第35話 天使の子

 リビングに全員がそろう。さっきまで廊下を全力で走っていた俺は、息をととのえながら通話モードをオンにした。コール中、とにかく深呼吸をして……と。


「みんな、じつは大事な話があるんだ」

「アーノから聞いたよ。命がけの情報だって」

「そ、それなら話は早いね」


 みんなが神妙な面持ちでうなずくと、通話がつながった。


『全員あつまったのね、ミスター』

「ああ。覚悟はできてる」

『まずは80年前のことよ……』



 ツバメはしずかに語りはじめた。


『わたしたちの住む第三地球は発展しつづけていた。ひとつの都市で人口が2000万人を超えるほどにね。だけど、あるものが空からやってきた。これが当時の映像よ』



 Vグラスからリビングをつつむほどのホログラムが映しだされた。青い空のもと、たくさんの宇宙船がある。どうやら廃墟になるまえの宇宙港のようだ。あるものは着陸し、あるものは離陸して空へと消えていく。

 せわしなく行き来するようすは、まさに未来世界きわまれりといった感じだ。



「カメラの位置からすると、管制塔の記録かな?」

「ますたあ、あそこをみてください」



 おつうが指差した雲の切れ目に、妖しくかがやく光球があった。昼間なのにはっきりと見える。


 どんどん大きくなり……いくつもの光の矢を放った。あちこちに命中し、宇宙船がつぎつぎと破壊されていった。さらに、光線が地上をなぎ払うと、建物がキャンディのように焼き切れていく。切断されたビルが地面に激突すると、すさまじい土煙を引き起こした!


「なにこれ!? 怪獣映画?」

『現実に起きたことよ……ミスター』


 映像が終わり、俺は呆然とするしかなかった。


『当時、シティとバッドランズにそこまでの格差はなかった。都市部と郊外くらいの関係だったの。でも、この存在がバッドランズを滅ぼしたといえるわ』

「シティはどうなったんだ?」

『もちろんシティの上空を襲ってきた。今から見せるのがその映像よ……』



 シティの風景は、俺が見てきたものとまったくちがっていた。高層ビルがたちならび、銀色の超巨大都市だった。見覚えのある建物はタワーだけだな……。

 カメラの枠外から光が一閃。ビルを貫通して破壊していく!


 炎のなかから姿をあらわした『それ』は、巨大な翼をもつ異形だった。シルエットは無機質で丸みをおびたロボットのようだが、よく見ると全身が白く美しい羽につつまれていた。

 頭部には大きな輪っかがついており、目は金色に光っている。手足に赤い文字のようなものが浮かびあがっていた。大きさは2メートルくらいだろうか。


 映画かゲームだったら、まさに――。



「人を滅ぼす『天使』……」



 天使はゆっくりと上昇しながら、ふたたび光を発射させた。都心にあるひときわ高いビルの屋上をぶちぬいた。またも炎が吹きあがり、地上には逃げまどう人びとの姿が見えた。


「こんなやつどうやって倒すんだよ!?」

「ご主人。大丈夫……シティは勝ってるはずだよ。だって、今もタワーがあるでしょ? タワーは壊されなかったんだよ」


 ミナシノの言うとおりだ。これは過去の映像……この星に人が住んでいるのだから、人類は勝ったはずだ。やがて、天使にむかってミサイルが飛んできた。


 人類の反撃がはじまったのだ。しかし、ひろがる煙のなかから反撃の光が放たれた。つぎつぎに飛んでくるミサイル。さらに、タワーからすさまじい数のマズルフラッシュが!


「す、すごい……まさに総力戦ですね」

「敵は1体だけどね……」



 じょじょに光線が細く、弱々しくなっていき、やがて途絶えた。焼き尽くされたかのように黒くなった天使が堕ちていく。頭の輪が、一瞬だけ輝いて砕けちった。

「……やったのか?」

 思わずつぶやいた。



『ミスターが天使とよんだ、この生物の死体を、シティは回収した。ニンジャコーポレーションによって解析にかけられたわ。その結果……人間と変わらない、と出たそうよ』


「ウソだろ!? どこが人間なんだよ!?」

『そう思うのが自然よね。けれど、何度やっても同じだった……そして、ギネス博士ひきいる研究チームが、ある実験をした』


 心して聞いてね、と念押ししたツバメはためらいつつ話した。


『天使の体内に……無傷の卵子が残っていたの……』



 首筋に氷の刃をあてられたように、おぞましい寒気が身をふるわせた。まさか……まさか……!


「人間との混血を作った……のか?」



 ツバメはただ肯定する。

 博士をふくめた5人の男性と天使の混血……『実験体』と呼ばれる生物が5体、つくられた。それは人間とまったく同じ外見だった……金色の瞳をのぞいて。


 だが、すぐに『違い』が明らかになったそうだ。『彼女ら』はコンピュータを凌駕する頭脳と、生物の領域を超えた身体能力を持っていた。天使の力が受け継がれていたのだ。


 研究が進む中、実験体を第一地球へ輸出することになった。2261年1月1日、コールドスリープ状態にした一体が、この星から飛び立つ。



『アノヨロシには悪いけど……例のデータ、こっちで全部復元をしちゃったの。気になってしかたがなかったから。だって、シティの記録によると輸出された実験体は……おつうって名前だったから。名前を聞いたときはまさかと思った。でも当たりだった。これを見て』


 バイオコンピュータ・ジョージが残した映像。それはさっきとまったく同じ、天使の映像と、おつうの身体データを記したものだった。

 最後に、輸出船がロックオンされたので、おつうに解凍処置をほどこして脱出ポッドを発射したというメッセージ。ほぼ言い終わったところではげしいノイズが走り、映像はとぎれた。


おそらくここで撃墜されたんだろう。



「あ……ツバメさん。もしかしてニューリアンは、『実験体』のことなんですか……?」


 アノヨロシの質問に、俺もうなずいた。天使と実験体の共通点、それは金色の目だ。アノヨロシとミナシノも同じ色をしている。考えにいたるのは自然なことだった。しかし――。




『実はちがうの……わたしたちニューリアンは……実験体と人間の子。つまりクォーターよ』

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