ヘタレたラブメッセージは魔法の痕跡、案の定通じてないわ

アソビのココロ

第1話

 ――――――――――大池にて。ミルキー視点。


 魔術学校裏の大池で、掴んだ石を思い切り投げた。

 綺麗な放物線を描いてぽちゃんと着水する。

 むしゃくしゃしていた気分がちょっとスッとした。


「さて、帰ろうかな」


 今回の定期テストもあいつに負けた。

 何連敗だ? 好き。


 ただでさえできるやつなのに、精霊獣まで味方にしているのだ。

 精霊獣を使い魔として肩に乗せているなんて、よほどの大魔道士しかいないのに。

 学生の分際でそのレベルにいるのはズルいではないか。好き。

 おまけに背が高くて眼差しがクールなのだ。好き。


 私はあの類まれな素質を持つ魔術学校生、エドウィン・ギネスに勝ちたい。

 一番になりたい。

 二位じゃダメなんですかって?

 ダメに決まってるでしょ。

 インパクトが違うもん。

 もう一度一位を取って私の存在感を見せつけ、告白したいのだ。


「勉強するかな」


 女子寮に帰ろう。


          ◇


 ――――――――――その時。エドウィン視点。


「ねえエド、こんなストーカーみたいなことやめたら?」

「ストーカー言うな」

「変質者みたいなことやめたら?」

「ぐっ……」


 どうして僕の相棒はこう口が減らないのだろう?

 精霊獣は皆遠慮のないものだとは聞いたけど。


「はあ、ケーシーは見た目は可愛いのになあ」

「性格も可愛いって? 照れる」


 一見緑のフクロウみたいな僕の相棒ケーシーは精霊獣だ。

 精霊獣は強い魔力を持つ幻獣で、魔術師に従うと大きな力を貸してくれる。


「今の石投げてた娘のこと、好きなんでしょ?」

「……気になってはいる」

「はあ、素直じゃないんだから」


 大池に石を投げていたミルキー・ニッシュが女子寮に戻ったのを確認し、僕も男子寮に戻る。


「どこが気になるのよ?」

「二度負けてる」

「テストで? でも大体はエドが勝ってるじゃないか」

「それは……」


 実技で精霊獣ケーシーが従者である補正が入るからだ。

 何となく言うのが癪で声を落としてしまったが。


「ミーがいなかったら負けてたかもって?」

「わかってるんじゃないか」

「ミーが力を貸すのは、エドに実力があるからだぞ?」

「そんなことはわかってるよ」


 僕に魔術の実力があることは知ってる。

 思い上がっていたことも。


 魔術学校入学後、初めてのテストで負けた時は何が起きたかと思った。

 当然僕の名があるべき掲示板のトップに記されていたのはミルキー・ニッシュ、あのクリーム色の髪に似合わぬ勝気な目をした少女の名だったからだ。


「まあでも相手が老練の魔道士ならともかく、魔術学校の生徒ごときが、精霊獣持ちに戦闘シミュレーションで勝つって割と考えられない」

「だろう?」


 あれも衝撃だった。

 火力に圧倒的な差があるはずなのに、消費アイテムや魔道具を極めて効果的に使われた。

 魔力でのゴリ押しばかりじゃダメだと思い知らされた一件でもある。


「でも最近はずっと勝ってるんだろ?」

「総合ではね。薬草学魔道具学魔法文法では一度も勝ったことがない」

「え? 薬草学と魔道具学はともかく、文法でエドが勝てないっておかしくない?」


 精霊獣持ちの僕より魔法への理解度が深いってことだ。

 相当おかしい。


「ふーん、ミーが考えてたよりもあの子すごいんだ」

「そうだ。負けられない」

「で、あの娘のこと、好きなんでしょ?」

「……」

「ユー、認めちゃいなよ」

「……よくわからないんだ。話してみたいのは確かだな」

「話せばいいじゃん」

「恥ずかしくて」

「このトゥーシャイシャイボーイめ」


 何とでも言え。

 とにかく話すきっかけを作りたいんだ。


「それであの変態チックな作戦を思い付いたわけ?」

「変態チック言うな」

「まあいいよ。協力はする」

「ありがとう」

「スイーツビュッフェに行きたいなー」

「ミルキーもスイーツが好きみたいなんだ。誘って一緒に行ければいいなと思っている」

「ストレートに誘った方がよくない?」


 だからきっかけが欲しいんだというのに。


「細かい打ち合わせしようか」

「オーケー」


          ◇


 ――――――――――図書館にて。ミルキー視点。


 何の罠だ?

