第8話『星持ち』



「――落ちよ我が星。この身に宿りて地上にて輝きを示せ」



 ――瞬間。


 エイズの身体に白銀のオーラがまとわりつく。


 それだけではない。

 エイズを中心に一帯の温度が低下したのだ。

 彼が触れている地面などは薄く凍ってすらいた。



「――ちっ。星持ちか」

 


 その様子を見てデッドエンドは舌打ち交じりに呟いた。



 ――『星持ち』

 それは星の奇跡を起こせる者達の総称だ。


 あまり広くは知られていない事実だが、この世界では果てなく強い想いを抱いた者のみ星の声を聞くことが出来るのだ。

 そして、その者達は一時的にだが星の力をその身に宿すことが出来るという。



「――ほう。知っていたか。誰か星持ちに知り合いでも?」


 エイズはデッドエンドにそう問いをなげるが――


『――興味なし。速攻凍結』


 その問いそのものが無駄であるとその声は一刀両断した。

 女性の声だ。どこまでも冷め切った女の声。

 そんな声が、事もあろうかエイズの身から発せられていた。


「別に良いだろうメタニア。私が言うのもなんだが、貴公は少し無口すぎる。動きがあるからこそ停滞は美しい。そうは思わないか?」


『不明』


「これは手厳しい」



 正体不明の女(声のみ)と会話するエイズ。

 彼はその声の主の事をメタニアと呼んだ。


 メタニア。

 それこそが彼に宿りし星の声。


 エイズの身に宿りしは静寂・凍結の星であるメタニア。

 それこそが先ほどから響いている女性の声の正体だった。

 

「ハッ! 昔の知り合いに星持ちは確かに居たがなぁ。それ以前に俺は何度か星持ち相手にも勝ってるんだよ。その程度で勝ち誇ってんじゃねぇぞタコがぁっ!!」


「ふっ。それは怖い。では、胸を借りるつもりで挑ませてもらおうか」


『――暑苦しい。凍結要求』



 ――パキッ……ピキッ


 そう言ったエイズは放り投げた騎士剣の代わりに、新たな剣をその手に生み出した。

 それは氷によって出来た剣だ。


 通常、触れれば凍傷にかかるであろう低温の氷剣をエイズは何の躊躇ちゅうちょもなく手にする。


 そこでデッドエンドは理解する。

 エイズが自前の剣を持たず、わざわざ部下に騎士剣を借りていた訳を。

 自前の剣など不要。そもそも、エイズには騎士剣など不要だったのだ。


 なぜなら、剣など氷で生み出せばいいから。

 星の力によって生み出された氷剣は鉄で出来た並みの騎士剣などよりよっぽど頑丈なのだろうし、なにより何本でも使い捨てが出来る。


 そして、氷剣を手にした様子から察するにエイズは自身の氷による影響を一切受けないのだろう。

 となれば、通常の騎士剣など握る意味は欠片もない。



「では――行くぞ?」


『――凍結開始』





 先ほどまで受けに回っていたエイズがここで攻勢に回る。

 その剣技も先ほどとさして変わらない。

 しかし、動きに関してだけは星を降ろす前とは激変していた。



「ぐっ……この……鬱陶しいっ!!」



 デッドエンドは一気に苦境へと立たせられていた。

 それはエイズが生み出す氷に起因している。


 エイズは足元に氷を生み出す事により、滑るようにして移動を繰り返していたのだ。

 それだけならば特に問題もなかっただろう。単純にエイズの動きが総じて向上しただけ。

 だが、事はそう単純な問題ではなく――



「ちぃっ、足場がワリィ上にこの剣は――」



 そう。

 氷を生み出しているエイズにとっては凍った足場など何の問題にもならないが、デッドエンドにとってはそうではない。

 凍っている足場とそうでない足場。


 それにより、デッドエンドは思うように戦う事が出来なくなっていた。


 付け加えるならばエイズが生み出した氷の剣。

 デッドエンドはこの剣を先ほどの騎士剣の時と同じように拳で打ち払うなどしているのだが、剣に触れる度にデッドエンドは苦悶の表情を浮かべていた。


 ――なぜか?


