第3話 一般生徒の隠し事


 職員室の前で、俺は溜息を1つ吐く。

 教師というのが、俺はあまり好きじゃない。

 それは、殆どが今の担任のせいだ。


入間いりま先生は居ますか?」


「あ、い居ますよ!」


 入間先生は自分の席に居たので、俺は失礼しますと言って職員室に入る。


「な、なんの御用ですか?」


 俺が気に入らないのは先生の立ち回りだ。


「これ、土御門さんの補修プリントです」


「え? ななんで天羽君が、も持ってくるんですか?」


「土御門さんが勉強できないからですけど」


「は、はぁ……?」


「土御門さん虐められてるじゃ無いですか?

 勉強に気を割く余裕が無いと思うんですよ。

 だから、僕が代わりにやりました」


「い虐め……ななんて、そそんなお大げさな……」


 動揺を隠しきれない表情で、先生はそう言う。

 入間先生は、生徒からNPCという蔑称あだなで呼ばれている。


 その自覚はあるだろうし、言われていたところも見た事がある。

 その時、先生は注意する処か笑って誤魔化した。

 そこから、俺はこの人の事がそんなに好きじゃない。


「こういう些細な所から、いじめって他の先生とかにもバレると思うんですよ。

 いいんですか?」


 そう言うと、入間先生は焦ったようにプリントを受け取る。


「こ、これは採点しておきますね。

 つ土御門さんにも、い言っておいて下さい」


「はい、失礼しました」


 俺は職員室から出て、身支度を済ませる。

 土御門さん、荷物持たずに帰って行ったけどいいんだろうか。


 下校する頃には、夜は更けていた。

 新作のRPGをやろうと思っていたのに、そんな時間も無さそうだ。


 英雄、そうなれる逸材。

 それは間違いない。

 だが、それはまだ卵だ。


 幾ら卵が黄金に輝いて居ようと、割ろうと思えば割れるだろう。

 何せ卵なんだから。


 それは嫌だ。


 俺は日本に転生して、それなりに平和な時間を過ごしている。

 戦争も無く、魔物も居らず、厄災も無い。


 人間が完全に惑星の頂点を独占し、同種族での争いしかない。

 平和な物だ。


 俺はこの人生を幸せに終えると決めている。

 だから、青春の高校生活、同じクラスの女の子が不幸なんて気に入らない。


 家に入る直前、スマホが鳴った。

 メッセージ欄に『赤』という一文字だけが表示されている。

 差出人は『一式』。


 これは、土御門さんに付けている使い魔からの信号だ。

 電子機器との出会いは魔術師として運命だった。


 これを魔術に組み込むというアイデアは、一瞬で思いついた。


 受信した『赤』は危険信号を指す。

 つまり、土御門さんがピンチという知らせだ。


 いじめられてるのも嫌っちゃ嫌だが、死ぬなんて論外だ。


 1年の夏だぞ。

 クラスメイトが死んだとか、卒業まで引きずるわ。

 使い魔のGPSを読み取り、位置情報を捕捉。


 制服の襟に付けたピンバッチに触れる。


 それは、変身の魔道具。

 認識阻害の仮面、隠遁のローブ。


 そして、スマホに装着するカバー型の魔術媒体が自動的に換装される。


 携帯端末から、自作の隠しアプリを起動する。


 アプリを起動すると、幾つかのアイコンが表示される。

 そこから『転移』と書かれた文字に触れた。


 一瞬で、視界が飛ぶ。


 敵を確認。

 人型アンデッド6体。

 土御門さんは戦闘不能。

 意識も殆ど落ちてる。



「後は任せろ」



 言うと同時に、俺はスマホから術式を起動する。


『エアリアルブレイド』


 スマホの画面にそう表示された。


 手の甲から伸びる空気の断層。

 それは、接触した物質を切り裂く刀だ。


 土御門さんの足を掴み持ち上げていた腕を切り裂く。


 落下した土御門さんを抱き抱え、地面に寝かす。


 人差し指の先を伸ばし、敵に向ける。

 親指を立て、もう一方の手でスマホを操作する。


『フォースバレット』


 火、氷、風、雷。

 四属性の弾丸が連続でアンデッドを穿つ。


 そのまま連続で術式解放。


『エアリアルキャノン』


 俺の頭上に魔法陣が展開。

 そこから、ロケットランチャー並みの威力で爆裂する風の塊が発射される。


 とはいえ、民家を巻き込んではいけないのでカーブを付ける。


 方向は上だ。


 アンデッドの一匹の腹にエアリアルキャノンは命中。

 そのまま押す様にアンデッドを打ち上げる。


 打ち上げられた妖魔は、風の断裂によってズタズタに切り裂かれた。


『エアリアルブレイド』


 左の手の甲からも、風の刃が伸びる。

 二刀流だ。


『スピードブースト』


 身体強化が全身を包む。


再現技巧テクニックインストール:静神流剣術』


 身体操作を電脳精霊AIに補助させる事で、異世界の剣術を再現する。


 俺は魔術師であっても、剣士では無かった。


 けれど勇者は、魔術師であって剣士だった。


 この流派は、俺が憧れた女勇者の流派だ。


 俺の記憶を元に、できうる限りその剣術を再現した物。


 静神流剣術。

 それは相手の動きの全てを読み切り、完全な解答カウンターを叩き込む剣術。


 電脳の知性を保有する俺の精霊と、ここまで相性の良い剣術は無い。


『「第一秘剣」』


 俺に焼き付く鮮明な記憶。

 憧れの歴史。

 追いつきたいと願った結晶。


 あの少女を思い浮かべ、可能な限りその動きを思い出し。


 少しでもあの少女の思考に近づく事を目的に、――剣を振るう。


『「――翡翠カワセミ」』


 獰猛なアンデッド。

 この世界では悪霊と呼ばれる存在。


 その動きは単調だ。

 力任せに攻撃をしてくる。


 当然の事かもしれない。

 悪霊は人の怒りや恐怖から生まれる。

 そんな場面で平静な思考などあろう筈もない。


 避け、受け、流し。

 そして、返す刃で急所を抉る。

 それを4度繰り返す。


 終わりと共に、刃を払い紫の血を拭った。


「ウォオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」


 背後から恐大な雄叫びが上がる。

 気配が増殖した。

 その数は30以上。


「ここまで斬り捨てて、まだ増殖するか」


 俺には魔力が平均の十分の一程度しかない。

 それは転生しても変わらなかった。

 だから大規模な魔法は専門外だ。


 故に、馬鹿の一つ覚えで悪いが死ぬまで殺す。


拡張術式アップデート・ロングソード』


 風の刃を伸縮させるオプション術式を起動する。


静神流第一秘剣・翡翠死ぬまで殺せば何れ死ぬ




 …………




 結局、全て殺しきったのはそれから30分以上後の事だった。


 俺は土御門さんを自宅の前に寝かし、ピンポンダッシュで帰宅した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る