第五十話 第四階層は素晴らしい環境じゃ!

「な、なんじゃこの迷宮は……!?」


 私が迷宮内の案内を始めると、フェリールちゃんは早々に驚愕の声を上げた。


 第一階層、燕蜂が守護する毒沼と毒針のエリア。


 現在この階層では、2000匹に及ぶ迷宮蜂の群れが、保護者である燕蜂とともにレベリングへ勤しんでいた。


 しかしフェリールちゃんが驚愕しているのはそこではない。


 無数に存在するトラップ。発動後自動的に再設置される毒針。侵入者を屠る毒の多彩さ。


 もはや私の眷属がわざわざ戦わなくても、このトラップだけで守護しきれるのではないかという戦い。


「レジーナ、これほど力を持った女王だったのか!」


 ふん! どうやらフェリールちゃんも私のすごさというモノがわかったみたいだね。


 そう、これらすべては、大本を辿れば私という個人の力に帰結する。


 確かに世界樹の魔力なしに実現できるものではないけど、そもそも世界樹の力を引き出しているのも私なのだ。

 この神樹の支配権は私に存在する。


 これほど巨大な魔法装置を作れる者は、人間の優秀な技術者でもいないだろう。

 特にこのような、攻撃性の強いものは。


「私直接バトルになるとめっちゃ弱いけど、迷宮の中なら結構強いよ? 『サテライトキャン』も撃ち放題だし、精神攻撃もさっきの比じゃない」


 迷宮の内部ということは、つまりヒカル君に作ってもらった杖と同じ魔法を際限なく使えるということなのだ。


 迷宮の中でなら、ランクAのドラゴンにも圧勝できる自信がある。


「まあそんなことはどうでもいいんだよ。こういう危険な場所がいっぱいだから気を付けてねって話」


 私の迷宮はここ以外にも、第二階層炎のエリア、第三階層圧殺のエリアなど、危険な場所が多い。


 もちろん私の眷属だからと罠が発動しないなどという便利な機能はなく、隠されているトラップに触れれば操蜚蜂など簡単に消滅してしまう。


 でなければ、精神攻撃耐性の高い操蜚蜂を第四階層に置く必然性もないし。


「どうでもいいって、レジーナはどうやってこれほどの力を手に入れたのじゃ。……というか、これほどの力を持っていながら、まだ我輩たちの協力が必要だったのか? ランクDがランクBを蹂躙するような異常な環境じゃ」


「あったり前だよ! フェリールちゃん、この世界にはとんでもない強者がいっぱいいるの。そいつらが気まぐれを起こした日には、私たちくらい簡単にひねりつぶされちゃうんだよ!」


 フェリールちゃんはどうやら、今まで相当な幸運に恵まれていたらしい。

 ランクSの化け物に命を狙われないという幸運だ。


 ヒカル君もそうだけど、あんな強い奴らがほぼ制限なしに世の中を闊歩してるなんて恐怖でしかない。


 確かにヒカル君は各国からとんでもない枷を掛けられてるけど、そんなの無視できる強さが彼にはある。やろうと思えば、いつでも国家を相手に戦えるのだ。


 そんな実力者がこの世界にはたくさんいて、好き勝手にしているのだ。


 わかっているだけでも、勇者ヒカル、英雄ジェリアス、妖精王オベイロン、妖精女王ティターニア、竜王アルカサス。そんでもちろん、大主神アストラ。


 ヒカル君に匹敵するようなヤバい実力者がこんなにいるとか、ホラゲーか何か?


 しかもこの上、異世界の大魔王パラレルとかいう意味わからん奴もいる。


 そんなこの世界では、どれだけ自衛の手段を用意しても足りないのだ。


「レジーナは心配性じゃな。そんな災害のような連中を気にしてる奴はおらんぞ……」


 フェリールちゃんは呆れたように零す。

 まさに、この世界を生きる生き物は彼らを警戒などしていないのだろう。


 どこの地球人が、災害を恐れて毎日家に閉じこもるだろうか。


(私が心配性なのかなぁ……)


 正直、シャルルたちの反応を見ても私がおかしいというのが世間の常識のようだ。


 けど、あんな化け物をどうすれば恐れずに生きられる? 私には全然わからない。


「まあ、そんなことは良いんじゃ。……レジーナなら本当にランクSに匹敵する迷宮を創れそうじゃからな。それより、早く我輩たちの階層を見せてくれんか!」


 悩む私に対し、フェリールちゃんは自分の住居を案内するよう急かす。


 第一階層がこれだけの力を持っているのだ。彼女が興奮するのもわかる。

 新居ってめっちゃワクワクするよね。


「……それもそうだね。じゃあ上に飛ぶよ。この迷宮は縦穴も横穴もたくさんあるから、迷宮の正規ルートを無視して進めるんだ~」


 私はフェリールちゃんと操蜚蜂ソウヒバチのみんなを連れ、縦穴を飛んでいく。


 このショートカットを使えば、本来数日かかるはずの迷宮を数分で抜けることができるのだ。

 本当に便利!