 その答えはエイズの口から語られた。



「私の剣は触れる物を全て凍らせる。星を降ろした私の剣を全て弾くその手腕には心底脱帽するが、そのままでは手が使い物にならなくなるだろう」


『凍結。必定。破滅』



 エイズの言う通り、デッドエンドの拳はいたるところが白く覆われていた。

 それは言うまでもなく氷だ。


 拳と剣がぶつかり合うたび、一方的にデッドエンドだけがダメージを受けていた。


 ゆえに、形勢は圧倒的に不利。

 幸い、凍っているのは拳の一部だ。すぐに処置をすれば腐らずに済むだろうし、足は無事なのだから逃げ出す事だって出来るかもしれない。


 このまま戦いが長引けば逃げる事すらできなくなるし、手が完全に使い物にならなくなればデッドエンドに勝ち目など万に一つもない。

 しかし――



「――だからどうした?」



 それでもデッドエンドは退かない。

 いや、そもそも退くという事を考慮すらしていない。



「手が使い物にならなくなる? それがどうした。手が使えなくなれば足で。足が使えなくなれば頭で。それすら使えないと言うなら魂でもって俺はお前らを殺してやる」 



 なぜならば――



「オレはデッドエンドッ! 俺の守るべき民に手を出すてめぇらみたいな侵略者に終わりを与える民衆の矛だっ!!」



 それこそがデッドエンドの誓い。

 大切な民草が今日も明日も……未来を無事に過ごせるように。

 そのために害する敵を残らずぶち殺す。


「この程度の凍傷いたみ。無念の内に散った民草の無念を思えば痛くも痒くもねぇんだよぉっ!!」



 デッドエンドはそんな叫びをあげながらその拳を唸らせる。

 驚くべきことにその速度と威力はこれまで以上のものだった。


 拳が凍る。だから?

 地面が凍っていて移動しにくい。だから?

 相手が星持ち。そして自分は星持ちではない。だから?

 これほどの技量を持ち、なおかつ星持ちなどという敵を相手にしたことはない。敗北は必至。――――――だから?


 一切合切だからどうした?


 そうとでも言わんばかりにデッドエンドはその拳を振るった。



「――やはり貴公には輝く素質がありそうだ」



 エイズは迫る拳を見て淡々と呟く。

 余裕を持つなど不可能なはずの剛腕。

 それを前にしてエイズは――



「――なればこそだ。更に追い詰めさせてもらおう」





 そう告げるエイズの両手に氷の剣は現出した。

 無論、剣の数が一振りから二振りになったとて攻撃力や防御力が倍増する訳ではない。

 ないのだが、しかし――



「この……ぐっつぁぁぁぁぁ!?」


「ふっ――」



 ――パリィィィンッ



 強大なデッドエンドの一撃を防ぐという意味においてのみ、二振りの剣は十分エイズの役に立った。

 剣の大きさは調節できるのか、デッドエンドの一撃が剣へと届く頃には二振りの剣は大剣と呼ぶべき太さになっていた。

 そんな二振りの大剣を一撃で粉々にしたデッドエンドの手腕は驚異的というべきだろう。


 しかし、デッドエンドの一撃を防ぐ。そのためだけに氷の剣を作り出したエイズにとって氷の剣など惜しむものではない。

 その証拠に、彼の手には新たな氷剣が生み出されていた。



「づ……あぁ……」



 一方のデッドエンドはといえば悲惨な有様だった。

 攻めていたはずの彼だが、氷の大剣に振れたためかその拳が完全に白く覆われていた。

 もはや満足に拳を触れないであろうことは誰の目にも明らかだった。


 ――ゆえに、これにて決着。

 それなのに――



「――まだだ」



 それでもデッドエンドは諦めなかった。

 『まだだ』と自身を奮い立たせ、もはや握る事さえ叶わなくなった拳を構える。


 おそらくその拳が砕け散ってもデッドエンドは『まだだ』と言って立つのだろう。

 そこには絶対に諦めないという強い意志が宿っていた。



「まだだ。まだ。オレは――」



 その時だった――



『――気に入ったぞ』



 デッドエンドの脳裏にのみ、その声は響いた。


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