ウォット・ユー・ビリーヴド・イン 7(終)
その後。
運河の底に氷漬けで沈められた春谷はANNAの事後処理担当部隊にサルベージされ、そのまま総局へと連行された。また春谷に監禁されていた与太者たちと風俗嬢も一時保護され、事件の記憶を消された上で解放された。与太者たちが当初行っていた悪行――風俗嬢を集団で犯そうとした――についてはこの国の警視庁に報告がなされるであろう。一般犯罪への対処は国連ANNAの受け持つところではないのだ。
誓と満里奈も総局へ帰投し、機動部隊司令官に任務完了の報告をしてから家路についた。
学生寮まで夏海に送ってもらい、速やかに寝支度をしてそれぞれの床に就いた。……就こうとした、のだが。
「…………………………」
誓はなかなか寝付くことができなかった。
理由は至って明白で、春谷のことがどうにも頭から離れなかったからだ。
春谷は『アレース1』の仲間が地球外生命体に連れられて5000光年先の惑星へ行ったと認識しており、彼女らを地球へ連れ帰るべく
ずっとそのことについて考えていた。もしあのまま誓たちが――ANNAが介入しなければ、春谷は計画を実行に移し、宇宙へ旅立っていたことだろう。光になって、光を超えて、星の大海に挑んでいたことだろう。
しかしその航海の果てで、本当に彼の仲間たちは待っているのだろうか?
(あるかないかで言えば、多分ない。だって、全ては脳の錯覚だったって考えるほうがよっぽど自然だもの。……でも)
それは地上の第三者が後から引っ張り出してきたもっともらしい屁理屈に過ぎない。
結局のところ、“その時そこで何が起きていたのか”という真相は誰にも分からないのだ。その時そこにいた春谷当人でさえも。
もしかしたら彼の脳が見せた都合の良い幻だったのかもしれないし、本当に宇宙人が助けに来てくれていたのかもしれない。あるいはその両方という可能性もある。
……誓はもぞもぞとベッドを抜け出し、満里奈を起こさないよう静かに居室を出た。
寮の廊下から非常階段へ出て、最上階まで登っていく。そして東京コロニーの夜景を一望できるそこから、南南西の空へと目を遣る。
摩天楼。夜空を照らす街明かり。人工の光に焼き尽くされて、宇宙の星はほとんど見えない……だが一部の極めて明るい星のみは輝きを遮られず、その光を地上まで届けている。
あの赤き惑星、火星もそうだ。二年に一度の最接近を控え、日に日に明るさを増していっているあの星も。
(……この星とあの星の間で、何かがあった。そして春谷さんだけが帰ってきた。他の人たちはまだ宇宙にいる、生きているかどうかはさておき。……確かなことはそれだけ。ただ、それだけなんだ)
「ちーかいっ」
「! ……満里奈」
「眠れないの?」
「うん。起こしちゃった?」
階段からひょこっと顔を覗かせてきた相部屋にそう言って応じる。
Tシャツに短パン姿、少し眠たそうな目つきの満里奈は「んーん」と首を振りながら微笑み、誓の右隣に立った。
そして今しがた誓がそうしていたように、南南西の空に浮かぶ紅の星を見つめる。
誓もまた、彼女に倣って夜空に視線を戻す。
「……なんだか私、気になっちゃってさ。春谷さんのことが。もしあの人が星の大海を航って、5000光年先まで行ったとして……本当にもう一度仲間と会うことはできたのかな、って」
「誓はどう思うの?」
「私? 私は、えっと……」
誓は思わず言葉に詰まった。
すると、満里奈は。
「わたしはね、きっと会えると思うの」
「どうして?」
「会えると思うっていうか、そうであってほしいなー、って思うの。だってそうじゃないとさ、あまりにも救いがないでしょ?」
「………………」
「だから宇宙人もいるんだよ。きっとみんな宇宙人に助けられて、この
満里奈がそう言って、てへへ、と笑った時。
「「あっ」」
視界の端で何かが光った。
二人が揃ってそちらを見ると、真っ赤に輝く特大の流れ星が夜空を切り裂き、ちょうど火星と重なるあたりで消えるところだった。
流れ星。宇宙に浮かぶ小さなチリが地球の大気圏に突入し、摩擦熱で燃えながら発光する天文現象だ。それ以上でもそれ以下でもない。
けれど……今の誓には。
「…………うん。宇宙人はきっといる。それに、地球の近くにだって来てくれてるよね。……きっと」
(ウォット・ユー・ビリーヴド・イン 終わり)
ウォット・ユー・ビリーヴド・イン(君が信じてたこと) 江倉野風蘭 @soul_scrfc
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