第26話 市長のおかしな言葉
「うーん……」
2回目のシティ入り。精神的にゆとりがあるせいか、まわりの景色がよく見えてくる。これだけ規則正しい銀と緑の街なのに高層ビルがないのはふしぎな感じだ。これだけでぜんぜん未来の都市って感じがしない。もうひとつ、道が空きすぎている。人も車もだ。混雑や渋滞とは無縁なんだとおもえば……いや、それにしても。
「なんか、さびしいな……」
上空で監視しているドローンのほうが多いんじゃないか?
アグリーメントルームのある建物についた。窓も看板もない小さなビルだった。無人のエントランスを抜けるとエレベーターがあった。乗れといわんばかりにドアが開きっぱなしになっている。アノヨロシがぽちっとボタンを押した。
「1階と2階しかないみたいですね」
シンプル。ただその一言だ。ビジネスの世界では重要な施設のはずなのにまるで囚人部屋のようだとも思える。
「契約内容をチェックするためにあえてこんな作りなのかな?」
「なにかあったら守るからね、ご主人」
「頼りにしてる」
俺たちのふところには拳銃があった。とくにミナシノのやつは大型で強力なやつだ。平和局の警備でさえ、ニューリアン購入会でのテロを防げなかった。平和局を過信するわけにはいかないんだ。
チーン、という聞きなれた音とともにエレベーターが止まった。ゆっくり扉が開くと、そこは真っ黒な壁の部屋だった。
「誰もいない……」
机もイスもなく、中央にホログラム映写機が置かれているだけ。こんなところで契約を……?
機械音がしたので天井をみあげると、たくさんの監視カメラらしきものがコウモリの群れのようにぶらさがっていた。
「これは……!」
「すごくこわいです……」
『どうもお待たせしましたミスター・セイジ。サムライエンターテイメントの者です』
「うおっ!?」
ホログラムに初老の男の胸像がうつしだされた。さらにもうひとり金髪のミドルな男……顔に見覚えがある。
『どちらもそろったようですな。では、平和条令第89条にもとづき、このジョージ・カーシュナーが立ち会います』
「よ、よろしくお願いします……」
市長だった。ホログラムでみるのは購入会以来になる。
まてよ?
ニュースではテロによって会場の市民は全員死亡と書かれていた。ならば、彼は現場にいなかったことになる。ホログラムを通じてあいさつしただけで、実際はほかの場所にいたのだろうか。
「……例のテロ事件はとてもいたましい事件でした。市長が演説していたと『聞いて』います。あの場にいたんですか?」
市長がとても残念そうな顔で首をふる。
『いいえ、市長室から映像通信をつかっていましたので。それにしても、あれはシティの歴史にのこる事件でした。犯人をすべて処分できた点のみが救いでしょう』
処分。つまり殺されたってことか。
『毒ガスを使った攻撃など、とうてい許されるものではありません。私はもどかしかった! 人々が言葉もなく倒れていくさまを見ていることしかできなかったのですから!』
「? えっと……みんな、あっという間に亡くなったんですか?」
『はい、本当に恐ろしい光景でした。今後は化学物質の取引に厳しい制限をつけなければなりますまい』
(その答えはおかしいよ、市長)
うしろを振り返り、アノヨロシとミナシノに目をやった。わずかにうなずくふたり。俺と同じ違和感をおぼえたようだ。ただ、今は触れないでおこう。
『さてミスター、契約内容を確認してくださいますか?』
とつぜんサムライエンターテイメントの人がしゃべりだし、目のまえに契約書の立体映像があらわれた。さわると本物の紙のようにめくることができる。
契約書に目を落とす。アノヨロシとミナシノにも手伝ってもらい、メールでやりとりしたものと変わりないことを確認した。あとはサインをするだけなんだけど……。
「問題ありません。サインをしたいのですがペンは?」
『指で書いてくれればけっこうです。こちらもそうしますので』
ホログラムである契約書、さわるだけでなく書くこともできるのか。仕組みはわからないけどすごい技術だ。セリザワ・セイジと署名する。記入欄のよこに向こうのサインもはいった。まるでハンコを押したようにポンと、一瞬で。
「……ありがとうございます」
『こちらこそ。必ず成功しますよ、ご期待ください。配役や脚本について情報を共有しますので、都度アドバイスでもいただけたら幸いです』
***
無事に契約をむすんだ俺たちは、ようやく違和感について話しあうことができた。
「ニューリアン購入会のテロのことだけどさ……銃声と悲鳴、聞こえたよな?」
「もちろんです。そもそも聞こえたから逃げたんじゃないですか、私たち」
「だよね……じゃあ市長はどうしてあんなことを言ったんだろう?」
ひとつひとつ考えていこう。
「市長は通信をとちゅうで切っていた。毒ガス以外を見ていなかったっていうのはどうだろう?」
「それだと『一部始終がこの目に焼きついています』っていうのはウソになりますね。出まかせ市長です!」
「全てを見ていたけど、あえて伏せている説は? 犯人しか知らない情報を隠しておくっていうのは捜査でよくあることだよ」
「ご主人。伏せる意味ってあるのかな。犯人を全部殺したのなら、やらなくていいと思う」
「本当に『全部殺した』なら……そうだね」
「まだいるってこと?」
「わからない。ふたりに言うのもなんだけど、ニューリアン反対派はけっこういる。もし本当に犯行グループを全滅させても、あくまで『実行犯』がいなくなっただけじゃないかな」
「また事件が起きるかもしれないってことですか!?」
「……俺は可能性ありだと思ってる。どちらにしても、市長はウソをついてる。要注意だ」
実を言うと、もうひとつ違和感がある。サムライエンターテイメントがいきなり契約の話にもどしたことだ。管理のきびしいシティのなかで、市長の話の腰を折るようなことをして失礼じゃないんだろうか。癒着しているから、で片づけるには引っかかるものがあった。
「なんか……変だなぁ……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます