第二十六話 我が家にメイドさん!?

 温かい夕日が差し込む世界樹の森。私が一番好きな姿を見せる、力強くて美しい時間だ。


 そんな中、周囲の魔物が襲ってくることもいとわずに、私は迷宮の入り口で座り込んでいた。


「……お待たせいたしました、レジーナ様!」


 沈み行く夕日を眺めていると、不意に声がかかる。

 それは、普段落ち着いている彼女からは想像もできないほど興奮した声で、かつ感情の高まりに満ち溢れた声だった。


「お帰り、エイニーちゃん。みんなも、無事に帰ってきてくれてうれしいよ」


 ……本当に、本当に安心した。進化のためとはいえ、あんな少ない戦力でワイバーンに勝てるか、正直疑問の方が大きかったのだ。


 みんなの前では尊大にふるまっていたけれど、この胸は常に緊張し続けていた。

 もしみんなが帰ってこなかったらと思うと、私も行動せずにはいられなかった。


「はい、誰一人欠けることもなく、無事にワイバーンを倒し帰還しました! これもすべて、女王レジーナ様のおかげでございます!」


 とても興奮した口調で、エイニーちゃんはまくし立てる。

 いつも冷静で客観的な視点を常に持っているエイニーちゃんだが、こういう一面もかわいらしい。


「ひとまず、今日はみんな休んで。進化とかレベルアップとか、諸々の報告は明日にしよう。疲れたでしょ。留守番組みんなで、晩御飯用意してるから!」


 こっちもこっちで、結構忙しかったのだ。


 私の大立ち回りに大興奮したみんなが第一階層に降りて魔物と戦い始めたり、帰ってきたみんなに食べさせるとか言って勝手に探索に出かけたり。


 挙句の果てには、私が最奥の間に映し出したディスプレイを眺めながら、誰が一番うまく肉団子を作れるか競い始めたりと散々だった。


 ……ちなみに肉食性の強い私たちのような蜂は、昆虫や小型の動物を捕まえ、口から特殊な液体を出してドロドロにしつつ、顎で回しながら肉団子を作るよ! これがまた旨いのなんのって!


 蜂って花の蜜しか食べないのかと思ってたけど、むしろ肉団子を食べる方が多い。まあ肉食性の低い蜂は知らないけど。


「おお、それでは今日はお祝いですね! ワイバーンの討伐と、迷宮の本格的な始動! 身ぎれいにしてきます! 皆さん、行きますよ!」


 そういうと、エイニーちゃんたちは興奮気味に迷宮へ入って行った。

 新しい力と勝利の喜びに、どこか浮足立っている様子だ。まあ、そういうのも大事だよね。


(にしてもエイニーちゃん、流石にキャラ崩壊が過ぎない?)


 と、そんな野暮なツッコミは置いておいて、私は最後に残ったシャルルと顔を合わせる。


「今日はみんなの付き添いご苦労様。特に出番はなかったみたいだけど」


「ああ、アイツらも順調に強くなってる。この先、もっと強くなるだろう。君の下でなら」


 シャルルはとても誇らしそうにそう言った。


 今回の作戦、実は一番反対していたのは私ではなく、シャルルなのだ。彼は最初から最後まで、このワイバーン討伐はまだ早いと言って聞かなかった。


 ならばと、エイニーちゃんがシャルルの同行を進言したのだ。危なくなったら助けてくれと。私も、最初からシャルルを同行させるつもりだった。

 もとより彼女たちは、全員生きて帰ってくるつもりはなかったみたいだし。


 けど、それも杞憂に終わった。


 確かに私も助力したけど、エイニーちゃんのセンスには流石に驚いたよ。まさかあの土壇場で、植物系の毒を創造してしまうなんて。


 彼女たちも、私に守られるだけの存在じゃない。与えられるだけの存在じゃない。

 むしろその逆で、あの娘たちに私が守ってもらっているんだ。


「……それで、私に話って何?」


 実は帰りの道中、シャルルがエイリーンちゃんの『感覚譲渡』を通じて、私に話があると言ってきたのだ。急を要する内容なのか、別にそうでもないのか。


「世界樹の森周辺で蜂の巣を見つけてな。しかも、結構珍しい種族だった。あいつらはかなり強いし、戦力増強を図るなら彼らと接触するのもいいかもしれないと思って、一応報告をな。どうするかは、レジーナが決めてくれ」


 なるほど、新しい蜂か。この世界樹の森、蜂の種類がかなり豊富だな。


 確かに、私の迷宮の長所は多種多様な種族がいて対策が取りずらいというもの。であれば、珍しく強い種族を仲間にするというのは賛成だ。


「それで、どんな子たちなの? こう、強いって一言にいってもね」


甲碧蜂クービーバチという種族でな、とにかく頑丈だ。飛行能力は低いが、体重がある。ランクCになって人間に変身できるようになれば、かなりの戦力だ」


 ……甲碧蜂か。なんか名前の方向性が違くね!?


