第13話

 リ・レストル村にてデッドエンドが死闘を演じて一週間後。

 デッドエンドは共生国にある王宮へと召喚されていた。


 未だその負傷は癒えきっておらず、傍らには彼を支えるキーラが居る。

 ちなみにデッドエンドの負傷を看たナナはこの場に居ない。現在彼女は49番隊の隊員と共にリ・レストル村の復興作業中だ。


 そんなデッドエンドの眼前には共生国の重鎮などがずらーっと並んでおり、その多くがデッドエンドの事を見つめていた。


 その中で、頭から犬耳を生やしたでかい獣人の男がデッドエンドへと何度目かの問いを投げる。


「それで? 貴様は我々に断りもなく無断で動いた挙句、その賊たちが去るのを何もせずにただ見ていたと。そういう訳か」


「あぁ? だからそうだって言ってんだろ。その年でもうボケたかおっさん?」


「おっさ……貴様っ、この私に向かってなんという口の利き方だ!?」



 デッドエンドの不敬でしかない発言に怒りをあらわにする獣人の男。

 共生国を支える重鎮の一人、ライクルス・フルーである。



「そもそも、得体のしれない者に我ら栄えある共生国の軍を一つ与えるなど私は最初から反対だったのだ。しかも、聞けば最近はスラム街の者達を自分の隊に加えているというではないか。もしや此度の一件、貴様の不始末によってスラム街の者達が賊として街を滅ぼしたとかではあるまいな?」


「あー、うん。そうかもなーー」


 激昂する重鎮に対し、デッドエンドは耳をほじりながら適当に答える。

 そんなデッドエンドの態度に重鎮であるライクルスは額に青筋を浮かべ。


「貴様っ――」


 激昂するライクルスはデッドエンドへと詰め寄ろうとする。

 しかし、


「申し訳ありませんライクルス様――」


 その間にある者が割り込んだ。

 キーラだ。

 

「デッドエンド様、王宮の空気が嫌だというそのお気持ちは分かりますがもう少しきちんよ弁明を……。あの、違うのですライクルス様。スラム街の事はデッドエンド様にも考えがあっての事で――」


 デッドエンドの傍らに居るキーラが必死にデッドエンドをフォローしようとする。

 だが――


「考え? 考えだと? この戦闘しか能のないバカに考えなどある訳がなかろうっ!」


「うぐっ――」



 キーラとしてもぐうの音も出ない真実をライクルスに言われてしまい、フォローが出来なくなってしまうキーラ。

 いや、実際デッドエンドに考えがあるのは本当なのだ。

 しかし、共生国に来てまだ日も浅いデッドエンドはこの場に居る多くの者に『力だけはある猪武者』とでも言うべき存在として認識されている。


 なので、ここでキーラが何を言ったとしてもこの場に居る者達からは『こいつがそんな事を考える訳がない』と一蹴されてしまう可能性が高い。


 付け加えるならば、例えキーラがどれだけフォローしようとも肝心の本人が相変わらず周りを舐め腐った態度でふんぞり返っているので、好意的に見てもらえる訳などなく――



「みなさん、お静かに。デッドエンドさんもあまり皆をからかわないでください」



 その時、場に年若い女の声が響いた。



「私は最初からデッドエンドさんの事を疑ってなどいません。それに、彼が賊を取り逃がしたことを責めるつもりも毛頭ないのです。なにせ、相手はあの『メテオレイゲン』なのですから」



 肩まで伸びた桜色の髪をその手で払いながら少女――女王エルデリカ・ローデングリーンはそう断言した。

 アンタレルア共生国建国時からずっと女王として国を支えてきた女性。

 外見は少女だが、実際は最低でも50歳越えのエルフである。


「女王陛下はこやつに甘すぎます。その……なんでしたかな? メテオレイゲン? その賊とやらと奴が繋がっている可能性もあるでしょうに」



 重鎮であるライクルスが女王へとそう主張する。

 しかし、そんな彼に対し女王は首を振る。



「仮に、もし彼がメテオレイゲンと通じていれば我が国にはもっと大きな被害が出ていたでしょう。無論、リ・レストル村に住まう多くの者達の命が失われたのはとても悲しい事です」


 失われた命を想う為か、女王は目を伏せる。

 しかし、すぐに顔を上げ。



「――ですが、無断とはいえデッドエンドさんが今回彼らを食い止めていなければ……最悪、私たちの国は滅んでいたかもしれません」



 集まっていた諸侯に向け、そんな事を言い出すのだった――



「「「は?」」」



 その場に集まった者達がポカンとした顔で女王を見つめる。

 一体何を言っているのだろうか。何かの冗談か。その場に集まった者達の多くがそう考える。

 しかし女王の表情は真剣そのもの。内容はともかく、冗談を言っているようには見えない。



 


