第三話 この性欲モンスターめ!

 はてさて、どうしたものか。DQNっぽい男に襲われてるあのメス蜂を助けてやりたいが、今の私がどの程度戦えるのかわからない。


 いや、普通に考えれば、強力な毒を持つスズメバチタイプの私が人間に負けるはずはないのだ。

 機動力も殺傷性も、人間より蜂の方が大きく勝っている。たとえ仕留めきれなくとも、逃げ切るのは容易だ。


 ……普通ならば。


(今追いかけられているメス蜂は、おそらく地球でいうところのアシナガバチ。毒性こそスズメバチに比べれば弱いものだが、飛行能力は昆虫類の中でも屈指の実力。それを追いかけまわせる奴が、ただの人間とはとても思えない!)


 そう、ここは異世界だ。地球の常識は通用しなくて当然!


 事実、奴はその足で彼女に追いついているではないか。車や電車よりもずっと速い。やはり、地球の人類とは異なる力を持っているのだ。


(けど、やっぱりあのメス蜂を助けたい。もしかしたら、『Queen Bee』のスキルで仲間にできるかもしれないんだ。戦闘力の低い私は、とにかく仲間を増やさないと)


 スキルの使い方なんて誰かに学んだわけじゃない。当然使ったことがあるわけでもない。


 けど、私にはわかる。どうすればこのスキルを操れるのか。このスキルがもたらす力が、私にはわかる。


 もしかしたら、それはスキルにある力の一端かもしれない。それでも、まったく使えないというわけではないのだ! ならば、あの子を助けて仲間にする以外、私には思いつかない!


(せめて相手の情報がわかれば良いんだけど。……そうだ! 『アストラの承認』! これってもしかしたら、ラノベで言うところの『鑑定・解析』スキルかもしれない!)


 私はスキル一覧にあった『アストラの承認』に注意を向ける。このスキルが補助系統ならば、何か情報をくれるかもしれない!


(……ダメか。『アストラの承認』はそういうスキルじゃない。『Queen Bee』は一端でも使い方がわかるのに、こっちは全然わかんない。パッシブスキルなのかな)


 このスキルに関してはわからないことが多い。今わかっているのは、能動的に使えるものではないということだけか。


 しかし弱ったな。相手の情報がわからないのでは、こちらから仕掛けるわけにもいかない。


 何せ、私はまだLv1のクソ雑魚女王だ。逃げ切れはするだろうが、彼女を連れていくことはできない。


 とにかく奴から目線を逸らさないことだ。スキルで情報を得られないのならば、この目で引き出して見せる。


 考えろ。もし奴に毒針をぶち込むとして、どこが一番効きやすい?

 頭か、胸か。手首か、足か。はたまた……。


「! 誰だ、そこで見ているのは!」


 突如、金髪のDQNは私に気付き振り返った!


 マズい。まだ何の情報も得られていないのに、こちらの居場所が……!?


【種族:迷宮蜂 Lv50:ランクC 階級:戦士 シャルル】

通常スキル:強制受精

      変身

      解析

      隠蔽

固有スキル:限界突破

      要塞強化

ファミリースキル:共通言語


 一瞬の出来事だった。ほんのわずかな時間、奴と目が合ったとき、私の脳内にはステータスが表示されたのだ。


(これは、奴のステータス……! って、Lv50!? バケモンか! ランクCって、私よりもずっと強いってことじゃん!)


 マズいマズいマズい。一瞬しかステータスを見られなかったけど、それでもアイツが私より格上ってことは十分わかった。


 つうかあんなの反則級だろ! 転生したての序盤に現れて良い敵じゃない!


(アイツはダメだ。いくら『毒創造』で激痛毒ぶち込んでも、絶対に追いつかれる! あんな高レベルの化け物に、Lv1の私が勝てっこない! あの娘には悪いけど、私も自分の命を守るだけで精一杯だ。異世界に来て初日にゲームオーバーとか、絶対に認められない!)


 私は背中の筋肉を震わせすぐさま飛び立つ。きっとアイツの方が足は速いけど、空中まで逃げ切れば追っては来られないはずだ!


