第12話 エロの使い魔 4/5

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 食事会が始まってからしばらくして――校長が再度登壇した。

 それに気づいた生徒たちは、雑談を止めて校長に注目した。


「さて、我が魔法学院が誇る料理は十分楽しんでもらえたことと思う。だが、君たちにはもう少しだけ付き合ってもらおう。いよいよ、お待ちかねの『使い魔召喚の儀』だ」


 使い魔。

 それは、魔術師の道具として、魔術師の意のままに働く存在だ。


 時に自分以上の武力として。

 時に愛玩動物として。

 時に魔力の供給タンクとして。

 主人の求めに応じ、その道具となる存在。


 歴史ある魔術師の家系では、代々同じ種類の動物を使い魔にしている。

 そういった家出身の生徒たちは、既に使い魔を所有している。

 そのため、実家から使い魔を連れて来る者も多い。

 そういう使い魔を持たない生徒が、ここで召喚をすることになるのだ。


「それでは、説明をマドック先生に引き継ごう」


 校長がそう言って、一人の女性魔術師を紹介した。

 ふわりとした紫色のワンピースに身を包んだ女性だった。

 全体的に痩せこけていて、不健康そうな印象を受ける。

 ぼさぼさの紫髪を後ろで一つ結びにしており、身だしなみに気を使うタイプではないことは一目でわかった。


「私は魔道具学の教師『マドック・カムデン』です。さて、この召喚魔法陣について説明させてもらいます。この召喚魔法陣と言うのは、皆さまもご存じかとは思いますが『古代魔道具』の一つです。ああ、そうだ。古代魔道具について説明しておきましょう。まず、この世界には失われた旧文明が存在します。まぁ、旧文明と言うからには当然滅んでしまっているわけで、それが何故滅びたのかは未だ謎となっており、多くの歴史学者たちが研究を行っています。具体的には、世界中にその残滓ともいえる遺跡が存在するわけで、その調査を行っています。そして、その調査の過程で発見された旧文明の魔道具こそが『古代魔道具』なのです。その効果は現代で作られている魔道具とは一線を画しているわけでして、それゆえに市場での価格は非常に高価。古代文明の調査をしている方の中には、一獲千金を狙っている人もいるわけでして、はい。ただそれなりに価値のある古代魔道具の埋蔵数はあまりないだろうというのが通説になっており、はっきり言って部の悪い賭けと言えます。それで、この古代魔道具【召喚魔法陣】なのですが、使い方に関しては非常に簡単です。まぁ、魔法陣とは言ったものの、これは台座部分と一体となった古代魔道具なのであって、この文様だけではほとんど意味はありません。この魔法陣と台座の中の複雑な構造が相まって、初めて効果を発揮するというわけですね。ああ、そうだ。使い方でしたね。使い方は簡単です。この古代魔道具に魔力を注ぎ込むことで、勝手に魔法陣が使い魔を召喚してくれます。召喚される使い魔は、魔力を注ぎ込んだ方と波長が合うというか、何かすらの関係があるものであることが多いですね。それと、忘れてはいけないのは【従属魔法】です。召喚された使い魔に対しては、従属魔法が自動的にかけられることになります。召喚者は一度だけ、その魔法の効果で使い魔に強制的に命令を利かせることが出来ます。それを『隷属命令』と言います。大抵の場合は『常に自分に従属すること』を要求することになります。まぁ、命令の内容は各自で勝手に決めていただいて結構です。ただ、中途半端な命令をして使い魔に殺されないように注意してください。殺されないにしても、使い魔に逃げられてしまう生徒というのは毎年発生します。先ほどの『常に自分に従属すること』という命令も、『従属』の定義によっては、簡単に反抗をされてしまうことになりますから、注意が必要です。そのあたりは、各自慎重に考えてください。何かあったとしても、それは自己責任です。さて、それではこれから本格的な説明を――」


