第13話 エロの使い魔 5/5

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 俺は机や椅子が詰め込まれている倉庫に入り、ドアを閉めた。

 ここなら誰かに聞かれる心配はないだろう。

 鍵をかけ、人心地つく。

 俺は少女を下ろし、正面から向き合った。

 そして――。


「お前、ソフィーだろ」

「いかにも! 妾、超復活じゃ!」


 ソフィー(幼)は薄っぺらい胸を張りながら答えた。

 魂の具象化空間とは全く違う姿だ。


「具象化空間での姿と随分違うみたいだけど」

「ああ、それは仕方があるまい。妾の肉体は、魔力によって伸び縮みするからのう。魔力を注ぎ込めば『ボン、キュ、ボン』になる。それにしても、妾は運が良い。肉体のことは諦めておったんじゃが、お主が妾の肉体を召喚してくれるとはのう。しかも奇麗な状態で。これは僥倖! マジラッキー!」

「ノリが軽い!?」

「じゃが、どういうことか不具合が起きているようじゃの。これはどういうことか、分かるか?」

「仮説はある」

「ほう、何じゃ?」

「お前の魂は、その身体の中に入っていないんだ」


 それを聞いたソフィーは、少しだけ表情を曇らせる。


「……ああ、そうなのか。てっきり、普通に動けているから、魂も肉体に戻ったものとばかり思っていたのじゃが」

「この身体はお前の身体なんだよな?」

「そうじゃ」

「おそらく、俺はお前の魂から供出された魔力を使って【召喚の儀】に臨んでしまった。だから、お前の魔力がお前自身の遺体を呼び寄せたのだろう」

「ふむ」

「元々、その魂とその肉体はセットだった。だから、俺の身体を通して、お前の魂と肉体が結びついたことで、肉体を動かせるようになったんだ。離れると倒れるのは、肉体を操作できる有効範囲から離れたからだ」

「……成程のう」


 ソフィーは腕組をしながら頷いた。

 どうやら、納得がいったらしい。


「だけど、不思議だ」

「何がじゃ?」

「その身体が綺麗すぎるんだ」

「うむ、知っとる。妾は超絶ウルトラ美女と呼ばれておる」

「いや、そういうことじゃなくて。お前の身体は、死体にしては綺麗すぎるんだ。特に病気や怪我をした感じもない。かといって、栄養失調があったわけでもなさそうだ。体に違和感はないか?」