「は……はは。女王陛下が冗談とは珍しい」


「ですな。もしや初めてではないですかな」


「賊ごときに一国を落とすなど出来る訳がありませんからな」


 それでも、内容があまりにも現実離れしているがゆえに多くの者が女王が告げた事を冗談と捉えた。

 そうして所々から笑い声が響く中――


「――冗談などではありません」


 再度響く女王の声。

 やはりその表情はどう見ても冗談を言っているようには見えず、今までの女王を知っている諸侯も、彼女が冗談を言っていないという事を理解する。


 ――つまり、女王は真剣に『メテオレイゲン』という賊が一国を滅ぼす力を秘めていると。そう考えているという事になる。


 それが理解できたからこそ、諸侯は反論せずには居られなかった。


「馬鹿なっ!! 賊ごときに一国を滅ぼせるわけがないでしょうっ」


「そうだっ。あなたは国の力という物をどれだけ軽く見ているのですか!? 我らがそう簡単に敗北するとお思いか!?」


「それともなんですか? そのメテオレイゲンというのは一国を滅ぼすことが出来る程の人数を抱えた賊だとでも言うおつもりですか!?」


「そんな賊が居れば必ず情報は洩れるはずだ。我らがその名すら知らぬというのはおかしいでしょう」



 一気に騒ぎ出す諸侯たち。

 賊などに一国を滅ぼせるわけがない。仮に一国を滅ぼせるだけの人数を抱えた賊であれば情報が漏れないわけがない。


 常識で考えればまったくもってその通りであり、だからこそ女王の言っている事を彼らは信じることが出来ない。

 その内、幾人かが女王へと詰め寄ろうとして、



「静まれぇぇぇいっ!!」


 ――ドンッ


 大気をも震わせそうな怒号と衝撃が詰め寄ろうとしていた諸侯の動きを止めた。

 騒いでいた諸侯も一様にして口をつぐむ。



「――失礼。しかし、女王陛下を前に諸侯がうろたえるだけというのは如何いかがなものかと思いまして」



 そう言って地面へと叩きつけた足をゆっくりと上げるのは騎士団長であるルクス・ガーランド。

 彼は女王陛下を守るかのように、その傍へと控えていた。



「――そう……ですな。ルクス殿の言う通りだとも。これしきの事で我々がうろたえてなんとする」


「……ですな。今はそのメテオレイゲンについて知るべきでしょう」



 ルクス・ガーランドの一喝によって場が静まり返る中、幾人かの諸侯が落ち着きを取り戻す。

 そうして、落ち着きを取り戻した諸侯は女王へと問いを投げる事にした。



「――女王陛下。失礼を承知でお尋ねしたい。そのメテオレイゲンという賊は本当に一国を落とす程の力を秘めているのですか?」


「はい」


「――なるほど。では女王陛下。そのメテオレイゲンという賊は一体どれだけの規模の兵を率いているのですか? 練度は? その目的は? そして――女王陛下はその情報を一体どこから聞きつけたと言うのでしょうか?」


「それは――」


 女王が問いに答えようとしたその時だった。


「それに……ついては……私から……説明……する」



 女王の後ろから一人の少女が現れた。

 デッドエンドとどこか似ている感じの黒の軍服を纏った少女。

 腰まで伸びる黒髪をたなびかせながら、少女は眼前に居る諸侯達を見渡し――


 その視線がデッドエンドを捉えたところで、ほんの少し見開かれる。


「……ん?」


「……んん?」


 視線を合わせる少女とデッドエンド。

 少女の方は「あれ?」とでも言わんばかりにデッドエンドを見つめながらその首を軽くひねる。

 かくいうデッドエンドの方もどこかで少女と会ったような気がしないでもなく――



「? イリアさん、どうかしましたか?」


「………………大丈夫。問題ない」



 そう言って女王にイリアと呼ばれた少女はデッドエンドから視線を逸らす。

 

 イリア。

 デッドエンドはその名を聞いてまたもや引っ掛かりを覚える。

 やはりどこかで聞いたことがあるような名前で――



「――げっ!?」



 そうして思い出す。

 そう――デッドエンドはその少女と会ったことがあった。


(イリア・ルージック……嘘だろおい!? なんであいつが共生国ここに居る!?)


 帝国軍第五将――イリア・ルージック。

 それはつまり、帝国内で五番目に強いとされている人物という事。

 その女が今、共生国のデッドエンドの目の前に現れたのだった――

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