 図書室の、私がよく座る窓際の席の机に大きく落書きがしてある。

 司書さんに指摘してやろうかと思ったけど、面倒なことになっても嫌だ。

 放っとこ。


 三冊の本を抱えて机へ。

 誰も気付かなかったのかしらん?

 落書きはまだそのままだし、騒ぎにもなっていない。

 ちょっと離れた席に座る。


「よっ、ミルキー」

「司書さんに睨まれるわよ? 声落としなさいよ」


 親友のアビーだ。

 ヒソヒソ声で話す。


「あなたは勉強が好きねえ」

「そういうわけじゃないんだけど」

「どういうわけよ?」

「知ってるでしょ? 負けたくないの」

「エドウィン・ギネス?」


 黙って頷く。

 私がテストで勝てないのはエドウィンだけだから。


「何で拘るの? エドウィン・ギネスって精霊獣持ちでしょ? 将来魔法史に名を残すような人なのよ?」

「そうね」

「対抗できてるミルキーがおかしいのよ。事実、まだ二年生なのにミルキーのところには魔道具工房や研究所からスカウトが来てるじゃない」

「ありがたいことだわ」

「答えになってないんだけど」

「そんなこと言われても。二番じゃなくて一番のがいいとしか」

「わからなくはないけど」


 何かに気付いたような目になるアビー。


「……エドウィンって格好いいわよね」

「そうなの!」

「コホン」


 ごめんなさい。

 司書さんに目礼する。


「何々? 一番が取れたら恋がかなうとかいう願掛け?」

「いや、今度一位になったら告白しようかと思って」


 口を手で押さえてるけど、アビーのキャーって声が聞こえる気がする謎。


「ミルキーって思ったより乙女だわ」

「今までどう思ってたのよ?」

「負けず嫌いの男前?」

「誰が男前だ」


 まったくアビーったら。

 私のこと男前だなんて。

 ふふん、あれ?


「どうしたの、ミルキー。男前呼ばわりが気に入らなかった?」

「いや、男前は気に入ったけれども」

「じゃあ何?」

「そこの机汚れてなかったっけ? だから私ここに座ってるんだけど」

「え? 気付かなかったわね。光線の加減じゃない?」


 光線の加減?

 いや、あんなにハッキリ……。

 あっ、多分魔法の痕跡だ。

 だから時間で消えたんだ。


 魔法の痕跡は魔力の波長が合うものには見えると聞いたことがある。

 でもこんなメモみたいな使い方ができるとは思わなかった。

 私がいつも座る席、私の魔力の波長を知っていて合わせられる技量を持つ者、それは……。


「うわ、キモっ!」

「ミルキー・ニッシュさん、お静かに」

「ご、ごめんなさい」

「急にどうしたの?」

「何でもないよ。そうそう、エインシエントソーサリーのイディオムであやふやなところあるのよね。調べないと」

「げー私古文苦手」


 げんなりしているアビーの横で思う。

 あの落書きだと思った魔法の痕跡は、おそらく私に向けたメッセージだ。

 しまったな、そうとわかっていればしっかり読んだのに。


 気付かないフリして無視してもいいが、それは男前な行動じゃないな。

 まあいいや。私向けならどうせもう一度同じことしてくるはず。


          ◇


 ――――――――――その時エドウィンは。


「マジでストーカーっぽいんだけど?」

「図書室では静かにな」


 本を探すフリをして、死角からミルキー・ニッシュをチェックしているところだが?


「あの子、気付いてないよ?」

「そんなはずは……」


 いや、魔法の痕跡に気付いてるからこそ席をいつもと違う場所にしたんだ。

 しかし読まれないとは計算外だったな。


「だから作戦が凝り過ぎだって」

「うるさいな」


 あれだけ成績のいい子だ。

 魔法の痕跡による伝言には食い付いてくると思ったが……。


「字が下手過ぎたんじゃないの?」

「ぐっ……」


 あり得る。

 でも魔法で字を書くなんて繊細なコントロールが必要なんだ。

 ミルキー・ニッシュくらいの技術があるならばうまく書けるだろうけど。

 だからこそすぐ興味を持つと確信していた。

 まずい字だったからスルーされた?


