第三十二話 世界樹攻略チーム

~SIDE ヒカル~


 世界樹の森。それは数えきれないほど多い種類の魔物が潜み、世界樹アクシャヤヴァタの力によって人類を退ける未知の領域。


 ここには未発見の魔物が多く、また人類が認識しえない魔法の限りが眠っているのだという。


 そんな場所に、俺たちは足を踏み入れていた。俺個人としては何ということもない森の散策だが、周辺国としては一大事業らしい。


 以前に俺が調査の依頼を出した時も、なぜか超高ランクの冒険者が集められ、国の許可証を持って突入したそうだ。この程度の森、何をそんなに警戒しているのか。


「いや、そうだな。人間は未知を警戒するものだ。忘れていた」


 久しく忘れいていた感覚だ。未知、というものがどれほど恐ろしいか。この世界に来てずいぶん経つが、そんな感覚はとうに消え去っていた。


「ヒカルさん、なんか言いました?」


 俺が漏らした言葉に、前を歩く冒険者が反応した。


 こいつの名前はガイン。筋骨隆々のスキンヘッドという、どこの世紀末だという風貌をしているが、これで冒険者としての実力は高い。


「なんでもない。この森に生息する魔物は、あまりレベルが高くないのだと思ってな」


 森の中をすでに6時間ほど歩いているが、俺たちの脅威になるような魔物は出てきていない。すべてランクC以下。どうして今までこんな森が未開拓だったのか、まったくわからない。


「そうっすねぇ。噂に聞いていたほど恐ろしい森ってわけじゃなさそうっす。なんでこんな森の探索が国家事業になってるのか」


 俺たちのパーティーは全部で五人。ランクAが一人とランクBが三人。そして俺がランクSだ。


 近場の街で調査依頼を飛ばしたら、国からこの四人を預けられた。俺は一人でも大丈夫だと言ったのに、連中はまったく引き下がる様子を見せない。自分勝手な奴らだ。


「そろそろ着きますよ! アレが世界樹アクシャヤヴァタですね!」


 そんなこんなで歩いていると、森の外からも確認できるほど巨大な樹木がすぐ目の前まで迫っていた。ランクA冒険者カミーユも大喜びである。


 彼女はこの辺りでは珍しい妖精種。エルフ……とは違うらしいが、まあ似たようなもんだ。

 魔法を得意としていて、攻撃魔法から生活魔法まで熟知している。


 ……まあ、俺ほどではないが。


「近くで見ると、結構デカいな。ユグドラシルよりもデカいんじゃないか?」


 なぜ、アクシャヤヴァタがこれほどの大きさを持つ? 世界を支えるユグドラシルとは違い、この神樹は大きいことに何の意味も持たない。


 アクシャヤヴァタ、もしくはアシュヴァッタ。インドボダイジュ。

 インド神話系で語られるこの神樹は、仏陀が悟りを開いたと言われる。


 しかし、確かに神聖な樹木ではあるが、世界樹としての格を手に入れるほどではない。世界を支えているわけでもなければ、世界を創り出したわけでもない。

 強いて言うならば、仏陀に協力し世界を切り開いた、というべきだろう。少なくとも世界樹ではないはずだ。


(やはり、アストラが何かしたか。中途半端に神格を与えて放置するからこんなことになる)


