第二十三話 VSワイバーン!

~SIDE エイニー~


 森を蠢くのは、黄色と黒、そしてわずかな朱を持つ警告色の集団。

 鬱蒼としたその場所を、なんの障害も感じさせずただまっすぐに突き進む。


 それは長肢蜂と燕蜂の群れ。ただの探索ではなく、たった一匹の魔物を殺すための集団だ。


 私たちに挑もうとするものは、蟻の一匹だって存在しない。


 確かに、私たちのレベルは低い。だが、私たちが持つ強力な毒と集団戦闘能力は、いかなる敵をも撃滅しうる。この世界樹の森にいる魔物程度では、ワイバーン以外脅威にならない。


「エイリーン、監視ご苦労様でした」


「エイニー、誰も欠けず無事に到着できて何よりです。ワイバーンにはまだ動きがありませんよ」


 エイリーンと合流すると、彼女も戦列に加わる。先行していたにもかかわらず、彼女の体力は万全の状態らしい。


 ……本当に、彼女の飛行能力には驚かされる。燕蜂が来たことで薄れつつあるが、彼女たちとの差を埋めるべくレベルアップに励み、今では彼女の方が圧倒的に速い。

 本来ランクCかレベル50にならなければ手に入らない、『超加速』というスキルも獲得している。


「エイニー、襲撃はいつに?」


 エイリーンはそんな私の気持ちも知らず、早速戦闘を開始しようと話を始めた。

 まったく、この子は私よりも現実主義が過ぎる。事務的、とも言えるか。


「今すぐですよ。エイリーン。ワイバーンが日向ぼっこにふけっているうちに、準備を進めましょう」


 ワイバーンが戦闘態勢に入る前に攻撃を仕掛ければ、手っ取り早く倒せるかもしれない。

 正直、これだけの軍勢を率いていたとしても、ワイバーンに敵う確証がない。


 であれば、できる準備はすべてしなければならない。冒険をすると言っても、それは安全を投げ出すという意味ではないんだ。


 下に目を向けると、今から襲われるなど想像もしていないのんきなワイバーンが視界に入る。


 翡翠色の鱗は凄まじく頑丈で、その深緑の瞳は私たちのような小さな者すらも決して逃さない。王者を名乗るに相応しい威圧感だ。


「総員、『女王の加護』を使い『筋力強化』と『視覚強化』、そして『超加速』を発動させなさい!」


 私たちには『女王の加護』がある。それは、レジーナ様の通常スキルにおいて、その一割の力を引き出すというもの。


 たとえ一割であっても、レジーナ様のスキルはとても強力だ。特に『超加速』などは、私たち蜂系統の種族とは相性がいい。


「では手はず通り。出撃ーッ!」


 まずは私たち長肢蜂が、ワイバーンの首元まで飛んでいく。


 ワイバーンとは本当に強力な種族で、ゆえに自尊心が高く、プライドも凄まじい。

 だから私たちのような、それこそ羽虫同然の魔物など意に介さない。


 長肢蜂13匹は問題なく奴の元までたどり着いた。ワイバーンはというと、私たちを気にする様子もない。


「3……2……1……ッ!」


 合図とともに『筋力強化』で極限まで引き出された腕力を使い、ワイバーンの首裏をつかむ。そして……。


 その腕に万力を込め、鱗も皮も一緒くたに引きはがして見せた!