「誰か来たよ」

「アビー・ラウンカーか。ミルキーの友人だな」


 これでいよいよ興味を持ってもらえないな。

 そろそろ時間だ。

 魔法の痕跡も消えてしまう。

 失敗だったか。


「楽しそうだね」

「何を話しているんだろうなあ」

「混ざって来ればいいじゃん」

「できるか、そんなこと」


 さりげなく混ざるなんて高等技術が簡単にできるなら苦労はしないのだ。

 そんなこともわからないのかケーシーめ。


「ねえ、いつまでこんなことしてるの。帰ろうよ」

「そうだな。ん?」


 ミルキーが首をかしげている。

 魔法の痕跡による伝言が消えたことに気付いたようだ。


「お腹すいちゃった」

「黙ってろ」

「ドーナツが食べたい」

「後で買ってやるから」

「わあい!」


 気付かれるだろうが。

 声を落とせバカケーシー。

 どうやらミルキーは魔法の痕跡だとは考えていなくて、その可能性に今思い当たった?


 そうかも。

 僕だっていきなり魔法で字を書かれても見過ごしてしまうかもしれない。

 いいぞ、ならば次回もう一度……。


『うわ、キモっ!』

「!」


 面と向かって言われたら立ち直れないワードだぞ?

 何がキモいんだ?

 まさか魔法の痕跡文字がか?

 大ショックだ。

 で、でも興味は持ってもらえたんじゃないかな、うん。

 そそくさと撤退。


「ドーナツ買いにいこうか」

「エド大好き!」


 ため息が出てくる。

 その言葉ケーシーじゃなくて……。


          ◇


 ――――――――――魔術学校の廊下にて。ミルキー視点。


「エドウィン・ギネス君。ちょっといいかしら?」

「えっ?」

「ちょっと相談があるの」


 かの魔道の天才でイケメンのエドウィン・ギネスに話しかけてしまった。

 うはーい、静まれあたしの鼓動。


 彼ったら明らかに戸惑っているな。

 そりゃそうね、ほとんど接点がないもの。


「私はミルキー・ニッシュ」

「もちろん知っているよ。何度も戦闘シミュレーションしてるじゃないか」

「そうだったわね」

「それにそのふわふわの髪は印象的だし」


 褒められたのはただの髪の毛だ!

 赤くなるな私!


「相談って何?」

「あ、うん。図書室で私のよく座る席に、魔法の痕跡で私宛のメモが残されていたことが二度ほどあって」

「……」


 何か考えてるっぽい。

 その手があったかとでも思ってるのかな?


「私にしか読めないみたいなの。多分魔力の波長を合わせているんだと思うんだ」

「うん」

「今日の放課後に箒置き場の裏に来てくれって書いてあって。多分火魔法のスルト講師だと思うんだよね」

「えっ?」

「だって私の魔力の波長を知ってるとなると、先生の誰かでしょ? スルト最近私の就職先についてうるさいの。だから……」

「ごめん!」

「えっ?」

「そのメモ僕なんだ」

「そ、そうなの?」


 エドウィンが私に?

 何で? というかどうして私の魔力の波長知ってるの?


「精霊獣は魔力の違いに敏感だから」

「ミーにわからないことはないのさ」

「それで君の波長に合わせて書いてみたんだ。勘違いさせて申し訳ない」


 頭を下げるエドウィン。

 あれえ? どうしてこうなった?


「私の魔力に合わせるなんてことができるのね。さすがだわ」

「すまなかった」

「いえ、解決したならそれでいいのよ。でも何故私に?」

「……魔道の痕跡で字を書くという手法に興味があるかと思ったんだ。君は優秀な人だから」


 褒められた!

 今度は確実に!

 頑張ってきた甲斐があった!


「ありがとう。天才エドウィン・ギネスに褒められるなんて嬉しいわ」

「フルネームで呼ばれると先生に怒られる時みたいでビクッとするんだ。エドって呼んでくれよ」

「アハハ、わかったわ、エド」


 ひゃああああああ!

 愛称呼びの許可が出た。

 今日はいい日だなあ。


「お詫びにスイーツビュッフェ奢らせてくれないか?」

「嬉しいけど……いいの?」

「ミーが行きたいんだ。でも女の子の溜まり場だろう? エドだけじゃ恥ずかしいらしくてさ。ミルキーがいると助かるの」

「そういうことね。喜んで奢られるわ、精霊獣さん」

「ケーシーだよ」

「ケーシーね。覚えたわ」


 精霊獣って結構お喋りなのね。

 いや、各々で個性があるのかな?


