第32話 降下

「ちっくしょおおおおおおおおお!!! お前も死ねやああああああ!!」


 ユリウスが落下しながら叫んだ。

 すぐにハエみてえにちっちゃくなる。


 言われなくても俺も行くぜ。


 俺は崖の端っこに身を乗り出すと、両足で大地を逆さまに蹴った。

 物凄い風圧で髪の毛が逆立ち、雄大な雲がゆっくり押し迫ってくる。


 久しぶりだなこの感覚。

 一万メートルも高度があると、落ちるまでに3分くらいかかるんだ。

 勢いを付けた今の俺の速度なら2分ぐらいで下に着くはず。


 さて、まずは先行するユリウスに追いついてと。


「うきょおおおおおおおおおっ!!!」


 ちょうど視界の下の方にユリウスが見える。

 煙みてえになった雲の中で、ジタバタもがいていた。

 俺は剣のように姿勢を真っすぐに正して、ユリウスの方に近づいていく。

 無事ユリウスの体を掴まえることができた。


「え……えええええ!? なんでバルク!? バルクなんでええええええ!?」


 ユリウスが混乱の中で叫ぶ。

 風のせいで殆ど聞こえない。


「降りんぞ」


 俺は口の動きとジェスチャーでユリウスに伝えた。

 こいつが死ななないように、頭の上に掲げるようにして体を固定する。

 一般人なら死ぬが、【剣聖】のこいつならギリ耐えられるはずだ。


「降りる!? 降りるって!? ひぇっはあああああああ!??!!?」


 段々寒くなってきた。

 大体マイナス40度ってところか。

 まあまあ寒いが、異空間の方が寒い。

 それと、大分飛空迷宮から離れたせいだろう。

 空気もかなり薄い。

 異空間で真空状態にも接した俺は大丈夫だが、ユリウスはじきに気絶するだろうな。


「……」


 静かになった。

 ちょうどいい。




 1分後。

 雲海を抜ける。

 緑と茶色に染まった地面が、火砕流、いやその何倍もの速度で押し寄せて来る。


 数秒後、俺は両足から地面に着地した。

 普通は人体が砕けるが、俺の場合着地した地面の方が砕ける。

 一瞬の衝撃の後に、まるで隕石が衝突したみたいな爆轟と粉塵そして衝撃波が発生した。

 俺の足によって粉砕された岩盤が、まるで土砂降りの雨みてえに降ってくる。


「うへうへうへえええええ……!」


 俺が頭の上に担いでいたユリウスは、舌を出して失神していた。


 うわ。

 こいつの顔ゴブリンよりひでえ。


「起きろ」


 そのマヌケ面を引っぱたく。

 何度か叩くとユリウスは漸く目覚めた。


「へ……ひぇっ!?」


 ユリウスはあちこち見回した後、自分の体をパタパタ叩く。

 生きていることが実感できないらしい。


「特別に助けてやった。ユリウス、俺と来い」

「ひぇ!?」

「俺のために働け。それで俺に対する罪は許してやる」


 俺がそう言うと、

「ひゃっ……ひゃひいいいっ!!!!」


 ユリウスはまだ小鹿同然に震えている足で大地に立ち、それからその場で土下座した。

 最大限の謝意を示すためだろう。

 ケツを高く突き上げて、額を地面に擦り付けている。

 そこに、かつて俺を見下した生意気な義弟の姿は微塵もない。


「はっははぁああああ~~~!! ありがとうごぜえますぅ~~~~!! わたくしユリウスはぁ! バルク様のちゅ~じつな下僕でございますぅ~~~~っ!!! 謹んでバルク国王陛下様のために尽くさせて頂きますぅ~~~~~っ!!!」


 全く信用はしてねえが。

 たっぷりイジメてやるか。


「おい、戦場はどっちだ」


 俺は尋ねた。


 俺の軍が心配だ。


「戦場でございますかぁ!? た、たぶんあちらの方角かと……!!」

「たぶん?」

「あっ、ひゃっ、ひぇっ……! あちらの方角です!! 飛空迷宮が風に流されたりしていなければ!!」


 風か。

 あれだけの巨大な構造物だから、その可能性は低いだろう。


「さっさと行くぞ」


 俺は土下座状態のユリウスの首根っこを掴むと、走り出した。

 地面を蹴る俺のスピードとパワーに、火砕流みてえな噴煙が巻き起こる。

 ユリウスがまた情けねえ悲鳴を上げたが、無視だ。

 さっさと行ってやらねえと、アイツらが全滅する可能性がある。

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