第2話 裸・裸・ランド 2/4



     3


 アニムス魔法特区。

 それは、魔法大国であるライプニッツ王国が誇る、世界一の【魔法都市】である。


 古の昔から連綿と積み上げてきた魔法の知識・技術・道具・歴史。

 その全てが、ここに集約されている。


 そして、その中心部――。

 魔法に関する教育施設の最高峰。

 一流魔術師となるための関門。

 それこそが、王立ライプニッツ高等魔法学院だ。


 新入生たちを乗せた魔法仕掛けの馬車。

 ペガサスが牽引するそれは、降下の順番待ちのため学院上空を旋回していた。

 だが、それを退屈に感じる者は、一人もいないだろう。

 むしろ、このままいつまでも旋回していてほしいくらいだ。

 そこから見える景色には、誰もが目を奪われていた。


 まず目に入るのは、これからの学び舎となる古城だ。

 小高い山の頂上に無理やり建てられたような巨大な城。

 その城を囲む広大な敷地の中には、様々な施設が点在している。

 そのすべてを見て回るだけでも、一生かかるのではないだろうかと思えてしまう。


 だが、驚くべきは、その魔法学院でさえ、この王都の一部でしかないということだ。

 空飛ぶ馬車からは巨大な建造物がいくつか見えている。

 おそらくは、王城やアテナ聖教の大聖堂なのだろう。

 それらを取り囲むように、広大な城下町が広がっている。

 その世界は、あまりに広大。

 アンダーウッド家にいた頃には、想像もつかなかった光景だ。


 そんなことをぼんやりと考えていた俺は、ふとあることに気付く。

 学院の広場に集まっている生徒たちが、こちらに杖を向けているのだ。

 そして、彼女たちは魔法を上空に向かって打ち出した。

 その魔法は上空で炸裂し、大きな光の輪を作り出す。

 それは魔法で作られた花火。

 上級生からの歓迎の印なのだろう。


 だが――。


「おいこら、テメーら! この空域で派手な装飾魔法は禁止だって言っただろうが! やめねぇと、痛い目合わすぞ、コラァ!」


 ロゼリア先生は、地上にいる学生たちに向かって叫んだ。

 はるか上空からであるにもかかわらず、その声は地上にも届いたようで――。


 学生たちからは、追撃の魔法が放たれた。


 どうやら、ロゼリア先生の言葉は、煽りにしかならなかったようだ。

 学生たちの魔法は、馬車の近くで炸裂し、新入生たちを楽しませた。

 魔法学院での充実した生活を予感させるような。

 これから経験するであろう試練を警告するような。

 様々な思惑が入り混じっている。

 そんな派手な歓迎だった。


 そして、ロゼリア先生はというと――。


「よし分かった。宣戦布告だな!」


 楽しそうに怒っていた。

 そして、俺たち新入生に対して呼びかける。


「おい、新入生ども! これから、この馬車は地上すれすれを高速で通過する! その時、窓からあの腐れ学生どもにありったけの攻撃呪文を食らわせてやれ!」


 いきなりの無茶ぶりである。

 上級生に対して攻撃をするとか、ハードルが高すぎる。

 それに動揺した少女が、ロゼリア先生に対して言う。


「で、でも、ここでは攻撃呪文は教師の許可なしに人に向かって使っちゃいけないって」

「あたしが教師だ!」

「あ……」


 この御者が教師であることを忘れていたのだろう。

 無理もない。

 あまりの気迫と粗暴な振舞い、そして圧倒的な筋肉。

 通常イメージする魔法学院の教師像とは、かけ離れすぎている。


 だが――。

 それでも、この馬車の中にいるのは、先進気鋭の新人魔法使いたちだ。

 先輩方からの歓迎の印。

 あるいは、挑発行為。

 それらに対して『お返事』をしたくて堪らない者ばかりであるはずだ。

 そして教師の許可が出た今、それを止める理由はない。


「ちなみに、魔法を使えなかった奴は退学とする!」


 その一言で、馬車の中の空気が変わった。

 突如として『退学』という言葉が出てきたのだ。

 その言葉がどこまで本気なのかは分からない。

 冗談半分で退学になる可能性も、この学院では十分に考えられる。

 新入生たちがそれに逆らうことはできなかった。

 もっとも、逆らう必要性もなかったのだが。


「退学ということでしたら、仕方がありませんわね」「まことに不本意ですが、やらざるを得ません」「目標を見据えて発動、目標を見据えて発動、目標を見据えて発動……」「ヒャッハー、真っ赤な血をぶちまけやがれ!」「「「今の誰ですの!?」」」


