第四十九話 我輩、バカではないぞ!?

「たっだいま~みんな!」


 結局あの後、フェリールちゃんは私の支配に屈した。

 まあ私の支配って言うか、世界樹の支配……?


 私の『Queen Bee』と世界樹の精神攻撃を重ね掛けすることで、フェリールちゃんの耐性を突破したのだ。


 彼女を攻略した私は、それはもう簡単に操蜚蜂ソウヒバチの群れを手に入れることができた。やはり蜂の巣を落とすのなら、女王蜂を叩くのが一番効率的らしい。


 私たちはその報告をすべく、急ぎ足で世界樹の迷宮まで戻ってきていた。


 出発した時よりも遥かに大所帯。私にシャルル、クオンさん、ジュリーちゃんに、600匹ほどの操蜚蜂。


 彼女たちの平均レベルは32。ランクはD~C。ランクBは数えるほどしかいなかった。

 オス蜂は14匹。いずれも、『強制受精』を持っている者はいない。


 流石に人間の街外れにある彼らの古巣からここまでは遠いので、『巨大化』したジュリーちゃんの背に乗ってもらっている。


 彼女ならば、人間の街を横切るときも蜂には見えない。たぶんみんな、大きいカナブンか何かだと思っただろう。希少種であるが故だな。


 ちなみにサガーラちゃんは、冒険者組合へ報告を行うためリンデンスルルに残っている。


 クオンさんと交代して、あそこに常駐してもらうことになった。彼女の身の回りのことは、すべてカミーユさんに任せている。


 正直あの娘と会えなくなるのは寂しいが、もうサガーラちゃんにだけ構っているわけにもいかないのだ。何せ……。


「「「おかえりなさい、ママー!」」」


「お~よしよし、みんな良い子にしてた?」


 そう、私とシャルルの子どもたちが無事に成虫へと至ることができたのだ。


「な、何じゃレジーナ! この者たちは!?」


 急に群がって来た大量の迷宮蜂に、操蜚蜂の女王フェリールは驚愕している。

 私の頭の上で縮こまり、現実から目を背けているかのようだ。


 ……私の支配を受けたのに口調が変わらないのは、よっぽど彼女の精神力が高いってことなんだろうな。


「この子たちは私の娘だよ。大丈夫、私の支配下にいる娘は襲わないから」


 この娘たちはまだ幼いが、迷宮蜂という種族を良く理解している。

 別種であっても、支配下にある蜂はちゃんと仲間だと認識しているのだ。


 それもこれも、みんなが頑張ってくれたおかげ。


 あまりにも産卵系のスキルが強すぎる私のために、特大の巣を用意してくれた燕蜂。


 幼虫の子どもたちを甲斐甲斐しく世話してくれた長肢蜂。


 勇者襲来の際はシェルターに避難し子どもたちを守ってくれた甲碧蜂クービーバチ(シャノールさんのみ)。


 本当に、みんなには感謝している。正直私が子育てをしなくて良いのかという疑問が大きかったけど、こっちはこっちで大変だったし。


(まあ、ここまで規模の大きい巣だと女王が自ら子育てをする方が珍しいのかもしれないけど)


 子育ては基本働き蜂の役割。私もそれはわかってるけど、一人の母になったのだから、我が子の面倒くらい見たかったものだ。


(って言っても、2000匹もいる子どもたちを私一人で育てるとか絶対無理だけど)


