メフィストフェレスの溺愛〜婚約破棄された令嬢は悪魔と復讐する〜 

水間ノボル🐳@書籍化決定!

短編 婚約破棄された令嬢は悪魔と出会う

「リーザロッテ・アーチボルト伯爵令嬢、あなたとの婚約を破棄する!」


 ここはクレメンス公爵夫人のお屋敷の大広間だ。王都の貴族中でも選ばれた者しか招待されない特別な舞踏会で、リーザロッテは婚約破棄を宣告された。


 大いにざわつく招待客たち。 


 それもそのはず。

 王都一のお似合いカップルと言われたアーチボルト伯爵令嬢と、ヴォルドーフ公爵が、今まさに突然の婚約解消となるのだから。

 今夜の婚約破棄は噂好きの令嬢たちの間で数年間は愉しまれるに違いなかった。 


「公爵様、どうしてですか?わたくしは誰よりもあなたをお慕い申し上げているいますのに……。もしもわたくしに至らぬ点があるのでしたら、今ここでおっしゃってください。どんなことでも直しますから」


 リーザロッテは突然の非道な仕打ちに泣きたいのを必死に我慢して、冷静な態度でヴォルドーフ公爵に尋ねた。


「すまない。君は何も悪くない。ただ、わたしは本当の愛を知ってしまったのだ。君の妹君と……」


 リーザロッテは絶句した。まさか自分の妹——シャルロッテが自分を裏切るなんて。


「君には黙っていたが、わたしはシャルロッテをずっと愛していた。シャルロッテもわたしも愛してくれていた。所詮、君との婚約は親の決めたものだ。真実の愛はではない」


(あたしは本気で愛していたのに……)


 急にヴォルドーフ公爵への気持ちが冷めていった。真実の愛とはよくも言ってくれたなクズ男と、リーザロッテは思った。


 クズ男のヴォルドーフ公爵にもう気持ちはないが、リーザロッテはどうしても涙が込み上げてきた。

 こんなクズ男を愛してしまった自分が許せないのだ。


「公爵様、よくわかりました。シャルロッテと末永くお幸せに!」


 リーザロッテは涙を必死に堪えながら、大広間を走った。貴族の夫人たちが好奇の目でリーザロッテを見ていた。


 ——シャルロッテ様のほうがかわいいし愛嬌もあるし学問もできますものねえ。わたくしだって男ならシャルロッテ様を選びますわ。


 ——わたくし、最初からお二人はうまく行かないと思っていましたのよ。予想通りの展開ね。ヴォルドーフ様のような美男子があんな……あら失礼!レディにあるまじき失言をするところでしたわ。おほほほ。


 ——リーザロッテ様はこれからどうなるのかしら。とっても心配だわ。嘘じゃないのですのよ。わたくし、本当に彼女が心配なんです。今度のお茶会にお誘いしようと思っていたけど、こんなことの後じゃ、お誘いやめておいたほうがいいかしら。招待客リストから削除しなくちゃ!


 社交界の令嬢たちの囁きがリーザロッテに聞こえてくる。

 一刻も早く、この場所から出てきたかった。 


(みんな地獄に堕ちろ!)


 ◇◇◇


 リーザロッテは馬車に乗って家へ帰ろうとした。

 しかし、家でメイドや両親に同情されるのも嫌だった。

 今はひとりになって号泣したいと思ったリーザロッテは、馬車に繋がれた馬の縄を解いて、森へ走って行った。


 シュヴァルツバルトの森。

 王都の近くにある深い森だ。

 昔から怪しげな魔法使いやらドラゴンやらユニコーンやら、異形のモノが住む場所だ。

 リーザロッテはこの森が危ないと知っていたが、頭がぐしゃぐしゃになっていたから、何にも考えず森の奥へどんどん進んでしまった。


 馬に乗りながら、いい感じで泣ける場所を探していると、大きな湖畔にたどり着いた。

 満月が水面に揺れていた。暗い波間にリーザロッテの顔が映った。


 (いっそこのまま死のうかな。)


 ばうばうばう! 


 背後から犬の鳴き声が聞こえた。

 はっとして振り返ると、黒い犬がじっとリーザロッテを見ていた。

 薄気味悪い犬だ。目は火のように赤い。牙を見せながらリーザロッテを嘲笑っているようだ。


(この犬。なんだか怖い……)


「ねえワンちゃん。あっち行ってくれない?あたしはこれから由緒正しい悲劇のヒロインになるんだから。ワンちゃんがどこかの国の王子様なら話は別だけど」


「わたしが王子様ならいいのか?」


「そうそう。婚約破棄された令嬢を幸せにする理想のダーリンが——」


 (今、犬がしゃべった?)


「お嬢さん、驚かないでください。わたしはただの尨犬です」


 自分は犬だと言うこの男は、シルクハットと片眼鏡をかけた紳士だった。リーザロッテの目の前にいるのは、まぎれもなく人間だ。

 ただひとつ、赤い目だけが犬の原型をとどめている。


「お嬢さん、わたしと契約しましょう」


「契約って?」


「お嬢さんの願いを何でも3つ叶えましょう。その代わり、お嬢さんが死んだ後、永遠に魂はわたしのものになり

ます」 


「本当に何でも?」


「どんなことでもお安い御用です」


 リーザロッテは少し考えた後、結論を出した。

 絶対に叶えたい願いがあった。


(最初の願いは、もう決まっている)


「復讐。ヴォルドーフ公爵とあたしの妹シャルロッテを苦しめて破滅させてほしい」


 犬だった紳士はにっこり笑った。


「お嬢さん、ひとつ目の願いをさっそく叶えましょう。ああ……申し遅れました。わたしの名前はメフィストフェレスです。以後、お見知りおきを」

 

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