 迷宮を抜け第四階層に着くと、そこは以前までとはまた異なった様相になっていた。


 骨に荒肉がついた死体が大量に転がっているのだ。あとは内臓とか。恐らくは子どもたちの食べ残しだろう。


 見た目にはだいぶ慣れてきたが、臭いがキツイ。

 この上精神攻撃まであるというのだから、この階層を表情ひとつ変えずに踏破して見せたヒカル君は本当に化け物だったな。


 元来精神力が強いはずの操蜚蜂も、多少精神攻撃の影響を受け魔法に屈しかけている。


「おお! なんとうことじゃ! 最高じゃなこの階層は! 我輩たちのために作られているかのようじゃ!」


 ……けど、見た目とか臭いに対する嫌悪感はないらしい。単純に世界樹の力が強いだけか。


 うん、ここはフェリールちゃんたち操蜚蜂のために作ったんだよ? 言ってなかったっけ?


 私の反応もよそに、彼らはもう順応し始めたのか、精神攻撃を克服した個体から早速腐敗した死骸に食いつき始める。


「ゴキブリのために作った階層だけど、操蜚蜂も案外ゴキブリみたいな性能してるよね。腐肉も全然食べれるし、繁殖力も高い。カビとかの菌類にも強いし、ゴキブリと違って空中を飛べる。……あれ? 操蜚蜂ってゴキブリの上位互換?」


 よく考えたら、操蜚蜂ってめちゃくちゃ性能が高いよなぁ。


 まあ、自分より下位の存在であるゴキブリを支配するという都合上、ゴキブリの上位に立たなけらばならなかったんだろうけど。


 生態とか性能とか、かなりゴキブリに近い。


「そりゃそうなんじゃがな。じゃがアレらの侮れんのは、蜂など比べるべくもないほどの繁殖能力にあるのじゃ。我輩たちも蜂の中では繁殖力が高い方じゃが、奴らには劣るわ。それにゴキブリは飛ばん分、燃費も良いしの。我輩たちより食事が少ないのじゃ」


 一長一短、ってことか。確かに操蜚蜂の群れは600匹なのに対し、ゴキブリの群れは千や万では効かないほど増える場合がある。


 それにランクCになって『巨大化』のスキルを獲得すれば、それだけでとてつもない戦力になる。


 数が多くてレベリングは大変だが、それでもやるだけの価値はあるだろう。

 実際、フェリールちゃんの巣でも大活躍していた。


「ところでレジーナ、ここには肉の死骸ばかりじゃが、支配するゴキブリも肉食のものを選ぶということで良いのじゃな?」


「ん? うん、そのつもりだよ……?」


 ここは人間たちを撃退し侵入者を殺す迷宮蜂の巣だ。戦うことが前提なのだから、肉食である方が良いだろう。


 草食のゴキブリも近くに住んでるけど、あれらは攻撃性が低いから、命の危険が来た時逃げることを優先する。

 支配するとは言っても、元からメシのために命賭けるくらい貪欲な奴じゃないと。


 しかし、そんなことはフェリールちゃんもわかっているはずだ。事実、彼女の巣にも肉食のゴキブリが大量にいた。


 今更何故、そのようなことを聞いてくるのだろう。


「何、レジーナたちは毒の研究に熱心だと聞いてな。ゴキブリは毒耐性も高いし、繁殖力もある。毒の実験には持って来いのモルモットじゃ。その場合、植物性の毒を研究するなら草食のゴキブリも重宝するのではないかと思って……じゃな」


 ……! フェリールちゃん、もしかして天才か!?


 ゴキブリを実験動物として繁殖・飼育する。そうか、そういう発想はなかった。


 私もエイニーちゃんも基本的には自分の身体で実験するから、毒の実験に他者を使うことを前提にはしていないんだ。


 だけど操蜚蜂である彼女は、無慈悲にもゴキブリたちを実験道具にすることができる。

 なるほど、支配者らしい思考だ。逆に今までなんで考え付かなかったんだろう。


「ナイスアイデアだよ! それ採用! じゃあ第四階層の一部を改装して、草食のゴキブリも繁殖できるようにしないとね! 支配の方は任せるよ!」


 私の迷宮に、新たな視点を持つ知恵者が増えた。

 これは、私とエイニーちゃんの悪だくみが加速しそうな予感……!

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