大人気ASMR配信者につかまった僕、食べられてしまいそうです
未(ひつじ)ぺあ
第1話 ASMR美少女配信者
「こんにちは、すずえむあーるの、えむでーす♡ 今日は、ここにならぶ、琥珀糖を、たべていきたいと思いまーす」
――いつもと何の変哲もない、高3の春のことだった。
僕、
ちなみに、一銭も稼いでいない、高3居候ニートだ。
いや、学校には通っているからニートではないのか……とにかく、自分のステータスを反復するだけで虚しくなる。
「はあ……お金を稼げるチャンスが空から降ってこないかなあ……」
なんて戯言をぼやきながらも、僕はスマホの、動画アプリが開いた画面をぼんやりと眺める。
最近、動画アプリが流行にあり、そこには何万人という人が動画を投稿している。僕も、暇さえあればこのアプリを開いている。暇つぶしといったやつだ。
と言っても、ただ「おすすめ」に出てきた動画をクリックし、見る。見終わったら、自動的に次の動画が再生される。この無限ループに入り、抜け出せない。
ちなみに動画を漁り始めて、かれこれ三時間は経過している。
今流れてきたのは、どうやらASMRのようだ。
『琥珀糖を食べる! ASMR♡ /すずえむあーる』という動画。
チャンネル登録者、70万人。ASMRとやらには詳しくないが、僕はその動画を無造作にタップする。
途端、装着していた無線イヤホンからささやき声が漏れ、僕はびっくりしてスマホを取り落としそうになった。
「琥珀糖だーいすきなので、とてもたのしみです!」
画面に映るは、艶やかな黒髪を揺らす、ものすごい美少女。単純にびっくりした。こんな美少女がこの世に存在するのか……と小さく感嘆の息をつく。
「みんなが楽しんでくれるといいなあ、最高のASMRをとどけまーす」
誘惑するように甘く輝く瞳、唇。ゆっくりと囁く声と、唇から漏れ出す吐息は、確かに脳をぞわっとさせる気がする。
しかし、どこか無機質なその声に、僕は眉をひそめた。どこか身が入っていないような、そんな感じだ。
「……では、今日も、あなたがいい夢を見られますように♡」
きれいな顔をマイクにぐいっと近づけ、美少女――『すずえむあーる』のえむの咀嚼音ASMRが始まり――
「はっ、なにがいい夢だ。ったく」
僕は動画を閉じ、スマホを胸の上において息をついた。
急に現実に戻された気分になり、僕は目をつむる。
時刻は午後七時。学校から帰ってきて、まっすぐ動画の世界に来ているから、莫大な時間が経過していた。
「……僕、なにやってんだろ」
「なにって、ニート一直線でしょうが!!」
「ばっ、お母さん……っ!?」
ぱこおんっ!! といきなり顔面を丸めた新聞紙で叩かれ、僕は身を半分起こし、お母さんのことを睨んだ。
「急に何!? 痛いんだけど!」
「三時間ぶっ続け馬鹿みたいにスマホ見てる息子に、一喝入れたの!」
お母さんは呆れたようなため息を付き、束ねていた髪をほどく。げ、髪をほどいた時は、説教モードに入るときだ。
こっそり部屋へ逃げようと思ったが、お母さんは逃してくれない。
「ずーっとスマホばっかり!! 何してんのよ全く、大して成績も良くないのに」
「そんな言わなくても」
「反論は、一銭くらい稼いでからしなさい! これだから……あら、電話」
お母さん取扱説明書。
電話がかかってくると、声のトーンが上がり、ついでに機嫌もよくなるのだ!!
これは説教から逃れられるチャンス……!!
「ぐえ」
「あーもしもし、あらマヤさーん? 久しぶりじゃない! 十年ぶりかしら?」
と、『逃さねえぞ』という目を向けてきながらも、お母さんは僕の着ているパーカーのフードを掴む。しまった、捕まったっ!
「うんうん、えっ、娘さん!? そうなのお!? それは大変じゃない、うん、いやいいのよー!」
何の話してるんだ。さっさと逃してほしい。
げしっとお母さんの足を踏むと、ごしゃっと倍の力で踏み返され、悲鳴を上げかける。
「……なるほど、ええ、もちろん! 毎日顔を出すくらいなら大丈夫、薫にやらせるわ! それに、その金額なら喜ぶこと間違いなし! うんわかった、言ってくるからちょっと待っててー」
しばらくし、お母さんはスマホから顔を離す。そして、にこお、と怪しげな笑みを浮かべた。僕はそれとは裏腹に、今すぐ離せオーラを放つ。
そんな僕を無視し、お母さんは下手なウィンクしながらも、ぐいっと僕を引っ張り寄せた。
「よかったわね、薫! アルバイトができたじゃない! なんてナイスタイミング! これだから私の運は……」
「……はぁ?」
意味がわからないんですけど? 何? てか自分を称えるのもやめて?
