第13話

『人魂串』屋台内部の壁には、びっしりと様々なポスターが貼ってあった。

つい最近の町内集会の案内から、十年前のゴミ出し注意まで。新旧様々な町の歴史が詰まったポスター群が画鋲で止められ、屋台の壁が見えないほどだった。

それは、この屋台がこの町と共にきた、何よりの証拠でもあった。

猫さまがフイと顔を上げると、その壁の一点を見つめた。そこに貼ってあったポスターは、周りのものと違って真新しく……。


「あ」滑井が、小さく声を漏らした。

「それ、今年の町内 夏まつりのチラシですねぇ」

「……そう、だな」私は答えた。


ニャァ、と猫さまが鳴いた。


□ □ □ □


「御馳走さま。いつも通り最高の味だった」


私と滑井は両手を合わせて、言った。

チリン、と風鈴。

『毎度ありがとうございます。お勘定、以下のようにお願いします』

テーブルの端にある伝票入れから巻かれた紙がふわりと持ち上がり、そこに文字が浮かび上がった。いやハリー・ポ〇ターかよ。


「「どうぞ」」


我々はカウンターに小銭と紙幣を置き、立ち上がった。

――否、私は立ち上がれた。滑井は

「? あれ、あれれれれ?」

奴はカウンターの丸椅子の上で、ジタバタしている。なんだか斬新なブレイクダンスみたいで、見目非常に気色が悪い。


「何やってんだお前?」思った疑問をシンプルにぶつける。

「それが、立てないんですよ」奴は妙な顔をして言った。「なんだか丸椅子が、お尻にくっ付いちゃってて?」


私は即座に状況を把握し、――そして大きなため息をついた。


「滑井、お前代金ちょろまかそうとしただろ」

「えっ! どど、どうしてバレました!?」

「当たり前だろ。屋台相手にそんな真似が通じると思うか? さっさと足りない分を払わないと、一生返させてもらえないどころか、そのまま地獄に連れてかれるぞ?」

「うっ……。それはイヤだなぁ……」


滑井は気まずそうな顔をして、足りない分の小銭をテーブルに落とした。瞬間、奴は自由になり弾かれたように立ち上がると、私の下まで飛んできた。


「やっぱり、怖いですねぇ……」


そう言う奴の顔に、白い紙きれが飛んできてペタッと顔に張り付いた。


『次やったら、許しません』赤い文字で、そう書いてあった。

「ざまぁ見ろ」私は言った。

「このお返しはいずれ!」

滑井は何故か、私を見返して宣言した。どうせまだ、内心ビビってんだろう。


□ □ □ □


「――で」


自宅の安アパートでちゃぶ台に肘をつき、私は聞いた。


「なんで来たんだ、お前?」


滑井はいつもの薄気味悪い笑みを浮かべた。そして謎の包みを取り出すと、ちゃぶ台越しに私へ差し出してくるのである。それも、芝居がかった感じで妙に恭しくだ。


「へへぇ……。これは一目氏への、心からの贈り物でありますからに」


悪代官みたいな顔した男から渡されるブツというのは、大抵のちに騒動の種となると相場が決まっている。しかし何だろう、ちょっと高級そうな感じである。とりあえず受け取っておく。

でもなんだろう、このシチュエーションには嫌~な既視感がある。

そして、その予感は的中した。


「……浴衣。それも、女物か?」

「えぇ」


ニィと笑みを浮かべた滑井の顔が、ドアップになる。


「どうです一目氏? 今年の夏まつり、我々も行ってみるというのは……!」

「……私は、これを着て?」

「無論。高い浴衣なんて、買うのも探すのも大変でしたよ」


しかもこいつの自腹かよ。いろんな意味で、私は脱力した。もう何でもいいわぁ。


「せっかくですし、無料で新装備追加ですよ? 使わなきゃ損損」

「私をアプリゲームのキャラクターみたいに言うな。コレ着たからって秘められし能力解放なんて起こらんぞ」

「で行くんですか、行かないんですか」

「……行く。行けばいいんだろ」



だって、一周回って面白そうではないか、な?


私には決して女装の趣味はない。

まぁたぶん。今の所は。

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