32

 翌日。


 ぼくが東京に帰る日だ。とうとうこの日が来てしまった……


 今日は延期になった能登島ツアーに出かけることになっていた。天気は最高。気温はめっちゃ高いけど、最後のイベントのことを考えれば、むしろ好都合だった。でも、本当はぼくはコスモアイル羽咋に行ってみたかったのだが、シオリがあんまり興味なさそうだったし、最後はやっぱりみんなで楽しみたかったから、そっちはまた今度、ということにしたのだった。


 午前中はのとじま水族館を訪れた。車の中では疲れでグッタリしていたぼくらも、水族館の中に入った瞬間、テンション爆上がり状態だった。一番よかったのは、水族館名物の「のと海遊回廊」。水槽の中を通る透明なトンネルで、目の前をイルカが泳いで通り過ぎていくのだ。まるで海の中にいるようだった。天井にあるプロジェクションマッピングがまた、雰囲気をさらに盛り上げていた。


 イルカ&アシカショーも素晴らしかった。ただ、


「イルカがあれだけ高速に泳げる理由って、実は未だに完全に分かっていないんだぜ。一説によれば尾びれの筋肉が……」


 とウンチクを繰り広げるヤスには参ったが。


 シオリはよちよち歩くペンギンに「かわいー!」を連発していた。だが、水の中のペンギンは全く別物だった。まるで戦闘機のようなものすごい機動をやってのけるのだ。これにはぼくもびっくりだった。


 そして。


 とうとう最後のイベント。場所は八ヶ崎海水浴場。このために、ぼくも海水パンツとビーサンを東京から持ってきていたのだ。


 白く焼けた砂。海がとても綺麗で、底までよく見える。ぼくらは海水浴を心の底から楽しんだ。だけど……どうしてもシオリの水着姿に目が行ってしまう……


 紺色のワンピースに包まれたその体の線は、子供の頃に見たそれとは全く違っていた。ずん胴だったお腹は今はくっきりとくびれて、腰回りの大きさが強調されている。胸もはっきりと分かるくらいにふくらんでいた。


「カズ兄……なに見とんがいね……」


 シオリが不思議そうにぼくを見ていた。あわててぼくは視線を逸らす。


「な、なんでもないよ!」


「ふうん」なぜかシオリが、ニヤニヤする。


「……な、なに?」


「ふふん。なんでもないよ」


 そういうシオリが、なんだか嬉しそうに見えるのは、なぜなんだろう……


---


 楽しい時間はあっという間だ。ほんと、「神」に頼んで時間加速して、ぼくらだけずっと海で遊んでいたい、と思うくらいだった。


 だけど……


 とうとう能登に別れを告げなくてはならない時が来てしまった。今度は一家総出で空港に来てくれた。


 ヤスもシオリも泣きそうな顔になっていた。たぶん、ぼくもそうなんだと思う。


「なあ、カズ、絶対にまた来いよな」ヤスが乱暴にぼくの左肩を叩く。


「ああ。もちろんさ」ぼくは笑顔で応える。


「ほんとやよ。カズ兄、また……」シオリの顔が歪む。今にも泣き出しそうだ。思わず抱きしめたくなってしまう。


 今まで、かわいいなあ、とか、いいなあ、と思った女の子は何人かいた。だけど、ここまでの気持ちになったのは、初めてな気がする。これがホントの恋……ってヤツなのかな……


「分かってるよ、シオリ。また会いに来るから、な」


「いいや。会いに来んでいいぞ」


 伯父さんが、険しい顔で言う。


「え、ええっ?」


 思わずぼくが伯父さんの顔を見つめると、表情が一転、彼はニヤリとしてみせた。


「今度は俺たちが行くさかいな……盆明けに、ディズニーランドへな! カズヒコ、お前の家族も一緒やぞ!」


「「「ええー!」」」


 三人の声が揃った。


 なんと。どうやら子供たちの知らない間に、そんな話が進んでいたようだった。


「カズ兄、夏休みの内にまた会えれんね! やったー!」


 さっきまで泣きべそかいてたのが嘘のように、シオリが笑顔になる。そして……


 そのまま、彼女は真っ正面からぼくに抱きついた。


「うわぁ! ちょ、ちょっと、シオリ……」


「あらぁ……誰に似たのか、シオリもずいぶん積極的になったもんやねぇ」ニコニコしながら、伯母さんがのんきな口調で言う。


「ほほう。カズヒコ。お前、ちゃんと責任取らんなんぞ」と、伯父さん。笑顔なんだけど、目が笑っていない……


「そうだぞ、カズ。でないと兄とは呼ばせないからな」と、ヤス。並んで全く同じ表情をしているのを見ると、さすがは親子だった。


「だ、だから、兄ってなんだよ……責任って、なんなんだよー!」


 ぼくの悲鳴が、のと里山空港2階、出発ロビーにこだました。

 

(完)

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ぼくらと「神」と、能登の夏。 Phantom Cat @pxl12160

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