最後の葉巻

クロノヒョウ

第1話



「どうだケイ? そっちは異常ないか?」


「はい、異常ありません。もう少し巡回してから戻ります」


 俺は隊長にそう答えてから通信を切った。


 一人乗りの小型宇宙船で広い宇宙をパトロールする。


 それが俺たち宇宙パトロール隊の仕事だった。


 パトロールと言っても毎日ただ宇宙船で果てしない宇宙を巡回する。


 宇宙で何か異常がないかを見つけるのが仕事だが、ほとんどは宇宙ゴミを拾い集めては捨てに行く作業だ。


 今日も拾ったゴミを捨てに、廃棄場となっている小さな星に降り立った。


「ん?」


 宇宙船の後部に取り付けられた網に引っ掛かった宇宙ゴミを出していると珍しい物が目に入った。


 網にかかる物といえば宇宙船の部品や古い衛星の残骸、それに隕石のかけらがほとんどだ。


 その中に、フォトスタンドのような物が紛れ込んでいた。


 手に取って見てみると、やはり一枚の写真が入っていた。


「これは……」


 その写真を見て驚いた。


 十年前、宇宙パトロール隊に入隊した時に撮った同期のジェイとの写真だった。


 写真の中の二人は楽しそうに笑っている。


 (なんでこんな所にこれが……)


 そう思うと同時に過去の記憶がどんどん思い出されてきた。


 入隊までの訓練の一年間、俺とJは寮の同じ部屋で暮らし、何をするにも一緒だった。


 ただの仕事のひとつとして入隊を希望した俺とは違って、Jはパトロール隊員になることを誇りとしていた。


 Jのお父さんが子どもの頃に遭難してパトロール隊に助けてもらったそうで、Jはその話を何度も何度も聞かされたらしかった。


 お父さんはもう亡くなってしまったそうだが、Jはお父さんのためにと自分がパトロール隊に入って人助けをしたいんだといつも言っていた。


『親父の代わりに俺が恩返しするんだ』


 その言葉通り、Jの正義感は人一倍強かった。


 時には無茶なこともお構い無しだった。


 あの日もJは救難信号が聞こえると言ってきかなかった。


 近くにいた俺には何も聞こえなかったのに、Jはそう言ってひとりで救難信号を追いかけていってしまった。


 それきり、Jからの連絡は途絶えたままだ。


 この写真は俺とJしか持っていないはず。


 俺が持っている写真は部屋にしまい込んだままだ。


 だとするとこの写真が今どうしてここに?


 俺の頭の中ではいろいろな考えが巡っていた。


 Jは生きているのか?


 いや、生きているならとっくに戻って来てるはずだ。


 あんなにパトロール隊に誇りを持っていたのだから。


 じゃあなぜこの写真が?


 俺はヘルメットと手袋を外し、フォトスタンドを開けてみた。


 その瞬間、懐かしい香りに包まれた。


 葉巻の香りだ。


 何度も嗅がされた香り。


 映画で見たシーンが気に入ったと言って仕事終わりにいつも付き合わされて吸っていた葉巻。


 Jがいなくなってからは葉巻なんて吸う気分にもなれなかった。


 葉巻の香りのする写真の中で楽しそうに笑うJ。


 俺はなんとなく写真を裏返した。


 写真の裏には文字が書いてあった。


 それを読んだ俺はその場に倒れ込んだ。


 立っていられなかった。


 誰も居ない廃棄場の星で、俺はひとり、写真を握りしめながら泣いた。



『Kへ

安心してくれ。救難信号を見つけてちゃんと星まで送って来たよ。ただ、運悪く通信機が故障した。連絡もとれないし今どこに居るかさえわからなくなった。もう燃料もないな。はは。だからこの大切な写真を宇宙に置いておくよ。Kが見つけてくれると信じてる。そして最後にお願いがある。どうか俺の分までたくさんの人を助けてくれ。そしてこれを見つけた日は、この写真と一緒にまた葉巻を吸ってくれ。俺も最後の一本を吸うよ。また仕事終わりにお前と葉巻を吸いたかったな。それじゃあ、今まで付き合ってくれてありがとう。 Jより』




          完




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