 新入生たちは、それぞれ杖を手にして我先にと窓側に殺到した。

 そして、嬉々として杖先を窓の外に向ける。


「よし、行くぞ! 新入生たちの攻撃じゃ、どうせかすり傷一つつかないんだ! 全力で! 殺すつもりでやっちまえ!」


 ロゼリア先生はそう言うと、馬車を急降下させた。

 ぐんぐんと地面が近づいてくる。

 それに気づいた上級生たちが、蜘蛛の子を散らすように逃げ始めた。

 この先生ならそのまま突っ込みかねない。

 そう判断されたのだろうか。

 馬車は徐々に角度を水平に近づけていく。

 そして、あわや墜落というような高度で上級生たちに接近し――。


「今だ! やっちまいなー!!」


 その掛け声に合わせて、数十人の新入生が一斉に上級生目掛けて魔法を放つ。

 ろくに詠唱もできなかったため、その威力はほとんど0に近いものばかりだろう。


 だが、俺はそんなことを気にしている余裕などなかった。

 ほかの新入生たち同様、俺も杖をもって窓際にいた。

 とりあえず、魔法を使ったふりだけはしておくことにしよう。

 そう考えた末の行動だ。


 馬車は既に上昇を始めている。

 新入生たちは、窓から上級生の様子をうかがっていた。

 俺も、開けっ放しの窓から外を見ていた。

 油断しきっていた。

 だから――俺の背後に忍び寄る悪意に気づかなかった。


     4


 体全体に衝撃を与えられたような感覚。

 手で押されたのではなく、魔法による攻撃だ。

 上級生に向けて使った魔法の誤爆だろうか。

 いや、だとすればタイミングが遅すぎる。

 そんなことを考え始めてしまったが、すぐに切り替える。

 事態は、風雲急を告げているのだ。

 そう――俺の体は、衝撃によって窓から飛び出ていた。

 おいおいおいおい! 嘘だろ!?


「ちょ、ネクさん!?」


 ハルが手を伸ばしてくれたが、それを掴むことはできなかった。

 そして、そのまま馬車から落下する。

 慌てながらも、俺はかろうじて残っていた冷静な部分で考える。


 まず、魔法で宙に浮くのは無理だ。

 宙に浮くためには、緻密な制御を伴う風の魔法を使う必要がある。

 魔法の発動自体は、ソフィーの魔力のおかげで可能だろう。

 だが、俺はこれまでその魔法を使ったことがなかった。

 故に、それを制御することは困難――というより、不可能と言えるだろう。


 俺は更に考える。

 助かるための現実的な手段。

 それは『大雑把でも構わない魔法』。

 例えば、巨大なクッションのような――。


 そこまで考え、ようやく一つの魔法に思いが至った。

 そして、落下先の近くに、運よくプールがあることを確認し――。


「水よ、和らげよ――【アースイ】」


 俺は落下先にあったプールに向かって魔法を放った。

 狙い通り、俺の魔法はプールの水に着弾する。

 すると、水がうねりを上げながら動き出した。


 第一階梯魔法【アースイ】。

 これは、水の防壁を作り出す魔法だ。

 防壁と言っても硬いものではない。

 ただ、水中で勢いを殺すためのもの。

 他からの攻撃をはじくのではなく、和らげることを主眼とするものだ。


 俺の目的は、落下の衝撃を少しでも和らげることだった。

 水を空中に浮かべ、薄い壁を作る。

 それに衝突することで落下速度を抑える。

 それが出来れば、生存率はかなり上がるはずだ。

 そう考えたのだ。


 だが、予想外の事態が起きた。

 俺が想定していたのは、あくまでもプールの水の一部だけを使ったものだ。

 だが、俺の魔法が当たったことで、プールに溜められていたすべての水が、空中に浮遊した。

 そして、俺の方に向かってくる。


 これなら、落下速度をかなり抑えられるはずだ。

 場合によっては、浮遊する水の中にとどまれるかもしれない。


 そう考えた俺は、防御姿勢をとりながら、その水の中に突っ込んだ。

 激しい痛みが俺を襲うが、我慢できる範囲だ。

 だが、水の中でも想定外の事態が俺を襲った。

 俺の身体が、粘っこく気持ち悪い感触に包まれたのだ。


(何だこれ!?)


