大文字伝子の休日15

クライングフリーマン

大文字伝子の休日15

午前10時。伝子のマンション。「遅刻?どれくらい?」

「2時間・・・1時間半くらいかな?」「5時って言わなかったか?」

「言い辛くて。」「あ。お義母さんだ。なかなか帰ろうしなかったから。」「金森と一緒に帰るからって言えば良かったんだよ、なぎさ。何やってんの。」と伝子は怒った。

「でも・・・でも、待っててくれました。孝さん。一ノ瀬孝さん、って言うんですけど。」「待っててくれたから、決めたの?お婿さんに。」と高遠が尋ねると、「うん。」

なぎさは、ずっと下を向いてはにかんでいる。

「昨日、何も言わなかったじゃない、なぎさ。ひょっとしたら、闘っている時も、彼のこと考えていた?」「ううん。でも、おねえさまに三節棍渡した後、自分も物陰で着替えて、彼の言葉を思い出してジンときちゃった。」となぎさは言った。

「ジンときちゃった、って今言った?」と依田は福本に尋ねた。「言った。」と福本と祥子が口々に言った。

「彼の言葉って何?」と栞が尋ねると、「僕は待っています。今だけじゃない。待っています。陸将の姪御さんだから、掃いて捨てる程花婿候補があるかも知れないけれど、あなたを待つことは誰にも負けません。EITOの特殊任務で帰りが遅くなることもあるでしょう。でも、家庭人になるということは、配偶者、いや、パートナーの帰りが遅いと思っていたら信頼関係は築けない、と思うんです。お友達からで構いません。いつか破談になっても構いません。良い返事を待っています。」って言われました。

「男はみんな、そう言ってエビで鯛を釣るんだよな。」と物部がぽつんと言った。

「一佐は、一目惚れしたんだよね。」と高遠が優しく言うと、「うん。そうなの。」と言った。

昨日、妙に明るいなと感じたのは、このことだったのか、と高遠は思った。

「おねえさまは、反対?」「反対?もう決めてんだろ?」

「こんな、軟弱ななぎさ、見たこと無い。」とあつこが呆れて言った。

「とにかく、おめでとう。」と慶子が言うと、皆口々に言った。

「あ、高遠さん。ファイルファイル、写真写真。」と蘭が言うので、高遠は、先日なぎさが置いて行ったクリアファイルブックを取り出し、なぎさに渡した。

なぎさは、しばらくページを繰っていたが、「この人よ。」と取り出した。

高遠はその写真をクリアファイルに移し、クリアファイルブックは台所に持って行った。皆はクリアファイルを回し見した。

「イケメンねえ。私、早まったわ。」と慶子が言うと、「勘弁してよ。」と依田が嘆いた。

EITO用のPCが起動した。理事官が画面に出た。

「諸君。いい報せと悪い報せ、どっちの報せが先の方がいい?」

「いい報せ。当然のこと聞かないでくださいよ。」と伝子が代表して応えた。

「じゃ、いい報せ。今、本人からお見合いのことが話に出たと思うが、橘なぎさ一佐と一ノ瀬孝一佐の婚約が成立した。一ノ瀬一佐は海自所属で、仁礼海将の甥御さんに当たる。一佐、おめでとう。本人の希望もあって、一佐は結婚退職をしない。但し、出産休暇は取る。そこで、悪い報せだが、右門はEITOに出向する前に入れ替わった偽者だった。馬越とは面識が無かったので、ばれにくかった。また、その偽者、片山真由子は、一時期空自にいたが、すぐに除隊したので、誰も知らなかった。阿寒国で整形手術をしたそうだ。」

「金森のソックリさん、のパターンですね。」と伝子は言った。

「そうだ。本物は、入れ替わった後に殺されている。」皆、眉をひそめた。

「片山の親はがんだった。そして、コロニーで亡くなった。二親ともだ。今、『死の商人』のキーワードについて尋問中だ。あまり期待は出来ないがな。」

「理事官。なぎさの婚約者、身持ちは?大丈夫なんですか?」「可愛い妹分が心配なんだね。大丈夫だ。奇跡的にね。ああ、もう一つ悪い報せがあった。田坂はやはり退役、除隊するそうだ。残念だ。以上だ。」

