第20話 アレックスターの新王
ロートリア国境から西におよそ100㎞。
深い森と豊富な湧き水資源に恵まれたその森には、3000年ほど前からエルフたちが住み着いていた。
彼女たちはこの地に自分たちの王国『ヴィクトリアズガーデン』を築き、つい昨日まで平和に暮らしていた。
自らを豊穣神の末裔と考えている彼女たちは、自分たちが得た自然の恵みを独占することなく、全ての生き物たちに平等に分け与えることを誇りとしていた。
そんな気高い性格である彼女たちは、人間族は勿論の事、森に住まう動物たち、果てはゴブリンやオークといった通常モンスターと呼ばれる気性の荒い者たちからも慕われて心穏やかに暮らしていたのである。
だが、今その国中に満ちているのは、穏やかとは程遠い血と鋼と死体、そしてむせかえるような欲望の臭いであった。
ヴィクトリアズガーデンの王城。
その最奥に造られた豊穣の女神ダナリーの大聖堂。
簡素な木材と純白の布地だけによって造られた神聖にして不可侵な佇まいのそこで、目も眩むような狂乱の宴が催されていた。
「ハァンハァンハアンッ!!!」
今神像の前に座っているのは、豪奢な装具……ロートリアから持ち出された宝冠や腕輪……に身を包んだ身の丈4メートルはあろうかという髭面の巨漢。
無数のエルフ兵達の死骸の上に腰かけ、殺した動物たちの炙り肉を貪りながら、捉えた美女たちを犯している。
「グワハハハハハハハッ!!! 女を犯しながら食う肉は美味いのおおおお!!!!」
この男こそ、魔法軍事大国アレックスターの王位をクーデターにより簒奪した元魔法第一兵団団長こと、新王【ガスター・ハインツ・アレックスター】その人である。
彼が今犯しているのは、つい昨日までこの国の女王であった女である。
そのすぐ傍には、王女と女近衛騎士団長の姿もあった。
ガスターは自ら軍を率いて、ロートリアを攻め滅ぼした後、西に進軍してこのヴィクトリアズガーデンをも滅ぼしたのである。
たった4日間で2つの国を攻め滅ぼしたその軍事力は凄まじいものがあった。
「くっそおおおおおお!! 蛮族の王めええええ! 犯すなら私を犯せ!!! 女王陛下に手を出すなあああああ!!!」
両腕を魔法縄で縛られた女騎士団長が叫ぶ。
その叫びを聞くと、ガスターのでっぷりとした頬がますます緩くなる。
「もちろんたっぷり犯してやるわ! この女が使い物にならなくなってからなあ!! グワハハハハハハ!!!」
言いながら、ガスターが一際強く女王の腰を突いた。
女王の股から血が溢れ出る。
あまりの巨根ゆえに裂けてしまったのだ。
「よ……よいのですガスター様……! 私が、私が皆の分まで働きますから……っ! ですから……どうぞ……お慈悲を……!!」
だがエルフの女王は必死の形相でガスターの足元に縋りつく。
例えこの身が引き裂かれても、臣下たちだけは守りたいとの一念であった。その捨て身の献身に騎士団長が涙を流す。
「ほほう? まだ犯されたいか! エルフの女王は淫乱と見える!!!」
グワハハハハ、とガスターが大笑いする。
そしてその柱のように太い腕で、騎士団長のすぐ傍に居る王女を摘まみ上げると、汚辱に塗れた母親の前へと引きずり出した。
「ほ~れ! 娘にもきちんと見せてやらんとなあ!? お前の母親がどれだけ不貞であるか!」
神聖なるエルフの女王として、最も秘匿されるべき生殖行為。
その行為を、何よりも大事にしてきた最愛の娘の前で曝される。
これがどれほどの屈辱であるだろう。
だがそんなものは彼女にとって大した事ではない。
本当に彼女が辛かったのは、自分のせいで娘が今こんなに苦しんでしまっているという現実だった。
「ごめんなさい……! ごめんなさい……っ!!」
きっと自分が殺された後は娘も殺されてしまうのだろう。
そう考えると涙が止まらなかった。
国民も兵も動物たちさえ守れなかった自分だが、せめて娘にだけは辛い思いをさせたくない。
「おかあさま……っ! 私こそもうしわけありません……っ!!」
そしてその想いは、娘も共有している。
王女も泣きながら、己の非力さを嘆いていた。
「こんのおおおおおお!! 外道があああああ!!!!」
そして、そんな母娘の姿を見て、騎士団長が吼えている。
彼女だけはまだ諦めていなかった。
両手が縛られたままでも突進し、剣がなくとも歯で噛みつかんとする。
だがあっと言う間に、ガスターの傍に控えていた剣士風の男によって組み伏せられてしまう。
「無礼だぞエルフの女ぁ!!」
