第5話 追放されたら妹と一緒に風呂に入ることになった 5/5

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「その恰好、恥ずかしくないのか?」


 俺は、目の前の美女にごく当然の疑問を投げかけた。

 遠い昔より、人間は服を着て生活をしている。

 ましてや、他人の目があるところでその裸身を晒したりはしない。

 俺はその当然の質問をしたのだが――。

 ソフィーは嘲るように言う。


「恥ずかしいだと? 愚か者め。貴様は、芸術家が作り出した石像に欲情するとでもいうのか?」

「何が言いたい?」

「妾の肉体は、全てにおいて芸術の域に達しておる。すべてが完璧な均整を保っている。これは性欲の対象となる『肉』ではなく、称賛の対象となる『芸術』なのじゃ。故に、恥ずかしがる理由など存在しない!」

「……へぇ」


 まぁ、いいか。

 この女がそう思っているのなら、それを否定する必要はない。

 美女が裸体を惜しげもなく晒しているのだ。

 それを喜ぶというのが、紳士としての嗜みというものだろう。


 だが――。

 本当にそれでいいのだろうか。

 このような健康的過ぎるエロスで満足してしまっていいのだろうか。

 確かに、こうも美しい肉体を至近距離で見られるというのは、素晴らしいことだ。

 だが、何かが違う。

 そこには、精神的なエロスがない。

 羞恥心の欠けた裸体は、ただの駄肉でしかないのだ。

 そう――。


「エロスとは、精神なのだ」

「む? お主、一体どうしたのじゃ?」


 精神の段階を一つ上に到達させた俺をソフィーは訝しんだ。

 まるで変態でも見るかのような目を俺に向けている。

 だが、間違っているのはソフィーの方なのだ。

 彼女の主張には、決定的な欠点がある。

 それを論ずることで、俺はこの裸体にエロスを生み出すのだ。

 ――さぁ、論証を始めよう。


「ソフィー」

「な、何じゃ……」

「お前は今、その体は芸術の域に達しているから性欲の対象とはならないと言ったな?」

「う、うむ」

「確かに、美術館に飾られているような石像は、裸の人体を模したものではあるが、そこにエロスは感じない。だが、それはその形状が芸術の域に達しているからなのだろうか?」

「……何が言いたい?」

「考えてみてほしい。例えば、芸術の域に達していないエロい身体を模した石像があったとして、人間はそこにエロスを感じるだろうか? 真っ白な石造りの身体。少なくとも、俺はそれをエロいとは思わない」

「ふむ、続けるがいい」

「では、石像がエロくないのは何故か? そもそも、生物としての人体を表現するのであれば、人体の石像には色を付けるべきであり、白色のままにしておくべきではない。さらに言えば、硬い石で作ること自体が間違っている。では、何故芸術家たちは石像を作るのか。それは、石像は体の構造の美しさのみを表現するために作られたものだからだと俺は考えている」

「うむ、理解できなくはない」

「つまり、石という白くて硬いものを使うことで、人体の色や柔らかさといった要素を排除し、その構造の美しさを際立たせる。それが石像という芸術品の本質だ。石像の中には、頭や腕が作られていないものがあるが、それも頭や腕を排除することで、それ以外の部位の美しさを強調することが目的だろう」

「成程のう。正直、途中で作るのに飽きただけだと思っておったわ」


 いくら何でも、それはないだろう。

 芸術家を軽く見過ぎだ。


「さて、ここまでで、石像は、人体からエロスを人為的に切り離し、芸術的側面のみを強調したものだということは理解してもらえただろう。ここで考えてほしい。芸術的肉体からエロスを排除したということは、切り離す前は当然その肉体にエロスは宿っているということになる。つまり、芸術的構造の石像がエロくないからと言って、それと同じ形状の人体がエロくないということにはならないんだ!」

「では、まさか妾の身体は――」

「出るところは出ており、引っ込むところは引っ込んでいる。女性として最も理想的な体系といえよう――故に、端的に言って、ものすごくエロい!」

「なん……じゃと……」


 ソフィーは自分の身体をまじまじと見た。

 どうやら、本当に自分の裸体にエロスはないと考えていたらしい。

 どう考えても性的魅力が詰まっているだろうに。

 むしろ、エロスの塊と言ってもいいくらいだ。


「で、改めて聞こう。お前、その恰好、恥ずかしくないのか?」

「は……恥ずかしくない」


 ソフィーは言いよどみながら答えた。


「ほう。人前に裸体を晒しているにもかかわらず羞恥心を抱かないとは。とんでもない痴女だな」

「ち、痴女っていうな!? ほら、あれじゃ。人間のような下等生物に見られたところで、恥ずかしくなどないのじゃ」

「ほう」

「な、何じゃその顔は……」

「では、人間が下等生物だったと仮定して、本当に恥ずかしくないのか検討しよう」

「出来るものならしてみるがよい。じゃが、一つだけ警告してやろう。次に妾を論破したら、妾は泣くぞ? この図体でギャン泣きするぞ? その覚悟はできておろうな?」

「それじゃあ、論証を始めよう」

「この鬼畜!? お主――」


 その言葉を最後まで聞くことはできなかった。

 魂の具象化空間にいるときは、夢を見ているような状態だ。

 だから、目が覚めれば当然、意識は現実へと帰還することになる。

 どうやら、それが起きたようで、俺の意識は現実へと戻された。

 詳しい話は、また後で聞くことにしよう。


 それよりも――。

 今は、現実での状態を把握する必要がある。

 どうやら、俺はおかしな状況に陥っているらしいのだ。

 目が覚めた俺の視界は真っ暗になっていた。

 しかも、身体は小さな箱の中に押し込まれている。

 とても窮屈で、ほとんど体を動かすことが出来ない。


 ――一体、どうしてこんなことになっているんだ!?


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