第三十三話 迷宮攻略? 笑わせんな

 勇者。クオンさんに聞いていた通り、黒髪黒目で身長は普通。左手は義手? みたいなのが付いてる。外見はやっぱり日本人だ。


 『世界樹の支配者』を手に入れたことで、迷宮内部と多少の外部のことは観察できるようになった。まさか、『感覚共有』を世界樹にも適用できるとは思っていなかったけど。


 ……世界樹って五感とかあるの?


 まあそんなことはどうでもよくて、予定通り勇者一行は私の迷宮へ入ってきた。正直、このまま外から攻撃され続けるのが一番ヤバいんだよね。


 何せ、勇者は植物魔法の使い手らしいじゃん? なんならユグドラシルの支配にも成功してるじゃん? いくら『不壊属性』を持つアクシャヤヴァタでも、外壁を突破されない保証はないし。


 ……まあそれを言ったら、この迷宮に勇者を閉じ込めるっていうのも絶望的なんだけど。

 やっぱりここで倒すしかないよねぇ。いや待てよ……。


「時に勇者ヒカルさん、私たちになんの用かな? 私たちは別に人間を襲ったりはしないし、この迷宮で細々と暮らしているだけだよ」


 そうだ、クオンさんから聞いていたじゃないか。勇者は話の通じない相手ではない。魔物相手でも対話に応じる人物だ。


 なら、ここで引き返してもらうことも可能だろう。私たちは別に、人間と敵対するつもりなんてないのだ。


『ふむ、俺の目的はお前ではない。この世界樹アクシャヤヴァタだ。……だが、とある人に頼まれてな。お前を始末しなければならない』


 念話を通じて伝わってくるのは、私を殺すのだという確固たる意志。決して物見遊山に来たのではないということは、流石に私でもわかる。


 ……マジか。私を始末しに来たってのは、本当なんだ。てことは、予言の女王も私のことだよなぁ。こりゃマズい。


 何か人間たちを怒らせるようなことしたっけか? ああ、そういえば!


「あ~、世界樹の魔力を弄って魔物をここに呼び寄せてるのは謝るよ。人間的には何か不都合なんでしょ? もうしない……とは言い切れないけど、自重するからさぁ。攻めてくるのはやめてもらえませんか?」


『……何? 世界樹の魔力を弄って魔物の精神を操作しているのか? それは少し利用価値が……』


 ふぇ? そのことで来たんじゃないんだ。他に心当たりなんてないんだけど。


「何か人間たちを怒らせるようなこと、私がしちゃったのなら謝る。だから今日のところは勘弁してくれないかな? あ! もしくは穏便に交渉で解決とか!」


『白々しいな、迷宮蜂の女王レジーナ。お前はアストラから何か受け取っただろう。その力でこの世界に混沌をもたらさんとしている。妖精王の頼みでな、俺の一存で覆すことはできん』


 ……なるほど、そういうことだったか。

 こりゃ、もはや勇者単独の問題じゃないな。私としても奴には思うところがある。


 勇者の口から飛び出した言葉に、私の腹から熱いものがこみ上げてくる。

 それは怒りか、はたまた激情か。


「……妖精王オベイロンが関わってるって言うなら、話は別だね。かかってきなよ勇者ヒカル御一行! 君たちはここで始末する。妖精王には、私から話を付けておくからさ」


 主に拳で。


 妖精王オベイロンは、シャルルの古巣を破壊したゴミ野郎だ。バイアスがかかっているのは認めるが、私はもうアイツが嫌いなのだ。ライオノーレという女王も、奴に関わりさえしなければシャルルとともに成功を収めていたはず。


 だから、私は彼女たちの分まで復讐を果たしたい。当然優先度は低いが、同胞の無念を晴らさずにはいられないんだ。


 私の言葉を受け、勇者一行は迷宮への歩みを再開する。

 コイツらもオベイロンの手先だというのなら、ここで殺さなければならない。


「……覚悟を決めろ、レジーナ」


 最奥の間で、私は自分の頬を叩く。怖くないと言えば、嘘になるのだ。世界樹を切断したとして、勇者に勝てるかは怪しい。だけど、ここでやらなければ、私はいつまで経っても弱い女王のままだ。


「安心しろレジーナ。奴がここまで来たら、俺が倒す。Lv130。ランクAになった俺なら、勇者にだって一矢報いることができるだろうさ」


 私を安心させるように、それまで無言を貫いていたシャルルが声をかける。


 しかし、その言葉は嘘だ。いくらシャルルが強くとも、それはこの世界樹の森内部でのこと。

 海を渡り世界を旅する勇者がどれほど強いかなど、レベルだけでなくその物腰を見ればすぐにわかる。でも……。


「ありがとう、シャルル。頼りにしてる」


 嘘でもいい。彼が私のために死ぬと、そう言ってくれているのだ。きっと他のみんなも、その覚悟を決めているのだろう。女王の私が覚悟を決められないで、どうするというのだ。


