第28話 お前の優しい義弟



 俺は俺のすぐ背後に居る人物が、なぜそこに居るのか分からなかった。


「ユリウス」


 つい名前を口にしてしまう。

 つい数秒前まで俺の側近だけが居たはずのこの天幕内に、なぜかユリウスが居たのだ。

 しかも俺の背後を取って。

 奴はけたたましい声で俺を嘲笑っている。


「そうだ! お前の愛しい義弟だ! 懐かしくて涙が出るだろう!?

 俺もあの無能で情けなくてゴミのように泣いてばかりいたバルクが、こんなにも偉そうになってて驚きだわ!! 笑いが止まんねえ!!!」


 そう言って「ギャハハ!!」また高らかに笑った。

 対面ではクーデリカとナンバー3が剣を抜き構えている。


 しかし、こいつどこから入って来やがった?

 全く気配がしなかったぞ。

 外の兵が反応してねえのもおかしい。


 そう思って俺は奴の腰を見た。

 黒い外套に隠されてはいたが、そこから強い魔力の波動を感じる。

 俺は魔力こそ失っているが、10億年修行を続けた事により、こうした超自然的な構造を見破ることができる。


 もしかしたら、転移系の魔石でも使ったのかもしれねえな。

 魔石ってのは、ダンジョンの奥などで稀に見つかる魔鉱石を使って造る魔法の道具だ。

 魔鉱石は内部に大量の魔力を蓄えることができ、中に封じ込めた魔法によって様々な効果を発動させることができる。

 いきなりこの場に現れたんだったら、誰も反応できなくても仕方ねえ。


 しかし、どうしてこのタイミングで……。

 ひょっとしてこいつアレックスターの手先になり下がったのか?

 ありそうな話だ。


「キサマ何者だ!!」

「バルク様から離れろ!!」


 クーデリカとナンバー3が剣を抜き前に出た。

 ユリウスは剣を抜くどころか、楽勝と言わんばかりに二人を見下した。


「この場で全員殺しても構わねえが……しかし、ずいぶん可愛い女どもだ。バルク、まさかお前のコレじゃないよな?」


 言って、ユリウスが小指を立てる。


「だったらお前には過ぎた宝石だぜ。ヤりたかったら路地裏の牝犬と交尾してろ。じゃねえとリアーナみてえに俺様に取られちまうぞ?」


 ユリウスは更にそう言って、イヤらしい目つきでクーデリカやナンバー3の胸元や腰を見やる。

 さすがはメシ食いながら愛人どもと愉しんでただけある。

 相変わらず下品な奴だ。


「それでなんのようだ?」


 俺はユリウスに尋ねた。


 ユリウスの態度も腹が立つが、それ以上に気になるのはこいつがどうしてここに来たのかだ。

 こいつが持ってるのが転移石なら、そうとうのレアもんだ。

 物体を転移させる転移石は、造るのが余りにも難しい上、使用する魔力がデカ過ぎてそう何度も使えない。

 そんな希少品を使ってわざわざ俺を挑発しにくるとは思えない。


「ガスター様の命令でな。ちょっとお前に用があるんだ。来い」


 ユリウスはそう言うや否や、俺の肩をポン、と叩いた。

 すると次の瞬間、俺は奴と一緒にどことも知れぬ場所に飛ばされていた。







 俺はユリウスと共に、どことも知れぬ部屋の中に居た。

 見回ればここはどこかのダンジョン……いや、人工に作られた迷宮だった。

 ダンジョンと異なるのは、部屋中の壁や床や天井に大量の魔力が流されていることだ。

 この魔力の集中的な流れにより、モンスターが発生したり魔石などの魔力結晶物が生まれる。


 どうやらユリウスの転移石でこの部屋に飛ばされたらしい。


「ガスター様がな、お前を消してこいって仰せなんだ。

 それでわざわざこの俺様が殺しに来てやった。

 喜べ」


 ユリウスが俺を見下しながら言う。


「お前アレックスターの犬になり下がったのか?」


 俺は尋ねた。

 途端にユリウスの汚い笑顔が歪む。


「なんだと?」


 そう言って俺の顔を睨むが早いか、俺の顔に唾を吐きかけてきた。

 更に俺の肩を掴んで腹をぶん殴る。


「おい! バルクのくせに生意気言ってんじゃねえぞ!!!」


 言って、更に腹や顔面を殴る。

 俺は黙ったまま、ユリウスの繰り出す拳を受け続けていた。

 蚊に刺されるほども感じない。

 まるでノミに殴られてるみてえだ。


 つうかこいつクーデリカより弱いな。

 それどころか、ナンバー3以下かもしれねえ。

 きっとガスターとやらに負けてから修行を怠ってたんだろう。

 俺をイジメていた頃の方がまだ強かったな。


 すっかり弱り果てたかつての宿敵の姿に、俺は憐れみすら覚えていた。

 流石にこれだけ差が付いてしまうと、腹の立ちようがない。


 ……。

 つっても昔のことを思い出せば、少しは仕返ししてやりたくもなるが。

 何しろ俺はこいつに殺されかけた。

 蹴る殴るの暴行はもちろん、俺の命乞いを嘲笑われ、更にはゴキブリに転生しろとか言われて高度一万メートルの高さから突き落とされたんだ。

 仕返ししてやらなければ気が済まない。


 そんな俺の内心の怒りなどつゆ知らず、ユリウスは棒立ちの俺を殴り続ける。


「どうした!?

 痛すぎて悲鳴も上げられねえか!!?

 まあでも、直にそんなのどうでもよくなるぜ!?

 何しろお前はここで俺に殺されるんだからよ!!!

 せっかく築いた王様の地位も部下も富も女も全部パァだ!!!

 あのロートリアの国も民もお前の部下のエロい女どもも全部俺が有効に使ってやるよ!

 どうだぁ?

 やっと手に入れた宝物を奪われる気持ちはぁ?

 絶望しただろぉ?

 俺が憎いかぁ?

 相変わらずクソみてえなマヌケ面しやがって!!

 このゴミが!!!

 ゴキブリに生まれ変われ!!!!」


 ユリウスが言いながら俺の髪を掴み上げ、更に切っ先を喉元に突きつけてきた。

 まるでゴブリンみてえな顔で俺を嘲笑う。


「クィキキキキキキィ!!!!

 どうだぁバルク? 

 怖えだろぉ?

 死にたくはねえよなぁ?

 だったら許してやらなくもねえ。

 俺は優しい義弟様だ!

 無様で情けねえ兄のお前が、この場で裸になって土下座してブヒブヒ泣き喚きながらユリウス様御免なさい一生雑巾の代わりに使ってくださいって無様に命乞いしてきたら許さざるを得ねえ!

 そしたら特別に俺んちの便所掃除させてやるよ!!

 俺があの黒髪のボインや青髪のロリ巨乳とヤってる所を毎日見ながらな!!!

 ギャハハハハハハ!!!」

「うるせえって」


 いい加減耳元で煩く感じた俺は、ユリウスの顔面を軽く手で叩いてやった。

 鼻先に飛んで来たハエを追っ払うくらいの力加減で。

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