 ソフィーは自分の身体を動かしながら観察した。

 そして、おもむろに自分の服を脱いだ。

 小さいながらも少しだけ膨らんでいる胸。

 全体的に凹凸の少ない幼い体つき。

 それらを躊躇うことなく俺の前に晒す。

 魂の具象化空間で現れた豊満な肉体よりも、ある意味やばい。

 社会的にやばい。

 人に見られたらアウトだ。


「ネクよ、何かおかしな点はないか?」

「羞恥心のなさ」

「貴様は今ネクロマンサーとして妾を見ているはずじゃ」

「……そんなことはない」


 俺はアンダーウッド家とは決別したのだ。

 ネクロマンサーとして観察をしたりはしない。


「え、マジで? それじゃあ、性的嗜好に基づいて見ておるのか? それはちょっと気持ち悪いのじゃが。今はロリモードじゃし」

「そうじゃない!」

「そのマジツッコミ、逆に怪しいのう……」


 少女は手で身体を隠しながら言った。

 実際、俺は女性の裸体を数多く見ていた。

 ただ、それらは全て自分の意思では動かない死体だったが。


「あ……」

「何じゃ?」


 俺はおもむろに少女の髪をよけ、首元に触れる。

 ソフィーは少しだけくすぐったそうな顔をした。

 だが、次の瞬間、その顔は驚愕に染まる。


「まさか――」

「ああ、そのまさかだ」

「お主、うなじフェチじゃったのか!?」

「違うよ!?」


 斜め上の誤解をされていた。

 うなじの魅力なんて、一々考えたこともないのに。

 まぁ、分からなくもないけど、そこを考えるのは後にしよう。

 考え始めると、止まらなくなる。

 今は新しい性癖の扉を開いている場合じゃない。


『新しいスキルが解放されました』

【うなじマイスター】

 うなじを六十秒以上観察すると、対象の情報を得ることが出来る。


 どうやら、開いてしまったようだ。

 何らかの切欠でスキルが解放されるらしが、こんなのもあるのか。

 脳内に、新しく解禁されたスキルの詳細が刻み込まれる。

 これ、対象の髪型によっては、発動条件がシビアだな。


「まぁ、妾の魅力に抗えないのは仕方がない。特別に、うなじに口づけすることを許してやろう」

「お前は俺を何だと思っているんだ!?」

「ネクじゃろ?」

「今のが何で答えになると思ったんだ!? 俺の名前を『特殊性癖を持った変態の代名詞』みたいに使うな!」

「じゃが、この学院内ではそれでも通じてしまうのではないか?」

「そんなことがあるわけない――と思いたい」


 まだ入学初日なのだ。

 さすがに、そこまでの事態にはなっていないだろう。

 多分。


「うむ。で、うなじフェチでないというのであれば、お主は何フェチなのじゃ?」

「フェチの方向に話を持っていくな!」

「ああ、そうじゃったのう。お主の性癖については、また後で確認することにしよう」

「それに何の必要があるんだよ!?」


 ソフィーは俺のツッコミを無視し、俺の手を首元から払った。

 その美しいうなじが髪によって隠されてしまう。

 心にちょっとした喪失感が生まれた。

 なるほど、これがフェチに目覚めるということか。


「して、これはどういう状況なのじゃ?」

「お前の首、囲むようにうっすらと傷跡のようなものがあったんだ。首を斬られた跡かもしれない。いや、でも、斬られた首がまたくっつくなんてことは――」


 理論上ありえないことではない、

 あくまでも『理論上は』の話であるが。

 それを実現できる魔術師は、未だ現れていないはずだった。

 しかし――。


「マベルなら可能じゃろうな」


 ソフィーはなんてことないように言う。


「マベル?」

「マベルというのは妾の部下じゃ。優秀な回復魔法の使い手で、どんな傷でも完璧に修復して見せるほどの腕の持ち主じゃ。もっとも、死んでしまった者を生き返らせるまでは出来ないがの」


 それは当然だ。

 死んでしまったら魂と肉体が分離する。

 身体を修復したところで、魂が戻らなければ生命活動は再開しない。

 魔法で無理やり体を動かすことは出来るが、それを生きているとは呼ばない。


「さて、これからのことはまた後で話すとして――」

「どうした?」

「不穏な気配がドアの外にある。何者かに見張られておるぞ」


 ソフィーは囁きかけるような声で言う


「ドアに耳をつけて様子をうかがっておるようじゃ。じゃが、魔力のコントロールがまるで出来ておらん。魔力を感じ取ることが出来る者なら、誰でもそこにいることに気付くじゃろう。まぁ、この魔力制御の稚拙さから考えれば、覗いているのは教師ではなく生徒のほうじゃろうな」


 俺とソフィーはドアの方を見る。

 すると、何者かがドアを開けようとした。

 だが、ドアにはカギがかかっているため、ドアは開かない。

 ガチャガチャと音がするだけだ。


「誰だ?」

「フィリスよ。ネクに話があって……」


 どうやら、ドアの外にいるのはフィリスのようだ。

 それが分かった瞬間、ある致命的な事実が頭をよぎった。

 フィリス・ウェインは、魔王を殺した英雄だ。

 そして、ここにいるのは魔王本人。

 二人が出会ってしまったら、大変なことになるのではないだろうか。


「ちょっと待ってくれ!」

「どうして? まさか、その少女とよからぬことを――」

「するわけないだろうが! お前は俺を何だと思っているんだ!」

「え、ええ。そうよね。私もネクのことは信じているわ。信じてはいるのだけれど――」

「言い方からして信用0じゃないか!」

「それは、まぁ、仕方がないというか……」


 口調はおとなしいが、随分なことを言ってくれるじゃないか。


「あの、使い魔召喚は、主人の特性に最も合った使い魔を召喚するものだから。多少のランダム要素はあるはずだけれど……。あの、幼女が召喚されたということは、ネクにそちらの属性があると考えるしかないのではないかと思わざるをえないのではないかと考えてしまって……」

「な……」


 理屈としては間違っていない。

 だが、そこまでひどい想像をされていたとは。

 ソフィーを召喚してしまったのは、ソフィーの魂が原因なのに。


「(ネクよ。とりあえず、ドアを開けてやるがよい。あの様子では、ドアを蹴破りかねないぞ)」

「(そこまでするとは思わないが、まぁ、そうだな。ただ、その前に一つだけ確認させてくれ。お前、フィリスと会っても大丈夫か?)」

「(ふむ。まぁ、襲い掛かったりはせんよ。この姿では勝てぬじゃろうし、魔力全開の状態であっても、この魔法学院の教師陣全員から逃げ切れるとは思わぬ。もっとも、向こうはどうか分からんがのう)」