PCの画面は消えた。

「悪い報せは忘れよう。ヨーダ。ピザの出前だ。後から来る連中の分もな。」

「何人です?」「結城警部、新町、馬越、大町、あ、早乙女さんも来る。5人だな。」「了解。」

午前11時半。その5人がやって来た。

「アンバサダー。どんな任務でしょうか?」と結城が言った。

「任務じゃ無い。単なる慰労会で集めたが、方針変更。橘なぎさ一佐の婚約成立祝いだ。」と、伝子が言うと、皆拍手をした。

ピザが届き、ジュース、コーラ、コーヒー、紅茶、お茶が配られた。

「アンバサダー。前から不思議に思っていたのですが、メンバーにタバコ吸う人もアルコール飲む人もいないようですが、何か規約が?」と結城は言った。

「違いますよ、警部。ただの偶然。もし、そういう人が現れても反対はしませんよ。警部は、実は、やるの?」「いえいえ。スモーカーは嫌いだし、アルコールは下戸だし。」

「孝さんは、アルコールは、飲むらしいです。」「孝さん、だって。もう、アツアツ。」と、依田はなぎさをからかった。

「おねえさま。揶揄われてしまいました。」「お前は甘えた声も出せるようになったんだな。」「おねえさまの意地悪。」

「おねえさまの意地悪、だって。」と依田が言うと、「おねえさま。依田君は減点1?」と、あつこは伝子に尋ねた。「減点2だな。お仕置き部屋まで、後3点だ。」

その時、大きな衝突音が聞こえた。玄関に一番近い結城が「アンバサダー。ちょっと、見てきます。新町、来い。」

結城と新町が表に出てみると、駐車場のブロック塀にバイクがぶつかっていた。

結城は警察手帳を見せ、「あんたのバイク?」と青年に尋ねた。

「はい。スマホ見てたら、つい見逃して。」「物損事故か。お前は先に帰っていろ。」と結城はあかりに言い、丸髷署に電話をした。「結城です。物損事故です。交通課出動願います。場所は・・・。」

結城は場所を言えなかった。青年が結城にスパナで殴ったからだった。

伝子のマンション。「そうか。結城警部は?」と、報告に帰ったあかりに尋ねた。

「多分、署に電話をかけていると思います。」

伝子のスマホに、愛宕から電話があった。「先輩。物損事故。先輩のマンションの近くですか?結城警部との会話が連絡の途中で切れたって言うんですが。今、そちらに向かっています。」