 カムデン先生は、早口言葉で言いたいことを延々と話し続けていた。

 魔道具に関わる人間というのは、こういう人ばかりなのだろうか。

 珍しい魔道具を前にしたハルもこんな感じだったし。

 さて、肝心の説明内容だが――何一つ頭に入ってこない。

 他の生徒たちも同じようで、不安げに周囲の様子をうかがっている者が多かった。


「長い!」


 痺れを切らした校長がツッコミを入れた。

 ほぼ全裸というツッコミどころの塊ともいえるあの校長が、ツッコミに回ったのだ。


「要は、その魔法陣に自分の魔力を注ぎ込めばいい! 後は魔法陣がいい感じに言うことを聞く使い魔を召喚してくれる。以上! 始め!」


 校長のその言葉を受け、使い魔召喚の儀は始まった。

 その横では、カムデン先生が「まだしゃべりたいない」と言ったような不満げな表情を浮かべている。


 そんな中、最初の生徒が魔法陣の前に立った。

 そして、魔法陣に魔力を注ぎ込むと、魔法陣が光を放ち始めた。

 その光は段々と強くなり、閃光が講堂内を包んだ。

 同時に轟音が鳴り響き――。


 それらが収まると、召喚された『使い魔』が姿を現した。


 その女生徒の使い魔は『猫』だった。

 女生徒は嬉しそうにその猫を抱き上げる。


「(ほう、中々面白そうなイベントではないか)」


 ソフィーが言う。

 ここに来る前なら、俺はこのイベントに喜んで参加していただろう。

 魔力を有する魔物を使い魔にできれば、俺も人並に魔法が使えるようになったかもしれない。

 だが、今の俺は爆弾を抱えてしまっている。

 ソフィーという世界を敵に回しかねない爆弾だ。


「(お主は一体、何を召喚することになるのかのう)」

「(せめて無害なものであってほしいな。お前の魔力で使うと、本当に何が召喚されるか分からないし……)」

「(うむ、だからこそ面白いのではないか。というか、心配ならやらなくてもよいのではないか?)」

「(それはそうなんだけど、イヴにこれはやるように言われているんだよ)」

「(イヴか。妾は直接見ていないが、お主が大人しく従うところを見ると、相当の人物なのじゃろうな)」

「(そうだな)」


 そういえば、今頃どうしているだろうか。

 俺がいなくなって元気がなくなるということはないだろうが。

 ないだろうな。絶対ない。


 そんなことを考えていた時だった――。

 突然、生徒たちの間に大きな歓声が響いた。

 彼女たちの視線の先には、召喚魔法陣がある。

 そして、その魔法陣の中には巨体を持つ魔物――トロールがいた。

 盛り上がる生徒たち。

 対照的に、召喚した当の本人は、顔色を悪くしていた。

 今後、あれの世話をしなければならないのだ。

 その大変さを考えれば、そういうリアクションになるのも当然だ。


「(成程のう。戦力になる魔物が召喚されることもあるのか。だったら、やはりお主もやっておくべきじゃろう)」

「(そうだけど)」


 ああいう巨大なのは勘弁してほしい。

 戦力にはなるだろうが、食費が馬鹿にならないだろう。

 そういうのって、学院から補助が出たりしないのだろうか。


「(でも、確かに戦力は必要だ。色々な意味で俺の魔法には問題が生じてしまっているからな。下手をすると『エロ魔術師』の称号を手に入れてしまいそうだ)」

「(それに関しては、既に手に入れてしまっておるのではないか?)」

「(そんなことはない――と思いたい。多分、まだ大丈夫だ)」

「(そうかのう?)」

「(それに、『魔術師』と呼ばれるのは、魔法学院を卒業した人間だけだ。それ以外の魔法を使える人間は、普通に『魔法使い』と呼ばれることになる。だから、俺は呼ばれていたとしても『エロ魔法使い』だ!)」

「(誇ることではあるまいに……)」


 そう、誇ることではないのだ。

 使い魔を戦わせることが出来るなら、それに越したことはない。


「(よし、やるか)」


 俺はそう決心し、順番が来るのを待っていた。

 先に召喚を行っていた女生徒たちは、それぞれ召喚したばかりの使い魔とコミュニケーションを取っている。


 そして――。

 とうとう俺の番が訪れた。

 俺は、魔法陣の前に立つ。


「あの男が召喚をしますわ」「一体、何を召喚するのでしょう」「恐ろしいですわ」「悍ましいですわ」「でも、ちょっと興味がありますわ」「淫魔来い。淫魔来い……」「だから、誰ですの!?」


