第3話 ぼろぼろの事務所

「なぁ、相棒。やっぱ騙されてんじゃ――」


「ちょっ! シー……!!」


 背後にあるボロボロのドア。


 日に焼けた古いエアコン。


 ガムテープで止められた窓ガラス。


 事務所だと言われたアパートの玄関先で、私は大黒の口を塞いでいた。


六道ろくどうさん。そちらの座布団に座って頂けますか?」


「はっ、はい!」


 よかった。社長さんには聞こえていなかったみたい。


 微笑みを浮かべた社長さんが、ちゃぶ台の前にある座布団を勧めてくれている。


 改めて周囲を見渡したけど、大黒の気持ちは痛いほどわかる。


――どこを見ても、陰陽師の職場じゃないんだよね。


 陰陽師といえば吉凶禍福きっきょうかふくの専門家で、医師や弁護士と並ぶ国家資格の持ち主。


 玄関には受付の人がいて、高級ソファーと派手な絵、観葉植物が華やかに置いてあるイメージだ。


 控えめに言って、ここは真逆かな?


「なあなあ、絶対にやばいと思うぜ? 激狭な部屋に、ちゃぶ台とパソコン1個はダメだろ」


 耳元で大黒が囁いてるけど、私も世間とのズレを感じている。


 だけど、亀裂が入った木の柱には、2級陰陽師事務所の証明書が飾ってあった。


 落ちこぼれの私でも分かるほど強い霊力が宿っている。


 間違いなく本物。


 見た目はどうあれ、ここが2級事務所なのは間違いない。


「相棒の価値に気付いたセンスは評価するけどよ。あいつ、絶対貧乏だぜ?」


 2級の事務所の社長さんが貧乏? それはないと思うよ?


 そう言いたいけど、事務所がこれだからね。


 絶対ないとも言い切れない。


 置いてあるパソコンも、古い物に見えるし……。


 そう思っていると、私たちが入ってきたドアの向こうから声がした。


「あれ? カギ、あいてる?」


 ガチャガチャとドアノブが回り、ドアが開く。


 差し込む日差しの奥に見えたのは、私より少しだけ年上の男の人。


 不思議そうな顔をした後で、お湯を沸かしている社長に目を向けた。


「社長、お客さんっすか? ……ん? 霊力持ち?」


 そう言う彼の体からも、霊力を感じる。


 十中八九、事務所の先輩だ!


 丁寧に挨拶しないと!


「本日よりお世話になります、六道ろくどう 魅零みれいです! よろしくお願いします!」


 慌てて立ち上がり、頭を深く下げる。


 腰は90度。背中は水平。


 言葉を返して貰えるまで、このままキープが基本。


 そう思っていると、先輩の溜息が聞こえた。


「卒業試験の時期……。社長宛に、招待状が届いてたな……」


 まさかとは思ってたけど、普通やらねぇだろ。


 そんな言葉と共に、もう一度深い溜め息が聞こえる。


「確認のために聞くんだけど、新人さんであってる?」


「はい! 多神たがみ社長のご厚意で、本日、陰陽師学校を卒業させて頂きました!」


「……やっぱそうだよな」


 はぁー、と本日3回目の溜め息が聞こえた。


 どうにも、歓迎されてないみたい。


「社長の監視を忘れるとか、マジでうかつだった……」


 頭をガリガリ掻いた先輩が、湯呑みを用意している社長に視線を向ける。


 その目には、呆れと諦めの感情が透けて見えた。


「社長。一応、聞きます。育てる時間がないの、わかってるんすよね?」



「……え?」


 時間がない? それってどういうこと?


 不安が押し寄せる私を尻目に、社長が首を傾げる。


「心配には及びませんよ? 彼女は即戦力ですから」



「「ーーえ?」」


 思わず漏れた声が、先輩のものと重なった。


 即戦力? 私が?


 卒業試験で見た通り、落ちこぼれですよ!?


 そんな事を思う私をよそに、社長はコンロの上にある戸棚に手を伸ばした。


 空っぽの棚を眺めて、不思議そうに腕を組む。


「茶葉を買う資金もない事を忘れていました」


「「……」」


 そうして何事もなかったかのように戸棚を閉じた。


 軽くネクタイを整えた社長が、私たちの前に戻ってくる。


 お茶を用意すると言っていたはずなのに、湯呑みすら持ってない。


「すみません。歓迎のお茶会は、またの機会と言うことで」


 社長はそのまま私と先輩の隣を通り過ぎて、ボロボロのドアを勢い良く開けた。



「それでは、六道さんの力を世間に見せに行きましょうか」



「……ぇ?」


 状況が掴めないまま、社長が外に出て行く。


 これって付いて行った方がいいのかな?


 そう思うけど、突然すぎて体が動かない。


「なあ、相棒。やっぱりヤバいんじゃねぇか?」


 耳元で囁く大黒の言葉も、今度ばかりは否定出来そうになかった。


 そんな私たちの隣でハッと顔を上げた先輩が、社長の背中を追いかける。


「いやいや、社長! 社員登録すらまだっすから! 事情説明と意思の確認が先っすよ!」


「おや? それもそうですね。では、彼女の素晴らしい才能を確かめながら待つとしますか」


 廊下から聞こえてくる声に、頼もしく見えた社長のイメージが崩れていく。


 だけどそれ以上に、


――才能を確かめる。


 私の脳内は、その言葉で埋め尽くされていた。

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