「じゃあ放課後、箒置き場の裏で待ち合わせね」


          ◇


 ――――――――――その時。エドウィン視点。


「エドウィン・ギネス君。ちょっといいかしら?」

「えっ?」

「ちょっと相談があるの」


 ふわふわと揺らめくような髪の女生徒ミルキー・ニッシュ?

 廊下で話しかけられるのは予想外だ。

 図書館での魔法の痕跡が僕の仕業だと気付いたか、それとも疑っている段階だろうか。


「私はミルキー・ニッシュ」

「もちろん知っているよ。何度も戦闘シミュレーションしてるじゃないか」

「そうだったわね」

「それにそのふわふわの髪は印象的だし」


 あれ? ミルキーが赤くなってる。

 ケーシーもやるうって顔してるし。

 僕はそんな気の利いたことを言ったのだろうか?

 ただの本心なのだが。


「相談って何?」

「あ、うん。図書室で私のよく座る席に、魔法の痕跡で私宛のメモが残されていたことが二度ほどあって」

「……」


 ビンゴ、やはりそれか。

 でも随分遠回しな言い方だな。

 僕がやったと決めきれないからだろう。


「私にしか読めないみたいなの。多分魔力の波長を合わせているんだと思うんだ」

「うん」

「今日の放課後に箒置き場の裏に来てくれって書いてあって。多分火魔法のスルト講師だと思うんだよね」

「えっ?」


 予想外。

 どうしてそういう考えになった?


「だって私の魔力の波長を知ってるとなると、先生の誰かでしょ? スルト最近私の就職先についてうるさいの。だから……」


 そうか、講師陣を疑っていたから僕のところに相談に来たのか。

 誤解を解いて謝らないと。


「ごめん!」

「えっ?」

「そのメモ僕なんだ」

「そ、そうなの?」


 当惑してるミルキー。

 あっ、魔力の波長を知ってることが疑問なんだったか?


「精霊獣は魔力の違いに敏感だから」

「ミーにわからないことはないのさ」

「それで君の波長に合わせて書いてみたんだ。勘違いさせて申し訳ない」


 そうだ、僕にはケーシーがいるから魔力の波長を知るなんて朝飯前だが、一般的には簡単なことじゃない。

 ストーカー、変質者という単語が頭の中をぐるぐる巡る。

 思い付いた時は洒落た手法だと思ったんだが、完全に裏目に出た。


「私の魔力に合わせるなんてことができるのね。さすがだわ」

「すまなかった」

「いえ、解決したならそれでいいのよ。でも何故私に?」

「……魔道の痕跡で字を書くという手法に興味があるかと思ったんだ。君は優秀な人だから」


 日和った。

 今ミルキーと話したかったって言うチャンスだったろ、って顔をケーシーがしてるけどムリ。

 ヒットポイント尽きそうだもの。


「ありがとう。天才エドウィン・ギネスに褒められるなんて嬉しいわ」


 あれっ、皮肉じゃないよね?

 僕のカンは当てにならないけど、ミルキー機嫌良さそうだな?

 少し押してみる。


「フルネームで呼ばれると先生に怒られる時みたいでビクッとするんだ。エドって呼んでくれよ」

「アハハ、わかったわ、エド」


 通った!

 ひゃああああああ!

 愛称呼びだ。

 今日はいい日だなあ。


「お詫びにスイーツビュッフェ奢らせてくれないか?」

「嬉しいけど……いいの?」

「ミーが行きたいんだ。でも女の子の溜まり場だろう? エドだけじゃ恥ずかしいらしくてさ。ミルキーがいると助かるの」


 ナイスケーシー!

 さすが僕の相棒!


「そういうことね。喜んで奢られるわ、精霊獣さん」

「ケーシーだよ」

「ケーシーね。覚えたわ」


 無邪気な目で相棒ケーシーを見つめるミルキー。

 凜とした声に似合わぬ華奢な肩だ。

 抱きしめたくなる。

 ああ、やはり僕はこの人が好きなんだ。


「じゃあ放課後、箒置き場の裏で待ち合わせね」


 手を振りながら去って行くあの子の後ろ姿を見てた。


「ケーシー」

「何?」

「お前さりげなく『ミルキー』って呼び捨てにしてたな」

「ヘタレのエドには一生できないことだったかな?」

「一生って」

「冗談じゃなくてよ?」


 ジト目で見るな。

 僕だってやる時はやるのだ。

 放課後が楽しみだなあ。

 この幸せな思いが続きますように。

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