 ギャラリーの声を背にし、俺は召喚用魔方陣の前で膝をつく。

 そして、両手を地面につける。

 俺の体から大量の魔力があふれ出る。

 そして、その魔力は魔方陣へと注がれ、魔法陣が光り始めた。

 後は、呪文を唱えるだけ。


「神アテナよ、我に半身となる存在を与え給え」


 俺の言葉に応じるように、魔方陣の光がさらに強くなる。

 その光は輝きを増し続け、周囲の生徒たちが眩し気に顔に手をかざす。

 ここまでは順調。

 通常なら、このまま使い魔が召喚されることになる。


 だが、魔法陣に予期せぬ変化が訪れた。

 魔法陣から放たれる光が、漆黒の魔力に侵食され始めたのだ。

 漆黒の魔力が魔法陣を囲み、周囲を黒く包み込んでいく。

 その黒い輝きはどんどん大きくなっていき、講堂全体に広がろうとしていた。


「なにこれ!?」「危険だ! 黒い魔力に触れるな!」「あの男、何をしようとしていますの!?」


 新入生たちが混乱し始める。

 その一部は、漏れ出る魔力から逃げるために部屋の端まで小走りで逃げた。

 その行動に間違いはない。

 彼女たちにとって、ソフィーの魔力は未知のものだ。

 冷静ぶって何もしないというのは、魔法使いとして最悪の行動。


 だが、突然それは突然収束した。

 俺の身体からの魔力供出も止まっている。

 召喚用魔方陣の機能はストップし、漆黒の魔力は霧散していく。

 儀式は失敗――誰もがそう思っただろう。


 だが、そうではなかった。

 漆黒の魔力が散ると、魔法陣の上には『使い魔』が召喚されていた。

 それは、これまでの生徒が召喚してきたような小動物や爬虫類などではない。


 それは人間の少女だった。

 否、人間離れした美しさを持つ少女だった。


 光沢をもつ美しい金髪。

 編み込まれた細糸のように細やかな白肌。

 信じがたいほどに整った顔つき。

 着ているのは、全てを吸い込むかのような黒色のドレス。

 だが、まだ体は全体的に幼さを感じさせる。


 目は閉じられたままであり、両手は胸元に重ねられていた。

 その姿は、棺の中に安置された死体のようだった。


 恐ろしいほどに静かで、まるで動かない。

 生気が失われた死体のような独特の美しさが感じられる。


 俺は、少女の状態を確認するために触れようとした。

 その瞬間、突然その少女はカッと目を開いた。


「うわっ」


 俺は驚いて尻もちを搗く。

 その少女はおもむろに上半身を起こすと、眠そうにしながら周囲を見回した。

 魔法学院の生徒たちに囲まれているにしては、随分と落ち着いている。

 あるいは、あまりに現実味がないため、ここが夢の中だと思っているのだろうか。


 俺はそう考えた。

 だが、少女はぴょんと立ち上がり――。


「妾、復活じゃ!!」


 両手を上にあげ、万歳の姿勢を取りながら叫んだ。

 そして、軽く体を動かして体の調子を確認していた。


「うんうん、よきかな、よきかな。生きるって、素晴らしい!」


 何かに得心がいったのか、少女は頷く。

 嬉しさと満足さ。それを隠すことなく表しながら、俺に告げる。


「ネクよ、大義であった! 其方の働きにはマジ感謝じゃ! いずれ相応の褒美を取らせることにしよう。だが、今は急ぎ戻らねばならぬ」


 どこかで聞いたような妙に偉そうな口調の少女。

 彼女は、堂々と外へ通じる扉へ向かって歩き出した。

 ペタペタという裸足の足音が講堂の中に響く。

 生徒たちは、その様子をただ見守っていた。


 だが、俺から少し離れたところで、少女は突然倒れた。

 まるで、スイッチが切れたかのように、少女の身体が崩れ落ちる。

 受け身を取る気配もなく、少女の身体は全く動かなくなった。


 静まり返るホールの中、俺は少女に近寄った。

 すると、その少女は意識を取り戻し、ゆっくりと立ち上がった。

 そして、自分の身体を不思議そうに見ていた。

 両手がちゃんと自分の意思で動くことを確認する。


「なにやらよく分からんが、後回しじゃ。それでは、さらばじゃ」


 少女は再度歩き出す。

 だが、少し離れると突然倒れこんだ。

 先ほどと寸分たがわない反応だ。

 やはり、意識を失っているらしい。


 この時、俺はある可能性に思い当たった。

 そして、少女に近づき、抱きかかえるとホールを出た。

 これから話す内容は、他の生徒や教師たちに聞かれない方がいい。

 それどころか、聞かれてはならないものなのだから。


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