29

 しまった……シオリは何も掴むものがなくて、そのままワームホールに吸い込まれてしまったんだ……


 なんて……ことだ……


 ぼくのミスだ……ぼくがもう少し回避を早くしていたら、シオリは吸い込まれずに済んだんだ……


「シオリ……!」


 ヤスの声。彼は無事だったらしい。それだけでもほっとする。


「ヤス、シオリを助けよう!」


 操縦桿を一瞬左に倒し、また真ん中に戻して一気に引く。ワームホールに機首を向けようと考えたぼくは、急旋回を開始したのだ。


 しかし。


 ぼくはすぐに異変に気付く。


 目の前のインターフェースが、すべて消えていた。方位計もピッチ計も、TDボックスすらも、何もかも……


 そうか、シオリがいなくなったからだ。あいつがぼくらとこの機体をつないでくれていた。その彼女がいない今、ぼくは一切の飛行情報なしに、この機体を操縦しなくてはならない。


「く……」


 だが、やらなきゃならない。絶対にシオリを助けるんだ!


「カズ、どうやってシオリを助けるつもりなんだ?」と、ヤス。


「ワームホールの中に突っ込んでシオリを探す」


「で、でも、そのまま出てこられなくなるかもしれないんだぞ……」


「お前はシオリがいなくなってもいいのか?」


「いいわけねえだろ! 大事な妹なんだ……おれだって、助けられれば助けたいよ!」


「大丈夫さ。シオリさえ見つけられれば『神』とコンタクトが取れる。もし出てこれなくなったら、『神』にお願いしてなんとかしてもらおう」


「まさに『神頼み』か……分かった。お前に全部まかせるぞ」


 ヤスの言葉には、やけに力がこもっていた。ぼくもそれに力強く応える。


「了解!」


---


 TDボックスが消えたのは痛いが、ワームホールのおおよその位置は分かってる。ぼくはようやくそれを正面に捉えた。


「え……嘘だろ……」ヤスの声が上ずる。


「どうしたんだ?」


「やっぱりだ! カズ、見えるか?」


 ヤスが真っ正面を指さすが、ぼくには真っ暗な空以外は何も見えない。


「いや、何も……」


「シオリだよ! あいつの下半身だけがぶら下がってる!」


「ええっ!」


 目を凝らしてみる。


 あ……本当だ!


 正面の少し上に、シオリのツナギの下半身が、上下にゆらゆら揺れながらぶら下がっていた。その上の腹の部分も時々見え隠れしているようだ。


「そうか……おそらく、完全にワームホールに飲み込まれる前に、地球の重力に引かれて戻ったんだ。それで今、ワームホールの引力とちょうど釣り合っている状態なんだと思う」


 嬉しそうな声で、ヤス。


「ってことは、シオリは無事なの?」


「たぶんな。あそこから引きずり降ろせば助かると思う。だが……あんまり時間はない。見ろ、お前の攻撃のせいで、ワームホールがだんだん小さくなっている」


「……!」


 すごい。ヤスはそこまで見えるのか。ワームホールの形まではぼくには分からない。


 ヤスが続けた。


「だけど……シオリの体がワームホールの外と中にまたがったままワームホールが消えたら……上半身だけ別な時空に飛ばされて、あいつの体は真っ二つに千切れるかもしれない……」


「!」


 そんな……シオリが真っ二つになって死ぬなんて……絶対に嫌だ!


「だったらすぐに助けようよ!」


「ああ。あの真下でホバリングしてくれ。ワームホールもさっきよりはかなり小さくなってるから、近づいてもそれほど影響はないと思う」


「了解」


 と、返事はしたものの、速度計がないからどのタイミングで減速をかけて機体をホバリングさせるかは、全てぼくのカンにかかっている。


 シオリの下半身が大きく、はっきりと見えてきた。だが……


 なんだか、さっきよりも下がってきているように見える 両手や胸の部分まで見えているのだ。肩から上はまだ見えないが。


「そうか……」と、ヤス。「ワームホールが小さくなって引力も小さくなったから、相対的に地球の重力の方が強くなってきたんだ。それでシオリの体が地球に引っ張られて、下がってきてるんだ」


「だったら、シオリは真っ二つにはならない、ってこと?」


 ぼくはほっとする。


「たぶんな。だが……このままだったら、ワームホールが消える寸前にあいつはそのまま地面まで落っこちるぞ。どっちにしてもあいつの命が危ないのに変わりはない」


「……!」


 ほっとしてる場合じゃなかった。一刻も早くシオリの真下でホバリングして受け止めないと、彼女は転落死してしまう。


 操縦桿を細かく操作して、ぼくは彼女の真下1メートル以内にキャビンが来るように機体を操る。


「まずい……今にも落ちそうだ! カズ、早くしてくれ!」


 ヤスが叫んだ。

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