第32話 消えた過去からのメッセージ
服を着た俺は、あることに気がついた。
「あの子はどこ?」
「おつうちゃんですか? ここにいますよ」
「はい、ますたあ。おーい……見えますでしょうか」
おっ。テーブルの向かいから手のひらがひょっこりと出てきたぞ。なるほど、まだ子供だから高さが合わないのか。俺は身を乗りだして彼女の手をツンツンたたいた。少女は顔を出すとうれしそうにほほえむ。かわいらしいな。
「……ん? アノヨロシ、『おつうちゃん』って?」
「もちろんこの子の名前ですよ」
「ますたあが眠っている間でしたね。あらためまして、おつうと申します。今後ともよろしくおねがいします」
そういって『おつう』はぺこりと頭をさげたものの、テーブルにぶつけてしまった。
「あうち……」
ちょっとかわいそうだけど、思わず笑ってしまう。おでこをなでる少女に、俺も簡単な自己紹介をした。そして、ずっと聞きたかった本題にはいる。
「君はどこから来たの?」
「……よくわからないのです」
「オーナー、これを見てください」
アノヨロシがホログラムを投影した。空間に浮かびあがったのは映像データだった。
「おつうちゃんが持っていた黒い箱を覚えてますか? すごく古いものですが、記録媒体でした。データ損傷がはげしかったのでツバメさんの力をかりてます」
『おはようミスター。いまアノヨロシと一緒に作業してるわ。なかなかやりごたえのあるシロモノね。で、たったいま復元したのが、この映像なの』
そうか、アノヨロシがやっていたのは黒い箱についてだったのか。
「ミーナとおつうちゃんもこっちに来て。それじゃ……再生、と」
画面に映ったのは、どこか見覚えのある顔の若い男だった。
「あれ? 首から下が……ないぞ!?」
『落ち着いて、これはCGよ。おそらくコンピュータの画面を録画したんだわ』
>>>2261>>>
こんにちは。わたしはジョージ。『星間輸送船NI-48号機』のすべてをつかさどるバイオコンピュータ。乗員2名、積み荷は凍結中の実験体『おつう』。2261年1月1日に第三地球を出発。目的地は第一地球……でした。
しかし、2月22日に原因不明のトラブルが発生。外部からのあらゆるシグナルが途絶えました。乗員による調査では、機体に異常を発見できませんでした。なお、当船に単独スペースジャンプ装置はなく、任務の遂行が極めて困難になりました。
わたしは、第一から第八地球、星間ゲート、中継ステーション、航行中の他船すべてが機能不全を起こしたと判断。通常航行による、第三地球への帰還を提案しました。
所要時間は推定73年間。
乗員たちは、コールドスリープ装置にはいりました。
稼働限界は推定30年間。
わたしは、『平和局』との契約にしたがい、まもなく乗員たちのコールドスリープ装置を『廃棄』しました。これにより、実験体の凍結可能時間を90年にのばし、完全なる返還を目指しました。
<<<2261<<<
映像が終わった。だれもしゃべろうとしなかった。言葉がみつからない。なにも。
2261年……つまり73年前? ずっと、ずっとひとりで眠り続けていた?
「ますたあ」
不意に声をかけられた。心臓が針にさされたような感覚。質問が……来る。
「現在は西暦何年なのでしょうか?」
ごまかすことはできる。でもすぐにバレるだろう。残酷かもしれないけど……正直に話すべきだ。そして俺にできることならなんでもしよう。なんでもだ。
「……2334年。1月2日……だよ」
「そうですか……目が覚めたときには、ポッドのなかにいました。わたしは73年を眠りつづけて……この星に帰ってきたのですね」
淡々とつむがれた言葉が、逆に痛ましくてたまらない。
俺自身、300年間のコールドスリープを経験した。事実を知らされたときのショックと孤独感は、だれにも味わってほしくなかった。
「……アノヨロシ、他のデータはまだ復元できてないんだよな?」
「はい……かなり時間がかかると思います。ですから――」
おつうには受けいれる時間が必要だ。ほかの誰よりも、たくさんの時間が。
「作業の邪魔にならないように……俺たちは場所を変えよう。おつう、おいで」
少女はうつむいたまま、俺の服のすそをつまんだ。
***
俺たちはテラスで地平線とタワーをながめていた。おつうはまだ子供なんだ、いくらでも泣いていい。そう思っているけれど、ただ黙っているだけだった。ミナシノと目をあわせてうなずく。『いまはそっとしておこう』と。
乾いた風がふいたとき、遠い地面でちいさな渦が砂をまきあげた。風はすぐにやみ、ふたたびの静寂――やがて小さな声があがった。
「ますたあ……」
振りむくと、少女の頬からひとすじの涙がこぼれていた。ミナシノがハンカチを差しだし、目もとをぬぐう。
「あ、ありがとうございます。でも、だいじょうぶです」
俺はひざまずいて、小さな握りこぶしを両手でつつんだ。おつうが、ぐっと額をおし当ててきた。
「わたしはここにいてもいいのでしょうか?」
「もちろんだよ」
「年月を考えると、わたしの知る人たちは……もういない、と考えられます。きっと……お父さんも……」
父親!
たしかに生きてはいないかも……けれど、痕跡をたどることはできるんじゃないか?
俺はポケットからVグラスを装着した。
「調べてみるよ! お父さんの名前は?」
「イアン・ギネス、といいます。ニンジャコーポレーションの生体開発室主任でした」
聞いてすぐに検索をかけた。おつうが出発したのは『73年前』。シティが独立し、過去を抹消した『70年前』より古い。けれど、イアン・ギネスという人物が独立後も生きていたなら、地位を持ちつづけていたなら何かわかるはずだ。
画面に検索結果が出た……何ページにもわたって続いている。
「……すごいぞ、たくさんヒットしてる! これならすぐに――」
「ご主人」
ふいにミナシノが耳もとでささやいた。
「ギネス博士のフルネームだよ、それ」
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