第5話

「『いない』? もしかして、探してるのは人?」

 この騒々しい中での小さな独り言だったのに、望は振り向いた。霊獣の血が混じっているせいか、耳はかなり良いらしい。

「ううん、物。私の……、飼い主だった人の形見なの」

「形見かあ。それは早く見つけなくちゃ。どんなの? 首輪とか鈴?」

「鈴もあるけど、落としたのはもう一つのほうで……」

 似たものを持っている人がいないかと周りを探す。昔は普通に持っている人がいたが、近頃は全然見かけなくなってしまった。

「あ、あれ、ちょっと似てる。ああいう感じで紐の先についた飾り。小さくて硬い、女の人の人形で、首につけてた紐に通してたの……」

 少し先の歩道で休憩している人達の鞄に付いた飾りを指すと、望は眉をひそめた。

「キーホルダー? 硬い人形がついたキーホルダーっていうと、いろいろあるなあ。飼い主さんは、女の子?」

「男の人。二十代の真ん中くらいだったと思う」

「二十代の男の人で、硬い人形かあ……。ゲームのキャラクターとかかなあ……」

 余計に混乱させてしまったようだ。

 現代は使われていないみたいなので、どう説明しようかと頭を巡らせる。呼び名を調べたこともあるが、それが正解かどうかは自信がない。

「……望が言ってるのはどれも違うと思う。鹿の角でできたし……」

「鹿の角……?」

「うん。角を彫った人形で……、」

 首から下げた紐を襟元から引っ張り出した。

「白くてツルツルしてて、これと一緒についてたの」

 紐の先にぶらさがった木の鈴を目にした途端、望の顔が険しくなった。

「ごめん、ちょっと見せてくれる?」

「い、いいけど……」

 急に張りつめた空気と真剣な目に、鈴を紐から外した。

 猫又の仲間や霊獣に見せたことはあったが、人間に見せた上に貸したのは初めてだ。

 掌の上に乗せた鈴を見つめる顔が、だんだん強張っていく。

「これ……、君の飼い主さんが持ってたの? 本当に?」

「う、うん……、人形の横についてたの。壊れてて、時々しか鳴らないけど……」

「鳴る……? この鈴が……?」

 恐ろしいことを聞いたように、彼のこめかみを汗が伝った。

(え……、な、なに? 鈴が鳴ったらいけないの……?)

 思えば、鈴のことも人形のことも、よく知らない。たぶん、あの人もよくわかっていなかっただろう。

「……変なことを聞くけど、君の飼い主さんは……、人間だよね?」

 とんでもない発言に、カッと顔が熱くなった。

「あ、当たり前じゃない! だって、病気になっちゃったんだよ? 黒猫わたしを傍に置いたら治るかもなんて、迷信を信じてて……っ」

 その迷信のおかげで死病を患う彼の側にいられた。それだけは感謝している。

 でも、ただの迷信だから、病気が治るわけなんてなくて、日に日に衰弱していく彼の横で、何もできなかった。

「結局、治らなかった……っ、ただの人間よ……っ」

 望の空色の上着が周りの明かりと一緒になって滲んだ。慌てて顔を逸らして目を擦った。

「ご、ごめん……、辛いこと思い出させたみたいで……」

 謝ってくれるのが申し訳なくて、余計に目が熱くなる。

 望は現衆として、疑問に思ったことを聞いただけ。悪意なんてなかった。百五十年も生きて、いろんな人間を見てくれば、それくらいわかる。

 逆に、理不尽なことをやっているのは、自分のほうだ。だから、必死に取り繕った。

「な、なんとも思ってないから……! ちょっと眩しいだけ……! あれからたった百五十年しか経ってないのに……、明るくなりすぎなのよ……っ」

「え? 百五十年……?」

 望の声が俄かに硬くなり、周りの空気がピシリと凍りついた。ただならない空気に、揺れていた感情が引いた。

「もしかして、千世さんは仔猫の時から猫又の力を使えたの……? その姿くらい……、幼年期に覚醒したとか……」

「覚醒っていっても、仔猫の時はちょっとだけ……、人間が言ってることが理解できたくらいよ? 猫又の能力だってわかったのは、ずっと後……」

 霊体の格が高いと、仔猫の時から猫又の片鱗が現れるらしい。そのせいか、猫の姿は成猫なのに、人の姿に化けると覚醒が始まった幼年期――、人間の小学生くらいの姿になる。

(よく、『千世と話すと、人と話してるみたいな気分になる』って……、いろんなこと話してくれたなあ)

 また涙が滲みそうになって、思い出すのを止めた。あの人は、自分の飼い猫が言葉を理解しているのに気づいていたのかもしれない。

「ちょっと待って。それじゃ、千世さんは百五十年前から、その姿なの?」

「人間の時はね。言っておくけど、猫の姿はちゃんと大人よ?」

「……そうだとすると、君の飼い主さんが生きていた時代は百五十年前……、江戸時代の終り……、幕末くらい? 千世さんが人形と鈴をもらったのも……?」

「そうだけど……、何か……、良くないの……?」

 答えに困っているらしい望のこめかみを、また汗が伝っていった。

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