 私が調子に乗って『Queen Bee』に統合されている『産卵』のスキルをフル活用し、さらにシャルルが調子に乗って『強制受精』と『限界突破』を併用した。


 その結果、私は通常からは考えられないほど大量の子どもたちを抱えることとなったのだ。


 地球に生息するスズメバチの群れが多くても1500匹程度であることを考えると、似た特徴を多く持つ迷宮蜂としては意外なほどの数となった。


 ただまあ、後悔はしていない。結局誰一人欠けることなく生まれてくれたし、家族が多いのは良いことだ。


 ……ちなみに、長肢蜂のみんなが最初に覚えさせた言葉は私の名前らしい。

 子どもたちが言うにはかわいくないので、今は「ママ」と呼ばせている。


「みんな良い子にしてましたわ、女王様。レベルもだいぶ上がりましたの」


 私が子どもたちとわちゃわちゃしていると、奥から聞き覚えのある声がする。


 こんな独特の喋り方で、なおかつ色気たっぷりな声音の女性は、私の迷宮には一人しかいない。


 私や子育て上手の長肢蜂を差し置いて、子どもたちの尊敬と憧れを独占している魔女、シャノールさんだ。


 彼女に言われてステータスを確認すると、なるほど確かに。


 平均レベルは15。ついこの間生まれたことを考えると、やはり迷宮蜂のポテンシャルを感じさせる。


 もちろん生まれたばかりでレベルが上がりやすいというのもあるだろうが、ここまで急速に成長するのは、迷宮蜂が生来持つ特性によるところが大きいだろう。


 迷宮蜂は他の蜂に比べ獰猛性が非常に高く、身体が大きい上毒性も強い。

 特に迷宮の内部では無類の強さを発揮する。


 きっとこの迷宮に侵入してきた愚かな魔物は、なすすべなく子どもたちに毒針を刺され、そのまま罠でも踏んで絶命したのだろう。


「倒した魔物の死体はどうしてる?」


「まずは子どもたちが食べて、食べきれない分はアタクシ達が食べて、それでも残ってしまう分や食べられない部位はすべて第四階層に棄てていますわ」


 うんうん、ちゃんとクオンさんの作戦は通じてるみたいだ。


 まあ魔物の死体なんてすぐに集められるんだけど、たくさんあるに超したことはないからね。

 なんせ、これから死体が大活躍することになるんだから。


「……ところで女王様、そちらの方々は誰かしら?」


「ああうん、クオンさんから紹介されてた、操蜚蜂だよ。この娘が女王のフェリールちゃん」


 ジュリーちゃんの背に乗り戦々恐々としている彼女たちを指さすシャノールさんに、私は今日あった出来事を説明する。


 そして頭の上から、大量の迷宮蜂に面食らっていたフェリールちゃんを取り出した。


「め、迷宮蜂がこんなに……。うん? 貴様、迷宮蜂ではなく甲碧蜂じゃな? 何故こんなところに?」


 当のフェリールちゃんはというと、迷宮の入り口に立つシャノールさんに困惑した様子だ。


「あら、女王様から聞いてないのかしら? 操蜚蜂のお嬢さん。私は甲碧蜂の元女王シャノールよ。レジーナ様の美しく力強い支配に惚れて、ここにいるの」


 そ、そんな風に言われると恥ずかしいな。

 私なんて別に、スキルが強いだけで大した人間でもないのに。


「ほう、レジーナが他種族を治めているというのは眉唾ではなかったのか。……では、これから後輩としてよろしく頼む。操蜚蜂の元女王、フェリールじゃ」


 ! フェリールちゃんが自ら、って! それってつまり……。


「何を呆けた面をしておるのじゃ、レジーナ。我輩とて、そう馬鹿ではない。こうして支配を受けた元女王と対面しておるのじゃ。流石に、自分の立場というモノを理解しておる」


 フェリールちゃんはまったく憚ることなく、今受け止めた現実を示した。


 それはつまり、彼女も操蜚蜂の群れも私の配下となったことを認めるということだ。


「で、でも良いの? 私の精神攻撃で無理やり支配したのに。私は侵略者だよ?」


 あんなに抵抗していたフェリールちゃんだ。燕蜂や甲碧蜂のように、簡単にはいかないだろうと思っていた。


 支配に成功したと言っても、それは抵抗できなくしただけ。反抗する意思まで消し去ることはできない。それは支配ではなく、洗脳だ。


「ふん。スキルによってゴキブリどもを支配しておった我輩たちが、ならば自分たちがそれをされることを一度も考えんかったと思っておったか?」


 ……! それは……考えていなかった。


「我輩たちは自分の力を正しく理解しておる。たとえ知能の低い魔物と言えど、相手の感情を捻じ曲げ操るその下法をな。じゃから、自分たちもそれを受け入れる覚悟をしておったのじゃ。まあ、まさか本当にそんな芸当ができる蜂がおるとは思っておらんかったがな」


 ……フェリールちゃんは、やっぱり精神力が強い。操蜚蜂のみんな、こんなに強い精神を持っていたんだ。


 スキルや種族の力じゃない。元々獲得した精神が、みんな強いんだ。


「すごいな、みんな。そんなすごいみんなの上の立つんだから、私も覚悟を決めないとね!」


 改めて私は、自分が他種族連合の長に立っているという現状を考えさせられたのだ。

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