「……待たれよ、女王! 俺と話をしてくれ!」


(なっ!)


 金髪を太陽に輝かせ、黒の目と金の瞳で私を見つめる彼。背中には、四枚の薄い翅が付いていた。


 そう、奴は翅を生やし空中まで追いかけてきたのだ!


(これじゃもう、逃げ切ることはできない!)


 私が覚悟を決めて『毒創造』に意識を向けた瞬間、奴は言い放った。


「よく見てくれ女王、俺のステータスを!」


 再び彼と目が合う。そしてまた、私の脳内には彼のステータスが映し出された。


(こ、これは。迷宮蜂!? このシャルルという男が!?)


 さっきは一瞬過ぎてよくわからなかったけど、この男私と同じ種族ではないか!


「おお、大主神アストラ様。俺は今日、運命の出会いを果たした! まさか、これほど美しい女王に出会える日が来るとは!」


 シャルルという男は、その金髪をなびかせ空中で踊るように喜びを表現している。どうやら、こちらに敵対する意思はないようだ。


(迷宮蜂のオスには私が美しく見えるのか。……ふふん! まあ私は! 前世の頃から美少女だったからな! それが女王になって女としての色気が……!?)


 一瞬舞い上がった私だったが、シャルルの通常スキル欄にとんでもないものを見つけ出してしまった。それを見た瞬間、私は凍り付く。


 『強制受精』! な、なんだこの不届き千万なスキルは!


 そういえばこの男、先ほどメス蜂を襲っていた。見た目もちょっとDQNっぽい! これはもしや、あれか!


 前世ではまったく縁のなかった、ヤリチン! Oh、異世界らしくはあるが、これは私が求めていたものとは別のベクトル! こんなのは認められん!


「女王……ノーネーム? まあいい。美しき女王よ! どうか俺を、君の眷属にしてくれ! こう見えても俺は強い。迷宮の防衛から全体の指揮、果ては子作りまでなんでもできる! 即戦力になるぞ!」


(貴様の目的は最後の子作りだろ!)


 と、声を大にして叫べたらどれほど良かったことか……。


「ハハハ女王よ、確かに子作りは俺の願望だ。しかし、何よりも君の下で働きたい。君の作り出す迷宮を見てみたい。そう、『アストラの承認』を持つ女王よ!」


 そう言いながら、シャルルは大きな声で笑った。DQNっぽい屈強な身体を震わせ、DQNには少々似つかわしくないような爽快な笑みで。


 な、なんだ。私の言葉が通じたのか?


 はっ! 『共通言語』。このスキルか。同じ迷宮蜂ならば、相手に伝えたいという意思とともに発すれば言葉になる。そういうことだったのか。


 これは私の心の中をすべて筒抜けにしてしまうパッシブスキルではなく、私の意思によって発動するアクティブスキル!


「女王、何を迷っているのだ。確かに君はまだLv1だが、私を使えばすぐにでも、ランクAの最強種になれる。いや、もしやランクSにも届きうるかもしれない! そう、『アストラの承認』を持って生まれた君ならば!」


 ……『アストラの承認』。このスキル、そんなに強力なものなのか。彼は、スキルについての知識も豊富なようだ。


 確かに、彼は危険ではある。しかし、もし仲間にできるのならば、これほど心強いものはない。何より、私と対話できる。可能性があるのならば……!


「……誓ってくれるか、許可なく私を襲わないと。もちろん私は女王蜂だ。いずれは必要となるだろうが……。君のスキルはその……なんだ。女性にとっては少し凶悪だからな」


「……? ああ、俺のスキルのことで迷っていたのか。もちろん誓おう。俺は女王の盾となり、君を守る。君が望まない限り、俺が手を出すことはない」


 手を組み、祈るように彼は告げた。その言葉は、およそDQNのそれではない。

 誠実さ、誇り高さ、忠誠心。軽薄なように見えて彼は、とても気高い男のようだ。


「……ならば許そう、戦士シャルル。今日から私の眷属となれ! 『Queen Bee』!」


 今日、私に初めての眷属ができた。名はシャルル。ありえないくらい強い、迷宮蜂のオスだ。

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