「あかり、案内しろ。」と言うが早いか、伝子はもう跳びだしていた。他の連中も、高遠以外は跳びだした。

高遠はEITO用のPCを起動させ、草薙に連絡した。

現場は、ブロック塀が壊されていたが、バイクもバイクの運転手も、そして、結城警部も見当たらなかった。

愛宕が青山警部補と到着した。事故処理班も到着した。

「愛宕。誘拐事件になった。」と、伝子は言って、その場にしゃがんでしまった。

伝子のマンション。「私が・・・私が戻らなければ警部は・・・。」

泣きじゃくるあかりに、みちるが「あんたが悪いんじゃ無い。悪いのは、犯人。忘れちゃダメだよ。」と、慰めていた。

入って来た愛宕と青山警部補に、あつこは「慰留品は?」と尋ねると、「ないですね。」と青山警部補が応えた。

愛宕は、「先輩を狙ったんでしょうか?」と伝子に尋ねた。

「いや、私だけじゃない。この中の誰でも良かったんだ。あそこまで出てきた人間が大勢で無ければ良かった。」

「位置情報は?」と画面の草薙に伝子は尋ねた。「そこのエリアから、どんどん離れていきます。バイクで移動かな?DDバッジ押す余裕なかったんでしょうね。」

「パーティーの途中だが、DDは散会。単独行動は取るな。なぎさ、デレデレしている暇はないぞ。車を用意してくれ。あつこは久保田管理官の元に行って、指示を仰げ。」

全員、総立ちになった。

午後2時。誘拐犯のアジト。

結城は目を覚ました。一瞬で理解した。後頭部を殴られた自分が捕らわれの身であることを。パイプ椅子に座らされ、後ろ手に縛られていた。

目の前に、1組の男女が立っていた。彼らの後ろには、パイプ椅子があり、持ち物が並べられていた。

「警部さん。結城警部さん、か。警部って偉いのか?」と男が尋ねた。あのバイクの青年か。

「車のブレーキに細工するのは、偉いのか?」と、結城はカマをかけてみた。

女は、いきなり結城の頬をぶった。「お黙り!」

「私からは身代金は取れないぞ。家族がいないからな。」と結城は笑った。

結城は確信していた。伝子の車に細工したのは、こいつらだ。そして、命令した奴らがいる筈だ。

「ラスボスには、いつ会えるのかな?」「ラスボス?面白いことを言うなあ。」男の方が反応した。やはり、こいつらは下っ端だ。

「お前らのラスボスが大文字伝子か。警察が変な組織作っているって言うが、宗教関係か?このバッジ。何だ?DDって書いてある。何の意味だ?」

「大文字ダイナマイトだ。女王様の大文字伝子に忠誠を誓ったら貰える、会員証だ。」

「会員証?お前らやっぱり宗教団体だったのか。」詰まり、DDのことはある程度知っていても、EITOのことは知らない訳だ。

「大事な物か?」「勿論だ。触るな。傷をつけるな。」

「こんなもの!」二人の会話を聞いていた女は、DDバッジを投げつけ、踏みつけた。

「何をする。折角女王様に頂いたのに。」と結城は調子に乗って嘘を通した。

これで、スイッチが入った。ピンポイントでEITOは現在地を割り出すだろう。

もう一人、女が現れた。

「1億用意しろ、と言ったら、明日は日曜だから、銀行に行けない。月曜まで待ってくれ、と言ったぞ。」「誰が?」と、思わず結城は聞き返した。

「大文字伝子だ。」「女王様は私ごときに身代金なんて払わない。ましてや会員証を壊されたら、見捨てられる。」

3番目のこいつは『死の商人』じゃない、と結城は思った。

「お前。変な笛持っているな。」と、男は長波ホイッスルを弄り始めた。「あ。それを吹いちゃダメだ!!」と結城は必死に言った。

男は面白がって、吹いた。二度。三度。

突然、犬が入って来た。長波ホイッスルは、エマージェンシーガールズのイヤリングに危険信号を知らせるものである。しかし、数回吹くと、『犬笛』になる。

福本が飼っている、元警察犬のサチコは犬笛を察知した。サチコが吠えて怯んだところで、警官隊が入って来た。

忽ち3人は逮捕され、連行された。エマージェンシーガールズが入って来た。

「私たち、着替える必要無かったわね。」となぎさが言い、「サチコだけで良かったか。」と、あつこは言った。

ロープを解かれた結城は、あつこに言った。「警視。あいつらは単なる空き巣でしょう。ここ多分廃墟になった、お寺だわ。『死の商人』に雇われたのかも知れないけど、集団組織じゃ無かった。ただ、アンバサダーの車に細工したことだけは聞き出せました。」

午後4時。伝子のマンション。伝子が、あつこからの報告をスマホで受けていた。

「分かった。女王様?私がか?警部のアドリブの発想は凄いな。」と言って、電話を切った。

「伝子さん。自動車、明日届くけど、どうする?」と高遠が言うと、「勿論、ドライブだ。」と、伝子は答えた。

「やっぱり、女王様だ。今度ティアラ買わなくちゃ。ワンダーウーマンじゃないやつ。」と、高遠は呟いた。

―完―

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