 Lv2856。世界樹として十分なステータスだ。ユグドラシルもLv3127だった。まあ、誤差の範疇だろう。


「情報じゃあ、この中に迷宮蜂が巣を作ってるって話っすよね。ひゃ~、俺迷宮蜂って見たことないんすよ。どんな奴なんだろ~」


 ガインが目の前にある大きな穴を指さして言う。如何にも、ここから入ってくださいと言わんばかりだ。


 しかし、ガインは迷宮蜂を見たことがないのか。

 それもそうか。アレは世界樹の森固有種だ。ここ意外だと、妖精王の領地に少しいるくらい。見る機会はほとんどないだろう。


「どうしますか、ヒカルさん! 私的には、このまま強行突破もありなんですけど!」


「それは危険ですよ、カミーユさん。貴女探索任務ばっかりで、迷宮攻略はあんまりしてないですよね! 今回の任務に関しては、私たちの言うことを聞いてもらいますから!」


「ぼ、僕もそう思います……」


 カミーユにツッコミを入れたのは赤毛の姉弟。迷宮探索ばかりを請け負っていて、本当はもっと大規模なパーティーで活動している。


 今は仲間がケガの療養中で、収入のために臨時パーティーを探していたらしい。


 姉の方はアドリアーナ。弟の方はアドルフォ。どちらも迷宮探索においてはベテランで、とても頼れるBランク冒険者だ。


 ……まあ、俺ほどではないが。


「そんな必要はない。迷宮攻略には必勝法が存在する」


「「必勝法?」」


 俺の言葉に対し、カミーユとアドリアーナが声を合わせて疑問を呈した。

 それもそのはず。どこの冒険者ガイドブックにも、迷宮の必勝法など存在しない。これは俺が独自に生み出したからな。


「下がっていろ」


 おそらく迷宮の入り口と思われる場所にを向け、皆を下がらせる。何をするかわかっていないようだが、問題ないだろう。


「聖属性炎魔法、シャイニングフレアッ!」


 聖属性炎魔法シャイニングフレア。超広範囲かつ超大火力を持つ、炎系統でも最上位の魔法だ。視界を奪う真っ白な光を放ちながら、対象を確実に消滅させる。


 複雑な通路と分岐路を数多く持つ迷宮でも、この魔法を使えば一発ですべてが灰燼と帰すのだ。


 これで迷宮攻略も簡単に……。


「なに?」


 光が収まったそこには、先ほどと全く変わらない状態の世界樹が存在した。

 いや、ひとつ言うならば、迷宮の入り口が閉じている。


(世界樹が共通して持つ、『不壊属性』の影響か。まさかシャイニングフレアよりも順位が高いとは)


『あ~コホンコホン。……これちゃんと聞こえてんの、シャノールさん。ちょっとそっちで試していい? え? もう繋がってる? ちょッ!?』


 突如、俺の脳内に直接声が聞こえてきた。女の声だが、何か慌てている様子である。

 少なくとも、カミーユとアドリアーナの声でないことは確かだ。


(『共通言語 Lv4』に統合されている念話系のスキルか? それとも、思念伝達系の魔法によるものか?)


『やあ冒険者諸君! 黒髪の君が、勇者ヒカルさんでいいだよね? ようこそ! 歓迎……はしたくないけどようこそ! 私はこの迷宮の支配者レジーナ。様式美を守った美しくも奥ゆかしい古式の迷宮だから、そんな野暮なことはせず真正面から攻略してほしいかな』


 頭の中に聞こえてきたのは、能天気なアホの声。彼女の言葉に呼応するように、世界樹が再び入り口を開ける。


 やはりコイツを警戒しないわけにはいかない。何せ……。


「うっひゃ~、念話っすよ念話! こりゃ敵の親玉、結構な高ランクっすよ」


「はしゃがないでくださいガインさん。そんなに嬉しいことでもないでしょう。少なくともランクBは確定。ひょっとすれば、ランクAですよ。配下もどんな敵がいるかわかりません」


「そんなに気にしなくても大丈夫だよアドリアーナちゃん! この私が付いてるんだから!」


「カミーユさん、ちょっとは警戒することを覚えてくださいよ……。僕もお姉ちゃんも苦労しますから」


 ……レジーナという魔物の念話を受けて、パーティーメンバーは思い思いの反応を見せている。

 喜ぶ者、警戒を強める者。冒険に胸を躍らせる者、これから来る面倒ごとに憂鬱な気分を抱える者。皆それぞれだ。


 そして俺が抱えるのは……期待。

 奴からの情報通りならば、ここの女王は俺の望む知識を持っているはず。


(にしても、この俺を警戒しないとはな。まさか俺の実力がわからないわけでもあるまい。アクシャヤヴァタもそうだが、アストラめ。レジーナとかいう女にも何かしたな?)


 イタリア語で女王。安直なネーミングだが、迷宮蜂の女王にはふさわしいだろう。


「仕方がない。そちらの要望に応え、真正面から突破してやる」

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