奇跡

 事故で両足を大怪我した1人の男性がいた。

 医者たちは口を揃えて彼に再起不能、回復不可能、無駄な努力は諦めろと伝えた。


 しかし彼は諦めなかった。この足で車椅子から立ち上がり歩くことしか頭になかった。


 家族は男を見守った。砕かれた骨と筋肉、ボロボロの神経を見て、彼の希望は虚しく終わるだろうと涙した。


 しかし彼は諦めなかった。痛みが引くと、何度も車椅子から立ち上がろうとして床に体を打ち付ける毎日だった。



 しかし彼は諦めなかった。壁伝いにようやくグラグラする2本の足で立ち上がった。周りはそれを奇跡だと言った。


 しかし彼は満足しなかった。自分の足で歩くまでは。

 それから彼は松葉杖を使い、動かぬ足を前に前に出す訓練を始めた。



 神経の切れた筋肉はそれを許さなかった。まるで案山子かかしのように立ち尽くすのがやっとだった。


 しかし彼は諦めなかった。松葉杖は無惨にも体の支えにはならなかった。何度も床に叩き落ちた。彼の体は傷付いてボロボロだった。


 しかし彼は諦めなかった。両足の怪我はもう治っている。歩けるようにするのは自分次第だ、とばかりに松葉杖を離さなかった。



 一年後のある日、彼は歩道にいた。松葉杖を両脇に、一歩また一歩と片足ずつ前に進んでいた。


 医者と家族は口を揃えて奇跡が起きたと言った。しかし、奇跡は本当に起きたのだろうか?


 奇跡は起きるものではない。起こすものだと彼は知っていたのだ。


 何があっても立ちたい、歩きたい、その強い信念が彼を奮い立たせ、何度転んでも立ち上がらせ、そして歩かせた。


 彼は何も驚かなかった。なぜなら、自ら起こした奇跡だから。そしてその日から奇跡は続いた。


 彼は奇跡を勝ち取ったのだ。彼の両足は今も彼の起こした奇跡を大切に保って、前に前に進むことができている。


 彼は諦めなかった。今度はダンスが出来るような奇跡を起こそうとしている。足が不自由だと言われた彼の顔は明るかった。


 希望は光。光を掴もうとするのは心だ。

 暗闇の中に光があるなどと誰も思わないだろう。暗闇の中で必死にその光を掴んだのは自分だ。暗闇に手を伸ばし自ら光を作り出したのだ。

 それには並々ならぬ精神力が要っただろう。


 しかし彼の心は諦めなかった。それが奇跡の正体だと分かっていたからだ。


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