラを巻き込まず勝手にやってくれって事」


 そう言って、俺は口の中に突っ込んでいた指を抜く。


「ガハッ、グホッ!

 ふざけないで、主導権はこっちにあるのよ!

 それに、そこの勇者を召喚し続けている限り私はここを動けない。

 こんなデメリットを背負って、何も得られないなんて……」


「殺されかけてる人が何言ってるのかな?

 後得られてるだろ?

 君らの世界征服を俺が邪魔しないっていう、メリットがさ」


 そりゃ、ステラの戦力は俺より上だ。

 でも、それは召喚獣であるステラの事じゃない。

 召喚獣である限り、召喚主という弱点が付き纏う。


 そして、ステラに召喚主を守る意思が無い以上、俺に対する完全な対策は不可能。


「ステラがどれだけ強くても、俺はあんたを殺すだけだ。

 天敵召喚ね、初心者の思いつきそうな術式だ。

 自分自身じゃ勝てないって宣伝してるような術式を、良く堂々と俺の前で使ったモノだね」


「…………お前、何なのよ……?」


「異世界の魔術師だよ」


「僕の賢者君だよ!」


「……分かったわよ。

 その提案に乗って上げる」


 まぁ、そう言うだろうな。

 そっちからすれば取り合えず提案に乗って置いて、世界征服計画の危機的状況で提案を破ってステラを使うってのが一番利益が大きい。


 この期間を使ってステラを調査し、命令権の確立を目指す。

 そんなとこかな。

 まぁ、好きにやればいいさ。

 俺も、そんなに長く自由で居られるなんて思ってない。

 ステラだって、十年も二十年もこの世界で暮らす事は望まないだろう。


 俺はただ、ステラに少し羽休めをして欲しいだけ。

 その後は、世界征服に使われようがどうでもいい。


「あぁ、それとあんたに2つ言っとく事がある」


「何かしら?」


「自分の子供の躾はしっかりする事。

 そして、俺はステラを害する奴を許さない」


「え……ぶっ!」


 宮子の顔面をぶん殴る。

 歯が二本程折れ、鼻血を流して倒れた。


 だが、この程度で命の危険とは判断されない。

 ステラの護衛という命令が実行される事はない。


「ステラへの命令を全て解除しろ」


「……勇者の全ての命令を解任します」


「りょーかいだよ」


「ステラ、取り合えず俺の家に住んでくれる?

 豪邸とかじゃ無いけどいいよね」


「うん! 大丈夫だよ。

 僕はレンと一緒に居られるだけで幸せだから!

 あ、でも防音とかってしっかりして欲しいかな~って」


「なんでそんなに性欲旺盛な訳?」


「初めて拗らせてるからかなぁ?

 ほら、勇者って神聖な存在な訳でしょ?

 って事は聖女とかより断然大切にされるんだよね……

 でも、やっぱり僕も普通の女の子としてさ、そういう事には凄く凄く興味ある訳で…………もしかして嫌?」


 少しだけ、不安な顔で彼女はそう言う。

 その表情には昔から弱い。

 彼女からお願いされるのは、無理難題ばかりだったがその度に俺は頷いた。


 それは、ステラが今みたいな目で俺を見るからだ。

 これは英雄に願われているという、承認欲求なのだろうか。

 それとも、彼女を好きだからなんだろうか。


 恋愛を分からないと輝夜ちゃんに言った俺の言葉に嘘は無い。

 でもステラともう一度会って、好きくらいの感情は分かった気がする。


 どちらにしても、俺は彼女のその目を拒否できない。


「嫌じゃないけどさ」


「いぇーい、ヤリまくるぞぉー!

 えいえいおー!」


 ビッチみたいな事言うの止めてくれる?

 度胸全開の処女って何なの!?


「ステラ、声デカいから!」


「ほよ、大丈夫だよレン。

 どうせ、不倫おばさんしか聞いてないから」


 やめてさし上げろって。

 鼻血出しながらめっちゃ睨んで来てるじゃんかって!


 不倫おばさんの睨みが、口に指を突っ込んでいた時より鋭くなっていたので、俺は転移でステラと一緒に帰宅した。

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