そしてどうやらマヤさんとは、お母さんの親友らしい。
「電話聞いてなかったの? 私の親友の娘さんのお手伝いをするアルバイトよ。なにしろマヤさん、毎日遠くまで出て働いてるから、娘さんが一人になって心配なんだってー」
「え、無理」
「マヤさんいわく、その娘さんは動画配信をしてて、それを手伝ってあげてほしいとか」
「断る」
「めちゃくちゃかわいいらしいわよ? ね?」
「嫌だね」
「なんと、一週間通って、五千円!!」
「やらせていただきます!!!」
こうして僕は、お母さんの罠にまんまとかかり、娘さんとやらの手伝いアルバイトを行うことが決定してしまったのだった。
★★★
――その翌日。
「こ、ここか……? まじで?」
お母さんから教えてもらった住所にたどり着き、僕は口をあんぐりと開いた。
おぞましい効果音が付きそうな、おんぼろアパートだった。
壁はボロボロ、さらには穴まで空いていて、肝試しに使えそうだなあなんてぼんやりと考える。
「1の2……ああ、これか……」
エレベーターなんてものは設置されていないため、崩れないか心配になるような階段を登る。ずらっと並ぶドアをめぐり、ようやく『1-2』と書かれたドアを見つける。
「これ、インターフォン鳴るのか? 不安なんだが」
ドキドキしながらボタンを押すと、しばらくして、部屋の中からどたどたと物音が聞こえ始める。
「……?」
やがて、がちゃっと扉が開き――。
「ごめんなさいごめんなさい、お金なら来月に……あれっ」
腰まで届く黒髪を揺らし、無防備なだぼっとしたTシャツを着た、物凄い美少女が出てきて、僕はただ口をぱくぱくとさせた。
胸は、薄いTシャツをぐいっと押し上げるほど豊かで、柔らかそうな太ももは惜しみなくさらされている。
その美少女は小さく首を傾げ、大して身長も変わらないのに屈んでみせる。綺麗な顔が近づき、僕はばっと頬を赤らめさせる。
「えっと……ボク、お姉さんに何の用かな? 迷子?」
「あっあの、お母さんから話を聞いたかなと思うんですけど、お手伝いに……来ました」
途端、目をまんまるにし、美少女がわたわたと忙しなく手を動かした。
「ふぇっ!? まさか、昨日の!? 嘘、断ったのに! バカ、ママっ!!」
「こ、断った……?!?」
『娘さんも、薫が来るのを楽しみにしてるって! ね!』
出かける直前に言っていたお母さんの言葉が蘇る。
あれは嘘だったのか、お母さん?!! 今すぐに家にUターンし、お母さんに尋問したくなる。
『ちなみに、もう五千円は振り込んでくれたみたい、頑張れ!』
とも言われたが……お金を受け取ってしまったのだから、やはり任務を全うするしかないだろうし……ああ!!
「と、とにかく、手伝いは大丈夫! キミ、帰ってもいいよー」
「あの、もうすでにお金を受け取ってしまって……五千円……」
「ごっ、ごせんえんーっ!?」
と、隣人さんもびっくりな大声で絶叫し、美少女がひっくり返る。そんな驚かなくても、と僕はとにかく焦る。
「バカママああぁ! なんで知らない人に大金なんてっ!!」
「あ、あの……」
「……と、とにかく入って」
美少女は弱々しく立ち上がり、僕を部屋の中に招き入れた。
★★★
「わおう……」
部屋の中は、もう散々と言っていいほど散らかっていた。ただでさえ狭いのに、物がひしめき合っている。
「お、お茶出すから待ってて」
「ありがとうございます……」
かろうじて確認できた座布団の上に座り、しばらく待っていると、美少女はやがてお盆を持って帰ってくる。
「どうぞー」
「あ、ありがとうございます」
少し口につけ、俺は目を丸くする。
普通の紅茶のはずなのだが、なぜか物凄く美味しいのだ。茶葉の香りが鼻をくすぐり、さらにこの苦味もちょうどいい。
「美味しいー? 私、料理とか好きだから。紅茶の淹れ方とかも研究してて」
「そ、そうなんですか……」
美少女は嬉しそうに微笑む。が、やがてはっとしたようにしてスマホを取り出した。
「ちょっとママ……こほん、お母さんに電話してくるね? 待っててー」
「わかりました」
美少女はたたたと駆け出し、狭いリビングを出て違う部屋に入ってしまった。
「あ、もしもしママ? ……どーゆーことなの!? なんかかわいい男の子がうちに来たんだけど!?」
どうやら壁が薄いらしく、声が筒抜け。僕は耳を塞いでいようかと考えたが、せっかくなので耳を傾けることにする。
「え、振り込んだ? 聞いたよお、ひどいよ! ただでさえ、うちはお金がないのに……ごご、五千円なんて」
「え、私が心配? 大丈夫だって言ってるじゃん!」
「とにかく、これ以上払わないでよ! 一週間いっぱいでいいから! 動画撮影のアシスタントなんていらないよ!」
これは……聞かなかったほうが良かったかもしれない……と後悔していると、やがて美少女は部屋から出てきた。
「おまたせー。……うん、お金、もう払っちゃってるみたいだね……一週間分」
「はい……」
美少女は小さく息をつき、急に真剣な顔になり、じっと僕を見た。物凄く綺麗な目で見つめられ、僕はまごまごしてしまう。
「なら、とりあえず一週間、アシスタントくんとして働いてもらうけど……大丈夫だよね?」
「はい……大丈夫です」
なにしろ五千円だ。僕からしたら、物凄い大金なのだ。
さらに、一週間で五千円……恐ろしい。しかし、思わずよだれが垂れてしまうほどの幸福だ!