(よし、もう大丈夫)


「第一階層守護者、燕蜂諸君に告げる! 勇者が第一階層に侵入した。ランクSが一人、ランクAが一人、ランクBが三人だ! 正直全然勝てるわけない! だから、死にそうだと思ったらすぐに巣へ退避すること! 世界樹の『不壊属性』が必ず君たちを守る! 私が、君たちを守る!」


 どの階層にも、壁や天井に無数の穴があり、そこには蜂が退避できるようになっている。

 巣の形になっている穴はすべて細かい通路でつながっており、どこからでも出入りできるようになっているのだ。


 そしてこの穴は、『世界樹の支配者』と『クリエイトダンジョン』を併用することで自由に開け閉めができる。私が見守っている限り、皆は安全だ。


 私は自分の脳が焼き切れることもいとわず、『処理能力拡張』と『感覚共有』を併用し、今迷宮内にいるすべての蜂に意識を接続する。


 流石に膨大すぎて捌き切れないから、『視覚強化』を応用して色を白と黒の二色に。立体感も多少削って脳の負担を軽くする。これで、私はすべての蜂を守れるのだ。


 そうこうしていると、早速第一階層のトラップが発動。地面や壁から無数の槍が出現し、勇者たちに襲い掛かる。


 勇者ヒカルは冷静に躱しているが、他の四人は少し慌てた様子だ。一撃も喰らってはいないが、態勢を大きく崩している。これなら……。


 ズブッと、燕蜂が態勢を崩した四人に張り付き毒針を刺した。賢く首筋を狙っているのも、戦闘訓練の賜物である。


 毒針を一発ぶち込んで、そのまま近くの巣穴へ退避した。私はその瞬間に、入り口を完全に封鎖する。


 いくらランクAと言えど、蜂は生物的に人間より速いものだ。とくにこんな狭い通路なら、蜂の機動力に勝るものはいない。


 さらに追撃。燕蜂が退避した瞬間、今度は天井から矢の雨が降るトラップだ。これは対人間用に新しく設置した。頭上が完全な死角になる人間では、これを避けられない。


 ……必然、察知に遅れたスキンヘッドの男が矢で串刺しにされ、そのまま動けなくなる。当然ながら、矢には毒を仕込んでいるのだ。それも超強力な奴。打ち込んだ場所への信号を遮断し、筋肉を停止させる。もし心臓に直接打てるなら即死もあり得る毒だ。


 しかし運がいいな。手足には当たっているが、それ以外は命中しなかった。


「まあ良いよ。追加でぶち込めばいいだけだから」


 続けて今度は毒沼のトラップを発動する。串刺しになったスキンヘッドはもろにこれを被り、矢の傷口から大量の毒が侵入した。


 ちなみにこれは、エイニーちゃん作の最強毒。バトラコトキシンだ。フキヤガエルとか、ちょっと前に流行ったピトフーイとかが持ってるやつね。


 本当なら一グラムで殺せるんだけど……。


『ヤバいっす。全身が動かなくて、俺もう死ぬっす』


『ちょ、諦めないでよガイン君! ヒカル君、世界樹の雫もう使っちゃうよ!』


 ランクBの生命力と『世界樹の雫』とかいう便利アイテムで、スキンヘッドは一命を取り留めている。噂に名高い、ユグドラシルの聖水だろう。


 クソが。この罠で勇者以外殺せるはずだったのに。

 ……まあでも、連続で発生したトラップに連中は忘れているようだ。燕蜂が刺した毒を。


『あり得ないわ。このトラップ、私の感知系スキルに一つも反応しなかった。アドルフォ、あんたの方は!?』


『全然ダメ。僕の感知にも反応しなかった。索敵魔法も意味なし』


 私が見せたトラップに、赤毛の二人は驚いている様子だ。おそらく、迷宮攻略に慣れている冒険者かな? 感知系のスキルをたくさん持ってるみたい。


 まあでも、ランクB程度なら引っ掛からなくて当然。何せ、すべてのトラップに『隠蔽』スキルを付与しているからね。自然生成された迷宮とは違うのだよ!


『カミーユ、どう思う』


『……想像以上だよ。ランクB相当の迷宮とか言ってたけど、ランクAは確定。だって、ガイン君が序盤でこんな重症になってる。私たちも、回避が一瞬遅ければ毒の餌食になってた。出現する魔物のレベルはともかく、トラップの方は凶悪すぎる』


『概ね賛成、だな。この迷宮は相当レベルが高い』


 おお、これは嬉しい言葉をありがとう。勇者本人から認めてもらえるたぁ光栄だ。

 できればそのままさっさと死んでくれ。


『……一旦迷宮を脱出して、毒対策を練ってきますか? このままガインさんを連れて探索は難しいと……』


『お姉ちゃん、それ無理っぽい』


 あ~ごめんね。君たちをここで逃がすわけにはいかないからさ。迷宮の入り口はもう閉じちゃったよ。


『凶悪、だな』

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