最終話 1年後――。

 深い暗闇のなかから体が浮かびあがる感覚――。

 なんだか、ずいぶん長く眠っていたような……いや、そうでもない気がする。自然とまぶたがひらく。


 真っ白な天井。それと、視界の脇には見慣れない男の顔があった。


「おはようございま――」



「俺どのくらい寝てました!?」


「へ? あ、ああ……30分ほどかと」

「やばい、急がなきゃ!」


 俺は飛びおきて部屋を出た。高級ホテルのような廊下をかけていく……が。


「会議室はどっちだったっけ!?」

「あー! オーナー見つけた!」


 右から聞こえてきたのは、いつもの声だった。


「アノヨロシ! 助かったよ!」


 彼女の案内で、どうにか間に合いそうだ。ふたりでバタバタと走る。


「探したんですからね!」

「15分だけ仮眠するはずが、寝過ごしたみたいだ!」


「私たちがいるときに寝てください。『市長』が遅刻したら大変ですから!」

「ああ、そうする!」


 家に帰ったら帰ったで、けっこうまとわりつかれるっていうか……。いや、考えるのはやめておこう。


 

 金の装飾がひかる自動ドアがひらく。直径30メートルの大きな円卓に、今日の出席者がずらりと座っていた。手を挙げて彼らに呼びかける。


「みなさま、お待たせしました!」

「おお、市長殿。これで全員そろいましたかな?」


 ちょびヒゲの男性をかわぎりに、みんなが俺に向かってあいさつしてくる。全員40歳は超えてそうだな……ミーティングで俺より年下に会ったことがない。たまには同年代と話したいと思うのは、ぜいたくかな?



 ジョージ……あの人工知能は、最期に自分の全権限を俺に譲渡していた。

『スター・セージ社長』

『市長』

『平和局長』

『サムライグループCEO』

 たいそうな肩書きがならぶ。土地、不動産、株式、所属ニューリアン……資産を金額に換算したときは、桁が多すぎてクラクラした。



 俺がすわる席は、これまた見慣れた赤髪の女の子のとなりだ。


「もう9.48秒おそかったら遅刻だったよ、ご主人」

「あいかわらずの正確さだな、ミナシノ」




 さて、ホログラムを操作し、会議をとりしきるのは長身の女性。黒い髪から見えかくれする包帯は、まだ取れそうにないらしい。ツバメ……生きてて本当によかった。


「それでは、最終日のミーティングをはじめます。まずシティとバッドランズの交流イベント開催につきまして――」



 あのとき、平和局はニンジャコーポレーションに突入した。あくまで『制圧』にとどめたらしく、一人も殺していなかった。『ピーターからの厳命』と聞いたとき、彼にも出身地への想いがあったのか、と考えさせられた。




 会議は長い。何度やっても眠くなってくる。でも両脇のアノヨロシとミナシノがつついて起こしてくれるから安心だ。市長の激務に、ふたりの存在は欠かせない。

 ツバメからは『イチャついているの?』なんてからかわれるけど。本当に、切実に必要なんだ……ぐぅ。


 ツン。


「あい、起きてます」



***



「ふぅ……終わった」

 ミナシノが運転する公用車の中は、乗り心地サイコーだ。

「お疲れさま、ご主人。しばらくは寝ててもいいよ。目的地までは長いから」


 正直、ずっと働きづめで疲れた。眠りたいけれど……。


「いや、せめて人通りのあるところまではキリっとしてるよ。いちおう有名人だし」

「オーナー、ハーブティーどうぞ」


 お礼をいって一口飲む。うん、疲れにはやっぱりこれだ。車内をいい香りが満たす。車が敷地の外へ出ると、俺を見送ろうと集まった人々が、歓声をあげて手をふっている。


「半分くらいはこの車が目当てだろうなぁ……」

「でしょうねぇ……」


 どういうプロセスで決定したのか。

 市長専用車両には、出版したマンガのキャラクターが大きくプリントされていた。俺の時代なら確実に『痛車』と呼ばれるだろう代物。しかしこれが大ウケだった。


「みんな嬉しそうだな」

「はい。とっても」



 窓の外を見ると、多くの人たちが手を振っている。なかには泣いている人もいるようだ。ありきたりなことを言えば、みんなに少しでも幸せになってほしい。今の俺はいろんなことができる。そう思うと、身が引きしまる。


 タワーを離れ、壁へ……そしてゲートを通過。平和局の敬礼をうけながら、車はバッドランズへと入っていった。


「ここまで来たら、さすがに寝てもいいか……」

「着いたら起こすよ」



 意識が体をすり抜けてストンと落ちたような感覚に身をゆだねて、目を閉じた。



***



「オーナー、着きましたよ、オーナー」

「う~んあと5分」

「おーきーてーくーだーさーいー!」


 体をゆさぶられる。この膝枕のやわらかさは……アノヨロシだな……。って、ミナシノが運転してるんだから当然だった。体を起こして窓を見ると、ツタだらけの洋館がすぐそこにあった。


「ありがとう。じゃ、いこうか」




 俺たちが作ったギネス博士のお墓。銀髪の女の子がその周辺をホウキで掃いていた。くるりとこちらを向くと深くお辞儀をしてきた。

「おつう。迎えに来たよ」

「ありがとうございます、ますたあ」


 おつうは月に一度、父親である博士に会いにいく。一晩かけて俺たちとの暮らしを報告しているらしい。出発すると寂しくなるし、再会すれば胸があたたかくなる。ちょっと気が早いけど、子供がいたらこんな感じなのかなと……しみじみ思う。


 ただし『誰との子』かは考えない、ということで。

 なぜなら深い事情があるからだ。



 ツバメいわく『あと1年はかかる』とのことだが……ニューリアンにほどこされた遺伝子操作をキャンセルする方法が見つかった。おつうから『操作前の母方の遺伝子』を採取・解析して実現した快挙……のはずだった。


 それが俺にとってプレッシャー……とてつもないプレッシャーなんだ!



「オーナー、そんなに歯をくいしばってどうしたんですか?」

「ご主人、お腹がいたいとか?」


 明るくて元気、均整のとれたアノヨロシ。

 クールで静か、ダイナミックなミナシノ。


 優柔不断だと笑うなら笑ってもいい!

 まだ20歳未満なのに人生の分かれ道なんて決められない。

 ツバメさん……記念すべき第一号と第二号をこの二人にするだなんて、なんて残酷なことを言うのですか!?



「なんでもないよ、なんでも。あはははは……ほら、早く車に乗ろう。我が家に帰ってごはんを食べよう、そうしよう!」



 おおげさに地平線を指さして、俺は叫んだ!


「いざ、『スター・セージ号』へ帰還せよ!」




「……そういえば、いつタワーから引っこ抜くんですか、私たちの家?」



「……市長の任期が終わるまでには……」



 通勤時間ゼロ。捨てがたい。




終わり

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300年前の高校生、人工少女と。 佐倉じゅうがつ @JugatsuSakura

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