「(その姿なら、魔王だってことはばれないよな?)」

「(あの女と戦った時のことは覚えておらぬ。じゃが、この姿を知られているということはあるまい。そもそも、この姿は先ほど見られているはずじゃし)」

「(それもそうだな。それじゃあ、ドアを開けるからちゃんと服を着ておいてくれ)」


 俺はドアに向かって一歩歩き出した。

 すると、爆発音のような音とともに、俺のすぐ傍をドアが通り過ぎた。

 ドアは倉庫の壁に衝突し、四散する。


「失礼するわ」


 そう言いながら、フィリスが部屋の中に足を踏み入れる。

 この瞬間、魔王と勇者が対峙した。

 世界規模の大事件である。

 だが、そのことを知っているのは、俺とソフィーだけだった。


 だから――。

 部屋に入ってきたフィリスが狼狽していたのは、それが原因ではなかった。

 魔王と勇者が対峙した時、別の事件が発生してしまっていたのだ。

 フィリスの視線は、ソフィーの格好に向けられていた。

 着ていたはずのドレスは床に落ちている。

 下着に関しては、最初から着ていなかった。

 今は全裸の状態だ。

 全裸の幼女が俺と向き合っている。

 非常にまずい絵面である。

 極小規模の大事件である。


「……ネク。大変なことになってしまったわね」

「あ、ああ。そうだな」

「色々な意味で」

「どういう意味だよ!?」


 大変気まずい雰囲気が俺たちの間に流れた。

 フィリスはぎこちない笑みを浮かべ、口元を引きつらせている。

 

「そ、そそ、その、そういうのは控えた方がいいのではないかしら? 勿論、ネクロマンサーの家系が色々と特殊であることは知っているけど。幼女をそういう対象にするというのはちょっと……」

「誤解だ! 突然気絶したから、何か不調があるんじゃないかと思って調べていたんだ!」

「そ、そう? それならいいのよ。うん。私は信用しているわ」

「信用していない人間の言い草だ!?」

「そんなことは――ないといえば嘘になるけど……」

「ないと言い切ってくれ! 小さい子供の裸なんて見慣れているし!」

「え……」


 フィリスが変態でも見るかのような目でこちらを見る。

 うん、確かに今のは俺の言い方が悪かった。


「妹関係の雑務は全て俺の仕事だったからな」

「妹? ああ、イヴのことね。あの子、元気にしている?」

「元気だよ。もう、俺が世話を焼く必要性もなくなった」

「そう。確かに、以前会った時も、随分としっかりしていたわね」

「一緒に風呂に入ったんだって?」


 俺の言葉に、フィリスは身体を硬直させた。

 みるみるうちに、その顔が赤く染まってくる。


「な、何故ネクがそれを知っているの!?」

「何故って、イヴから聞いたんだけど」


 どうしてそこまで過敏に反応するのだろうか。

 女同士で一緒に風呂に入るくらい、大したことじゃないだろう。

 だが――。


「……ちなみに、なんて聞いてる?」


 フィリスは、遠慮がちにそう尋ねた。

 これは、ただ一緒に風呂に入っただけじゃなさそうだ。

 イヴ――お前、フィリスに何をしたんだよ。

 後で詳しく聞き出したい。

 そのためなら、追放されたアンダーウッド家に書簡を出すことも辞さない。


「まぁ、俺がどこまで聞いたかは置いておくとして――」

「え、ええ。そうね。置いておくことにしましょう! 安置しておくことにしましょう! 二度と持ち出してはいけないわ!」


 何としても、知られたくないらしい。

 すごく気になって来た。


「ところで、話を戻すけど……結局その子は誰なの? 召喚してしまったのだから、ご家族が心配しているんじゃない?」

「え? ああ……」


 俺はソフィーに目配せする。

 ソフィーは、少し考え、フィリスに告げる。


「私の名前はソフィーといいます。田舎の貧しい家に生まれ、家族は病で死にました。農家をしていたため、一人分だけなら食べるのに困らなかったのですが、最近になって私も病に侵されてしまいまして。意識を失って――気が付いたら、この学院の中にいました」

「そう、大変だったわね」

「出来れば、このままネクお兄様のところにいたいのです。故郷に私のことを大切にしてくれる人はいません」


 名演技だった。

 彼女の背後に、貧しい農家の娘の姿が見える。

 フィリスもすっかり信じ込んでしまったようだ。


「分かったわ。もとより、私は口出しをする立場にないけど」

「ありがとうございます」


 ソフィーは頭を下げた。

 随分すらすらと嘘が出てくるものだ。

 俺はあきれながらも感心していた。


「ところでネク。ソフィーちゃんに異常はなかったのよね?」

「ああ、うん」


 異常がないどころか、存在自体が異常だったとは言えない。

 そんな俺の内心を知らず、フィリスは気軽に告げる。


「それじゃあ、そろそろ戻れる? 入学式のイベントは終了したから、後は一時的な居住地――『暫定寮』と呼ばれるお屋敷に案内してくれるそうよ」

「一時的な?」

「そのうち『寮探し』というイベントが行われるらしいわ。そこで、それぞれが入る寮が決定されるんだって。それまでに、必要最小限の魔法技術と知識を手に入れておく必要があるんだって」

「分かった」

「では、ソフィーちゃんの身だしなみを整えたら、さっきのところに来て」


 フィリスは、そう言い残して部屋から出て行った。

 残った俺は、胸をなでおろす。


 とりあえず、命は助かったようだ。


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