第18話 初夜(2回目)

 ミナシノがイスに腰かける。しばらく沈黙が続いたあと、彼女は言った。


「会ったときに聞きそびれたんだけど……アタシに126億もかけたのは……どうして?」

「落札価格、知ってたんだ」

「公開情報だから。本当にびっくりしたの。歴代最高額なんて……2位のニューリアンが66億、かけ離れた金額でしょ?」



 ひざを抱え、首をかしげながら見つめてくるミナシノ。アノヨロシと同じ、金色の瞳がきらめいていた。


「理由が思いつかなくて。よかったら……教えて?」

「アノヨロシに頼まれたからだよ」


 彼女の口がぽかんとひらいた。普段はクールだけど、こういう表情だと年相応に見えるな……。



「……それだけ?」

 うん、とうなずいた。

「『同じ企業に買ってもらえたらいいね』って話してたんだって? それが叶ったらいいなと思ってさ」

「うーん……アタシの総合スコアは普通だし……40億くらいあれば、ほぼいけたと思うけど……」


「『ほぼ』ね。アノヨロシも同じこと言ってた。でも、俺は100%指名するために、1位を勝ちとりたかったんだ。歴代最高額なら、確実でしょ?」

「わずかな可能性のためだけに、何倍ものお金をかけたんだ……キミはすごい人なんだね」


「ど、どうも」

 こんなきれいな子にほめられると悪い気はしない。顔が熱くなるのを感じながら、せめてもの照れ隠しに前髪をいじった。




 ふいにミナシノがイスを動かし、距離をつめてきた。ちょ、近い……!


「もうひとつ話をしたいな。っていうか、こっちが本題。いい……?」


 俺はドキドキしながらうなずく。


「あのとき、アタシは敵を撃った。キミは自分がやったことみたいに気にしてる?」

「えっ……なんでわかる?」

「アーノから聞いた」

「あいつめ……」


 けっこう俺のことをわかってるじゃないか……。嬉しいけど。



「気になってるよ。でも身を守るために仕方がなかったって理解してるし、ミナシノには感謝してる……遅くなっちゃったけど、助けてくれてありがとう」

「……! お礼を言われるのは予想外……」


 ミナシノは体をゆらしながら考えを巡らせているようだ。数秒の沈黙のあと、口をひらいた。


「えっと……これもアーノが言ってたんだけど、キミはニューリアンを人間と同じように扱ってくれるって。アタシのことも?」

「もちろん」



「なら、アタシが『自分の意思で敵を撃った』……って考えるのはどうかな? そうすればなくせると思う、キミが落ちこむ理由」

「……!?」

「威嚇射撃とか、タイヤを狙ってもよかった。でも炎上爆発させた……アタシが考えた方法で、キミを守った。勝手に、ね」

「そんなこと……」

「キミは悪くない。アタシが背負う……人を撃つ罪は、全部」



 俺に反対させないためか、詰め寄るような話し方だった。大きな胸に手をあて、真剣なまなざしを向けている。吸い込まれそうになった瞬間、彼女はほほえみながら言った。


「キミを支えさせて」


 それはあまりにも美しくて、儚くて、切実な願いのように思えた。



 だからこそ――。


「……ダメだよ」

 俺は首をふった。彼女は強く賢い、けれど……その覚悟はあまりにも寂しい。夜空の下に咲く赤い花を、枯らせたくなかった。

 必要なのは勇気と覚悟だ。ミナシノが教えてくれた。沈んだ心をすくって、火をともしてもらった。



「ひとりで背負わせない」

「でも、キミは……」

「俺たちを守ってくれた!」


 彼女の反論をさえぎるように言いきった。息を整え、ゆっくりと話しはじめる。


「ミナシノが撃ったのは俺たちのためだ。一発でしとめたのも、俺たちがやられる前に終わらせたかったからだろ?」

「……うん」


「そんなに思いやってくれる人をひとりにしたくない。つらいことは分けあって、うれしいことは一緒によろこぼうよ」


「……『人』、か……」


 彼女がぽつりとつぶやき、金色の瞳がゆれた。そのとき――!




「私もいますよ!」


 アノヨロシがあいだに飛びこみ、俺とミナシノの首に腕をまわしてきた。


「アーノ、もしかして……聞いてた?」

「うん。『2位のニューリアンが66億』ってあたりから」

「ほとんどじゃん!?」


「オーナーとミーナが真剣に話してたから、邪魔しちゃいけないと思いまして。でもそろそろいいかなと!」


 アノヨロシが肩に頭をすりつけてくる。やわらかい髪がくすぐったい。ちょっとやばい……ミナシノの顔がすぐ近くにあるし!


「こ、こここ……これからは3人で、力をあわせてがんばろう!」



 ありきたりな言葉が夜のテラスにこだました。



***


 その夜。ベッドにて。



「ね、ミーナ。オーナーのことどう思う?」

「言葉にするのは難しいな……こんな人間がいるなんて、いまでも信じられないくらい」

「所有者だから、なんて関係ないよね。私はずっとオーナーと一緒にいたいなぁ……もういいよって言われても勝手についていくつもり」

「いいね。アタシもそうしようかな……あっ、そういえばアーノの言ったとおりになったよ」

「同じところで働きたいって話?」

「ううん、ここを案内してくれたときの話。『ミーナもきっとあの人を好きになる』って」

「そっかあ……嬉しいなぁ~」





 ああ、寝るまえの秘密のお話ってやつなのかな……女の子ってかんじでいいものだな……内容は恥ずかしいってレベルを軽く超えるけど。

 うれしいことは一緒にって言ったよ、たしかに言いましたよ。だからって3人ならんで『川の字』に寝るってさ……挟まれたこっちは大変なの、理性が。うかつに動けないし、さっさと寝たフリをしたら、ああ……なんて話をするんだよ!


 眠れ、眠るんだセイジ! 煩悩をしずめたもうことなかれ、いやしずめろよ!



(ひつじが6匹、ひつじが1匹、ひつじが9匹、ひつじが6匹、羊が4匹……!)


 こうして地獄のような天国の夜はふけていった。

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