この男こそ、かつてのロートリア王位継承者にして【剣聖】のスキルを持つ男ユリウス・ロートリアである。
ユリウスは自分がガスターに勝てないと悟るや否や、即座にベルダンディとリアーナを捕らえ、更に自らの愛人五人を土産にアレックスター側に寝返ったのであった。
なお【聖女】のスキルを持つリアーナだけは、別の目的のために先んじてアレックスター本国に送られている。
「くそおおおお!? 卑劣だぞ人間!!」
「黙れメスブタが!!!」
「ぐはぁっ!?」
ユリウスはロクに抵抗できない騎士団長を思い切り殴りつけると、両手を縛っていた縄を使って聖堂の柱に括り付けた。
そして改めてガスターの前に跪き、
「ガスター様! 畏れ多くもメスブタ風情に無礼な振舞いを許してしまい、まことに申し訳ございません!! お怪我はございませんでしたしょうか!?」
言いながら、懐で暖めていた手拭いを取り出しガスターの足に付着した埃を拭う。
まるで、生まれた時からガスターの腹心の部下であったような忠義っぷりである。
「ガハハハハハ! ご苦労!!」
そんなユリウスの媚びっぷりに、ガスターは満足して座した。
かつて自分に逆らった男が、なりふり構わず阿諛追従する様にガスターは満足している。
その裏で、こいつはいつ処分したら面白いか、という事も考えていた。
「こ……この者に恥という概念はないのですか……!?」
戦場で囚われ、ここで犯されるまでにユリウスの話を少し耳に挟んでいた女王としては、ユリウスの立ち振る舞いが信じられない。
自分の国を滅ぼし、家族や国民を散々に傷つけた相手に対して、なぜこれほど媚びを売れるのか。
その余りの醜悪さに「なんてみにくいの……!」年若な王女までもが言葉を漏らす。
だがそんな言葉に悩まされるユリウスではない。
彼はむしろ意気揚々として、
「ハッ!! お前らは黙ってガスター様の言いつけ通り腰を振ってりゃそれでいいんだよ!!! メスブタどもがぁ!!!!」
叫び散らしながら、騎士団長を足蹴にした。
弱者をいたぶるで得られる愉悦。
彼はそれに酔っていた。
「ユリウス。あまり余の女を傷つけるな」
するとガスターが怒り口調で言う。
「はっ!? ももも申し訳ございませんっ!!?」
たちまちユリウスが怯え上がって、その場に平伏し、額を床に擦り付け尻を突き上げる。
完全服従のポーズだった。
そんな事をしながらも『俺は悪くないのに、こいつらのせいで……!』と、ユリウスは頭の中で憎々し気にしている。
「ガスター様……っ! ほっ……報告致します……っ!! ロートリア城が、敵に奪還されました!!!」
そんな最中だった。
筋骨隆々とした男が王の間に入ってくるなり叫んだ。
ズタズタに破壊された黒い鎧と、デッキブラシのように短くなった銀色のヒゲを生やすこの男は、つい先日までロートリア城を占拠していたヘルダーリン将軍である。
「なぁにぃ~~~~~??? どういうことだ!?」
ヘルダーリンの情けない報告を聞かされ、ガスダーが握りこぶしほどもある目をギラつかせて、ヘルダーリンを睨みつけた。
「ヘルダーリン! お前には2000の兵をやったはずだぞ!! なぜ敗れるううう!?」
「そ、それが……っ!! とんでもない男が現れまして……っ!!!」
ヘルダーリンが、その巨体に見合わない前傾姿勢で言った。
クマのような体躯のヘルダーリンといえども、巨人のようなガスターを前にすれば、子供同然である。
「とんでもない男だと!?」
「は、はい!! なにしろスゴイ奴で……!! 鹵獲した戦術級グリフィンもやられてしまいましたし、この私が手も足も出ませんでした! とにかく強い男でして……!!」
言い訳ばかりするヘルダーリンの姿に、ガスターは怒りを覚える。
「この役立たずが!!!」
「ひ、ひい……っ!!!」
怒ったガスターは丸太よりも遥かに太い腕を振り上げ、ヘルダーリンを圧し潰そうとした。
だが、天井付近でその腕がピタリと止まる。
はっきりと怒るガスターだったが、一方で覇王らしい理性が働いていた。
ガスターは力押しの馬鹿ではない。
現実的に対処しなければならない場所ではそれなりの冷静さを保っていられる。
だからこそ魔力に優れた前王を出し抜き、クーデターに成功したのである。
『ヘルダーリンは使える。
処分するにしても、ただ殺すよりその強敵とやらにぶつける方がよい』
ガスターは最終的にそう判断を下す。
「ぐはうっ!?」
そして、加減した力でヘルダーリンに張り手をぶちかました。
体重200キログラム超のヘルダーリンが、まるで人形のように壁に向かって吹き飛ぶ。
彼が叩きつけられた壁は跡形もなく崩れ、広間に大穴が開いてしまった。
その圧倒的な力にユリウスは、
『や、やべえ……!! 俺もミスッたら殺される……!!!』
と、焦る。
「ヘルダーリン! そいつはいったいどんな男だ!!」
ガスターががなり声で叫んだ。
答えなければ殺される。
そう思ったヘルダーリンは、折れたあばら骨の痛みを堪えながら立ち上がった。
「な……なんでも、追放されたロートリアの第2王子だとかで……!」
そして、這う這うの体で戻ってきて言う。
「だ、第二王子ぃ!?」
その言葉を聞いて、ユリウスが思わず叫んだ。
そんなはずがないからだ。
「なあにい!? 知っているのかああああ!?」
ガスターがユリウスに尋ねる。
「はっひいいっ!!? でっ、ででですがガスター様! それは何かの間違いです! あいつは俺が殺しました!! 一万メートルの上空から突き落としたんです!!」
「一万メートルぅ?」
「はい! 一緒にいた兵士たちが目撃しています! それにもし何かの間違いで、仮に奴が生きていたとしても、あいつはロートリア歴代で最も無能な男でして! 恐れながら、ヘルダーリン風魔将軍様を倒せるような男ではありません!」
「では誰がヘルダーリンを倒したのだあ!?」
「き、きっとあいつの名を騙る何者かでしょう! どこかの大国があいつに味方して、ロートリアを上手く乗っ取ろうとしているのではないでしょうか!?」
「仮にバルクだとしたら、俺がブチ殺してやりますよ! あいつ、一度も俺に勝った事ないんです!!」
「お前は黙っていろ!!」
「へ、へええ!!!」
ユリウスが平伏する。
「ふむうううううううう!!!」
ガスターが腹立たし気に唸った。
眼球ほどもある二つの鼻孔からドラゴン並みの息を吐き出し、エルフの死体の上に座り直す。
そして冷静になった頭で、ヒゲを擦りながら考える。
「ヘルダーリンが敗れたとなると、それなりのスキルを持つ強者であろう。
どこかの大国が【勇者】を派遣したのかもしれん。
万が一ということもある。一応手は打っておくか」
ガスターは考える。
そしてチラとユリウスを見ると立ち上がった。
ガスターが席から立つだけで、城全体が揺れる。
「よおおおおし!!! 王国に戻るぞおおおおおお!!! 疲弊した軍を再編成するうううううううう!!!!」
そして聖堂に空いた大穴から、ヴィクトリアズガーデン全体に聞こえるような大声で指令を出した。
城内や町で欲しいままに略奪を繰り返していた兵たちが、主君の声に気付いて大声を上げる。
「おまえらあああ!!! 金目のものと女を奪ったら残りは全部燃やせええええ!!!!! 死体も家も生きてる奴も全部だああああ!!!!!」
「「ははああああっ!!」」
ヘルダーリンとユリウスが首を垂れる。
「そ、それだけはお止めください……!!」
すると、ガスターの足元で弱々しい声がした。
エルフの女王である。
「そ……そんなことをすれば! この森が無くなってしまいます!! もしそうなれば、何万という動物たちが住処を奪われてしまいます!
それだけではありません! 木には水を蓄え土壌を安定させる役割もあります! もしそんな事をすれば、この地は砂漠と化してしまいます……っ!」
「ああ!? だからやるのだろうがああああ!! 余に歯向かう愚か者どもには見せしめが必要だからなあ!!!」
グワハハハハ!! とガスターが笑った。
その大きな手で女王を掴み上げ、魔法で体に火を放つ。
女王の美しい肉体が松明のように燃え上がった。
「キャアあああああああっ!?!?」
女王の断末魔の悲鳴が上がる。
「お母さまああああああ!!!!???」
母親の燃え上がる様を見て、王女も叫んだ。
「グワグワグワハハハハハ!!!!! おっぱいのデカい女はよく燃えるぜええええ!!!!!!」
ガスターはニヤリほくそ笑むと、更に女王の体を振りかざして聖堂の神像をも焼き出す。
「さ、3000年前からこの国に伝わる女神さまのご神体まで……っ!! こんな邪悪な生き物が存在しているなどおおおおお……っ!!!」
騎士団長が固く拳を握りながら、血の涙を流す。
「弱いやつらの悔しがる様ほど愉快なものはないのう!! よし! お前ら帰還する!!!」
ガスターはそう言うと、捕らえた女や財宝と共にアレックスター本国へと帰っていった。
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