もちろん、これだけのお金を頂いているのだから、手加減はできない。まあ、具体的に何を手伝えばいいのかは全くわからないけれども。
美少女は僕の返事を聞き、少し安心したようにして微笑む。が、目は笑っておらず、僕を探るようにして眺め回していた。
――信用されてない。そう感じる。
まあ、そりゃそうなのだが。僕だって、別にこの美少女を信用しているわけではない。大金が手に入る手段、といったやつだ。
「……ちなみに、この五千円の中には口止め料が入ってるからね? ……私、ASMR配信者なんだけど」
「……!!!」
途端、僕は目を見開き、美少女を凝視する。
そう言われれば、この顔、それに声……一度「おすすめ」に流れてきた……。
「すずえむあーるの、えむさん……?」
「わっ、凄い。私、有名なんだ!」
ぱあっと顔を輝かせ、美少女――えむさんは、嬉しそうに手を合わせた。
その瞬間、動画に出ていたえむさんと、目の前にいるえむさんの姿が重なり、一つになる。
改めてみると、目玉が飛び出てしまいそうな美少女だ。
まつげは大きな瞳を縁取り、肌はなめらかで真っ白。顔は整いすぎて、アニメの世界から飛び出してきたと言われても納得できる。長い艶やかな黒髪も、清楚さを増して美しい。
そして、少し動くたびに揺れる胸。薄いTシャツだからか、下着がうっすらと透けて見えるところもドキドキとさせる。
とにかく、スタイルも抜群で顔も整っていて、完全にモデル顔負けだ。動画で見た何十倍も綺麗だ。こんな美少女は生涯見たことがない。
「は、はぁ……」
そして遅れて、有名人の美少女と関わっているこの状況に震えがくる。
というか、大金まで頂いているのに、本人の名前を今の今まで知らなかったな……。
と、えむさんは大きな胸を揺らし、目をきらきらさせながらも僕に膝立ちで近寄ってくる。
「もしかして、私の動画、いつも見てくれてたり?」
「あ、いえ、今日初めて知りました……」
「そっか……あ、キミの名前、聞いてない」
えむさんは人差し指を顎に当て、ちょこんと首をかしげる。反則なかわいさに、僕は真っ赤になりながらも名乗る。
「司馬、薫です。ちなみに高3で」
「なるほど、司馬くんかー! それに、二歳差かな? 私、大学二年生だから」
僕は目を丸くし、えむさんを眺め回す。てっきり、もっと年上だと思っていた。
「私は
「も、もちろんです」
えむさんはそれを聞き、少し唇を持ち上げ、手を伸ばして握手を求めてきた。
「じゃあ、一週間の間かもしれないけど、よろしくね?」
その言葉は、それ以上はない、と言っているようなもので少し怖かった。
……が、なめてもらっちゃ困る。残念ながら僕は、お金で動く男だ!!
ただ、ASMRとやらの手伝いをすればいい。それだけで、五千円だ。これは譲れない。
「よろしくお願いします。僕的には、これからもよろしくお願いしたいですが」
「それはちょっ……そ、そうだねー」
僕が手を握ってにっこり微笑むと、えむさんは焦ったようにして笑みを浮かべた。触れた手からは、えむさんの速い脈が感じ取れる。
手を離した後、後えむさんは少し俯き、やがてぱっと顔を上げた。顔は真っ赤だ。
「も、もし一週間以降もアシスタントしてくれるなら……それなりの覚悟が、いると思うんだよなあー」
「例えば?」
「えーと……あっ、き、キミのことを食べる、咀嚼音ASMRとか、撮らせてくれるとか?!」
……は??
という顔をしたのを感じたのか、えむさんは必死になり、さらに真っ赤になってまくし上げた。
「僕を……?」
「そうだよ、そう! これくらいの覚悟がないと、五千え……こほん、私のアシスタントになる権利が、ないと思うんだー」
「……はあ」
唖然とする僕を見、追い打ちをかけるようにして、えむさんは口を開いた。
「てことで……キミのこと、食べてもいいのかな?!」
連続で衝撃的な発言をした後、えむさんは真っ赤になりながらも、僕のことをびしっと指したのだった。
★★★
一度しか言いませんので、許してください…!!
もし少しでも面白かったら、お星さまや応援をくださると、物凄く、物凄くモチベーションに繋がります!!
また、♥や★、コメントなど、いつもありがとうございます! 物凄く嬉しいですᏊ°͈ꈊ°͈Ꮚ
では、引き続きお楽しみくださいᏊ˘ꈊ˘Ꮚ
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