 にしても、飛行能力が低いのかぁ。ちょっと相性が悪いかもなぁ。


「飛行能力が低いなら、生活面を考えると第一階層に置くべきなんだけど……ちょっとあそこのトラップと組み合わせるのは難しいかな。耐久力が高いっていうのは、毒が回るまでの時間稼ぎとしてすっごく優秀なんだけどね?」


 正直、迷宮のコンセプトとしてみるなら相性は抜群だ。毒でじわじわスタイルと、耐久力メインは最強のマッチング。だけど……。


(私の迷宮って無駄にデカいんだよねぇ。正直、かなりハイスピードで移動できる種族じゃないと生活に困る……)


 近道があるとはいえ、それも飛行を前提としたものだ。最奥の間と第一階層を行き来することも多いし、移動能力の低さは大きな枷となる。


「まあ、それはまた後で考えるよ。今はお祝いが先! いこ、シャルル! みんなが待ってるよ!」


「そうだな、今日は祝い事が多い。面倒な話は後回しだ!」


 仏頂面だったシャルルも笑顔になり、私たちは蜂の姿に戻る。

 迷宮の入り口から近道を通り最奥の間へ。


「お待ちしていました、レジーナ様」


 ……そこにたどり着くと、私の知らない美人さんがいた。


 いや、知ってる。知らないわけがない。一目で誰かわかった。

 でも、そんな。こんなにかわいくなる!?


「も、もしかして、エイニーちゃん!?」


 人間の姿に変身して立っていたのは、もうここの古参メンバーとなったエイニーちゃんだった。


 愛らしく揃えられたショートカットの金髪に、黒い目と金色の瞳。

 スラっと高い身長に、控えめながらも確かに女性らしさを強調する胸元。耳に付けた黒と金色のイヤリングが、大人っぽさを極限まで高めている。極めつけは……。


「そ、そのメイド服は一体……?」


「はい、レジーナ様はこういった服装が好きだと、シャルル様が。無事に進化できましたので、少し派手にお披露目をと思いまして」


 通常のメイド服よりも遥かに黒の割合が多く、そのために手や首筋、フリルなどの白い部分が際立つ。リボンは黄色、大人っぽさの中に少し幼さを見せている。


 あたりを見渡すと、同じ服装の女性が12人。いずれも長肢蜂のみんなだ。正直とてもかわいらしい。


 そしてその奥には、48人の女性が控えている。

 艶やかな黒髪に派手な赤メッシュ。リボンは赤。赤と黒を織り交ぜたイヤーカフが、自然と耳元へ視線を導く。長肢蜂のみんなよりも少し小柄な彼女たちは……。


「ま、まさか燕蜂のみんなも!?」


 まさかとは思うけど、燕蜂も全員進化できたの!? まだ平均レベル25とかで、今回は進化できないとか言ってなかった!?


 ……まさか、これは通常スキル『レベルアップブースト』の効果?


「はい、レジーナ様に喜んでいただきたくて、みんなで準備していました。……どう、ですか?」


 煽情的に、蠱惑的に私を誘惑するエイニーちゃん。

 まさかこの娘がこんなに積極的とは、私も気付かなかった。不覚!


「めっっっっちゃ、かわいい!! ありがとう! これはもうありがとうだよ、エイニーちゃん!」


 そんな彼女の手を握り、私は今心にある一番素直な言葉を伝えた。

 嘘偽りなどまったくない、私の本心である。


(ああ、この迷宮にお金という概念があったのなら、彼女たちに一生遊んで暮らせる額を上げたい! こんな素晴らしいものを見せてくれてありがとう!)


 あ~でも、こんなことならやっぱりサガーラちゃんも行かせるべきだった!


 サガーラちゃんはエイリーンちゃんに次いで第二位の素早さを持っているし、何よりサガーラちゃんのメイド姿が見たい!


 これは、早く第二のワイバーンを見つけなくては!


「よろこんでいただけたようで何よりです、レジーナ様。今宵は祝い。存分に楽しみましょう!」


「うん! ありがとう、エイニーちゃん!」

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