 本来、この魔法は水自体の性質を変えるものではなかった。

 だが、今は何故か水に、ある程度の粘性が生まれていた。


 おそらく、ソフィーの魔力による『改変』の結果だろう。

 全身におかしな感覚が生まれるが、今は我慢するしかない。

 それに、この粘性のおかげで水を突き破る心配はしなくてよさそうだ。


 水の中で落下スピードは徐々に緩められていった。

 とりあえず、命は助かった――。

 そう思ったのだが、目の前には新たな危機が現れていた。


 目の前に、橙色の球体が発生していたのだ。

 それは、何らかの魔法効果――そう考えた瞬間、その球体は炸裂した。


 辛うじて、俺は腕で顔を防御する。

 それでも、その衝撃はすさまじく、俺の全身を衝撃が襲った。

 水に粘性がなかったら、もろに食らっていたかもしれない。

 水は四散し、俺はプールの底に落下する。

 何とか落命は避けられたようだ。


 あっぶね~。

 冗談抜きで、死ぬところだった。

 俺は立ち上がると、上空の馬車に向かって叫ぶ。


「おい、誰だよ、俺を殺そうとしたやつ! 絶対にやり返すからな! 覚悟しておけ!」


 そう叫んだ瞬間、俺のすぐ横に『何か』が落下してきた。

 ズシンという鈍い音。

 軽くはない質量が落ちてきた音。

 その着地音を発生させたのは、生身の人間だった。

 というか、ロゼリア先生その人だった。


 身体能力にものを言わせた降着。

 もはや、墜落と表現したほうが適切と思えるほどの非常識。


 ロゼリア先生は片膝をついた着地ポーズまで決めていた。

 あの高度からの落下でも、まだまだ余裕があったらしい。

 魔法を使った気配も一切ないのに。


「おう、無事か?」

「……そちらこそ、ご無事ですか?」

「あたしは問題ない。鍛えているからな!」


 そう言って、筋肉をアピールするポーズをとるロゼリア先生。

 この人、魔法がなくても十分化け物だ。

 あの高さから落ちてきても無傷とか、ありえないだろ。


 そんなことを考えていたら、周囲が騒がしくなっていた。

 そりゃあ、空から人が降ってきたら騒ぎになる。

 そう思ったのだが、事実は少しだけ違った。


「なにこれ!」「髪が濡れちゃった。最悪」「この水、粘ついてない?」「動いてる! 気持ち悪い!?」「服に染み込んだ水が暴れだしたわ!」


 爆発四散したプールの水が、上級生たちに降りかかっていた。

 その多くはシャツにスカートという服装だ。

 水にぬれたシャツは透け、下着を露わにしている。

 また、スカートは足に張り付き、独特のエロさを醸し出している。

 この時点で、かなり刺激的な光景だ。

 だが――それだけなら、まだ大した問題ではない。

 ただの事故ということで言い訳が出来る。

 問題なのは――その水には未だ俺の魔法の効果が残っていたということだ。。


 つまり、彼女たちにかかった水は――。

 彼女たちの服に染み込んだ水は――。


 ヌメヌメしており。

 動き回ろうとする。


 成程、つまりはそういうことらしい。

 俺が作り出したヌルヌルが、先輩方の柔肌で蠢いているのだ。

 だが、どうやらそれだけというわけでもなさそうだった。


「いやんっ」「顔が熱くなってきましたわ」「少しおかしな気分に……」「なんだか、下半身がムズムズしますわ」


 そのリアクションに、俺の中で警報が鳴り響く。

 俺は、頭の中に【アースイ】の効果を表示させる。

 それを見た俺は、危険な状況が去っていなかったことを知ることになった。


【アースイ】

 液体を動かす魔法。

 対象となった液体には、強いヌメリと催淫効果が付与される。


 成程――。

 強いヌメリと、催淫効果か。

 俺はこの後、お姉さま方に殺されるかもしれない。

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