 たとえ昆虫でも、奴にとって羽虫でしかなくとも、強いスキルとレベルを用いれば、決してダメージを与えられない敵ではない。13匹同時に一か所を攻撃すれば、ではあるが。


「今だッ!」


 私の合図で、引きはがした皮に燕蜂が殺到する。その数48匹。それがただ一か所に集結した。視界はほぼすべて、燕蜂特有の鮮やかな黒に埋め尽くされる。


 普通、たった一匹の魔物にこれだけの数蜂が集まることはあり得ない。

 しかしワイバーンを倒すのであれば、本来これでも少ないくらいだ。


 彼女たちは当然、防御を失い剝き出しの筋肉に直接毒針を叩き込む。

 鱗があっては、私たちの最大の武器である毒も通用しないのだ。


 48匹の燕蜂から放たれる毒は強力無比。たとえ毒性の低い種族であっても、総量が桁違いである。


「GYYYAAAAAAA!!!!!」


 さしものワイバーンも、この攻撃には耐えられないようだ。わかりやすく絶叫を上げ、首裏に集結した蜂を振り落とそうと躍起になっている。


 しかし超短距離であれば、空中で一時停止できる蜂に避けられない攻撃など存在しない。


 レジーナ様から与えられた『超加速』もあり、誰一人一撃の攻撃も受けることなくその場を離脱する。問題は……。


「奴を倒せるかということよりも、奴に逃げられないか、ですね」


 もしこのままワイバーンが飛び立ってしまえば、私たちの作戦は失敗だ。

 それに、逃げるほど脅威と感じるのならば、次回から同じ手は使えない。必ず警戒される。だから……。


「総員、散開! 長肢蜂は再び集結。三人一組の態勢を作り次第、各自の判断で突撃ッ! 燕蜂は私が合図するまで、上空で集結し待機してください! エイリーン、貴女は予定通り燕蜂と合流し、指揮を執りなさい」


 私は仲間を二人引き連れ、再びワイバーンへ立ち向かう。


 私たちをわずかに脅威と感じたワイバーンは、寝転がった姿勢から立ち上がり首を持ち上げた。

 奴がぐっと力を込めると、首筋の穴から血が噴き出す。同時に、燕蜂が一生懸命ぶち込んだ毒も。


 ワイバーンは知能が低いともっぱらの噂だが、どうやらこいつは例外らしい。相当頭が働く。

 まさかこの場面で、冷静に毒抜きを選択するとは。


 燕蜂の毒性は、長肢蜂に比べれば弱い。それもワイバーンの体格があれば、ある程度毒抜きすればほぼ無効化される。しかし……。


「やはり、炎のブレスは使えないようですね!」


 このワイバーンは風を得意とする種族。私たちにとって天敵である、炎のワイバーンではない!


 炎は、毒を得意とする私たちにとって絶対なる壁。一度喰らえば容易く力尽き、ようやく与えた毒も無効化される。炎とは、そこに存在するだけで脅威なのだ。


 しかし、このワイバーンがその力を使えないのならば……!


 私は仲間の二人とともに再び万力を込め、今度は持ち上がった首の底面に張り付き皮を引きはがそうと試みた。


 ワイバーンの皮は硬い上に弾力性もあり、このままでは針が通らないのだ。だからこそ、筋肉を剥き出しの状態にする必要がある。


 しかし、そう簡単に突破できるほど、奴の防御力は低くない。

 それに、私たちはどこまで行っても矮小な昆虫でしかないのだ。


 身体も小さく、腕力や膂力では脊椎動物に大きく劣る。

 だからこそ、蜂系統のオスは皆人間の姿に変身し戦うのだ。メスは人間に変身すれば毒針を失うが、オスは変身によるディスアドバンテージは皆無だ。


 ならばと今度は、私たち昆虫が他の生物にも勝っている顎の力で勝負する。

 蜂も、咬合力に関してはかなりのものだ。『筋力強化』を併用すれば、鉄板すらも食い破れる。


 やっとのことで、私たちはワイバーンの首に小さな穴をあけた。


 まったく、身体の裏側でさえこれほどの強度を持っているのだから、本当にワイバーンという種族は卑怯だ。


 と、そのタイミングでワイバーンは首を地面に叩きつけ、私たちを潰そうとした。


 しかし、地面に張り付いたままの緩慢な動きでは、瞬間的スピードで絶対的なアドバンテージを持つ私たちには遠く及ばない。


「ですが、毒針を突き刺す時間はありませんでしたね……」


 うまく離脱した私たちだったが、最大の武器である毒針を叩き込むことは叶わなかった。

 むしろ驚愕すべきは、ワイバーンの反応速度だ。


 あれほど硬い皮膚を持つ種族。羽虫が肌に張り付いた程度、気付きもしないだろう。

 であれば、その首に穴を空けられるまで私たちの存在を認識していなかった。つまり……。


「私たちが穴を空けた瞬間、即座に殺す選択を取った……。やはり侮れませんね」


 ワイバーンは強力な種族だ。生物としての格が、そもそも違う。今になってようやく、その実感が湧いてきた。


「……しかし、目的は達成しました。強襲の第一段階としては、まずまずでしょう」


 ワイバーンはその首を気だるそうに持ち上げ、この中で指揮を執っている私を見つけ出し睨みつける。


 何も、燕蜂の毒が効いているわけではない。本当に、ただ気だるいだけ。日向ぼっこを邪魔されて怒っているだけだ。


 おそらく奴は今、私のステータスを『解析』しているんだろう。まるで落胆したように視線を逸らした。


 そうだ、これでいい。あまりに計画通りに物事が進み、思わず笑みがこぼれてしまう。

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