第7話『リ・レストル村の戦い-2』


「ふっとべクソ野郎がぁっ!!」


 デッドエンドとエイズの戦いが始まった瞬間。

 まずデッドエンドは人外じみた動きでエイズを自身の間合いの内へと入れた。


 デッドエンドにとっての武器は己の肉体。主にその拳だ。

 ゆえに、デッドエンドにとっての間合いは騎士剣を持つエイズの間合いでもある。


 しかし、デッドエンドの身体能力は馬より速く駆ける足を持つだけあって常人より遥かに優れている。その動きに付いてこられる者など世界にそう居ないだろう。

 少なくともデッドエンドはそう認識している。


 ゆえに、初撃の一撃で決着がついたとて何の不思議もない。


 躱されたとて問題ないだろう。

 なにせそれはあいさつ代わりとでもいうべき牽制の一撃だ。

 躱されたら躱されたで新たな手を考えるだけ。

 

 しかし――


 

 ――ギィンッ



「ほう――なかなかにやる」


「んなっ!?」



 デッドエンドから洩れる驚愕の声。

 それも無理ない事だろう。


 エイズはデッドエンドの拳を避けもせず、しかしその身に受ける事もなかった。

 なんと彼は自身の獲物であるその騎士剣でデッドエンドの拳を受け止めて見せたのだ。

 


「しかし、いささか舐め過ぎだなデッドエンドよ。生憎、私はこれに関しては少々自信があるのでね。そら――」



 そうしてエイズはデッドエンドの拳を跳ねのけ、その剣を振るった。



「ぐっ――おぉぉぉぉっ――」



 迫る騎士剣をその腹を蹴り上げる事で軌道をずらすデッドエンド。

 しかし、その剣閃は一筋ではない。

 一度、二度、三度とデッドエンドに休息すら取らせることなくあらゆる方向から襲ってくる騎士剣。


 それをデッドエンドは驚異的な動体視力でもって見切り、避けれるものは避け、不可能なものはあえて騎士剣へと拳や蹴りを叩きこんでその軌道をずらす。


 その様は、まるであらかじめ互いに決められた動きをする剣舞のようでもあった。

 しかし、両者にとってこれはそんな生易しいものではない。


 デッドエンドは狙いが少し狂えば自身の手足が斬り落とされる。


 エイズにしても気が抜けない。

 剣の軌道をずらされるだけならまだなんとでもなるが、デッドエンドの一撃を受け流すことなく剣の弱い所に叩きこまれれば確実に剣は折れる。ゆえに、それだけは避けるように剣を振るっていた。


 ――ゆえに、互角。

 初手から全力を出した二人はいきなり極限状態で戦うハメになり、一切の気のゆるみすら見せられない。


 どちらもかなりの使い手である。

 それを両者は嫌と言うほど理解した。


 だからこそ――デッドエンドは許せなかった。



「てめぇ……これだけの腕がありながら何の罪もない村の奴らを――」


「ああ、殺した。任務だったのでな。しかし、その甲斐あって貴公という原石に出会えたのは僥倖ぎょうこうだ。いやはや、先ほどの者達とは大違いだとも」


 憤るデッドエンドに対してエイズは冷淡だ。

 激しい戦いの最中だと言うのに顔色一つ変えないまま、ただ口を動かすだけ。感情をそのまま表に出すデッドエンドとは正反対だった。



「先ほどの者達だと?」


「ああ。確か共生国軍の……何だったか。ふっ、すまないな。貴公の登場があまりにも眩しかったのでね。もう記憶から消えてしまったようだ。そら、彼らだよ。通信役として役に立ってくれたエルフ。彼が属していた隊の者達の事だ」


共生国軍第五部隊あいつら……。そうだ、あいつらは……。てめぇっ! 俺の仲間たちをどうした!?」



 通信先でこの男。エイズは第5部隊の者達を拷問していると言っていた。

 無論、デッドエンドとしては到底許せる行為ではない。

 しかし、拷問という事はまだ生きているかもしれないという事でもあり。


 それはつまり、デッドエンドが『助けてやる』と言葉をかけた第5部隊通信役のエルフもまだ助けられるかもしれなくて。



「ああ、彼らか。彼らなら――そこだ」



 戦いの最中、エイズはデッドエンドから距離を取りその騎士剣の切っ先をとある場所へと向けた。

 その先をデッドエンドの視線が追うと――そこには軍服を纏った者達の見るも無残な姿があり。

 

 かくして。

 デッドエンドが戦友に向けて放った『助けてやる』という誓いは完全に潰えた。



「貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」



 再びデッドエンドはエイズめがけて拳を振るう。

 今度もエイズは事もなげにその拳を騎士剣で受け止め――



「くっ――」


 ――ズザザザッ



 先ほどとは違い、騎士剣でデッドエンドの拳を受けたエイズは大きく後ろに後退させられた。

 本人も先ほどまでのように無傷という訳にはいかなかったようで、その表情には初めて苦しげなものが浮かんでいた。



「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」


 それを知ってか知らずか、デッドエンドの猛攻は止まらない。

 その拳と蹴りは先ほどよりもキレを増しており、確実にエイズを追い詰めていた。



「先ほどより威力が増している? まさか……今まで本気ではなかったのか?」


「んなわけあるかぁっ!!」



 そう言ってデッドエンドは一際大きく踏み込み、エイズめがけて拳を振るう。

 それをギリギリの所で騎士剣にて受けるエイズ。

 吹き飛ぶエイズに向けて、デッドエンドは答える。



「俺が賊相手に手加減? んなもんするわけねぇだろうがっ。俺はいつだって本気マジだ。

 ――ただ、こちとら成長期なんでなぁっ。男の子の成長期舐めんじゃねぇぞぉっ!!」



 無茶苦茶な理論を振りかざすデッドエンド。

 しかし、事実であった。




 成長期云々は置いておくとしても、デッドエンドは今この瞬間に強くなっているのだ。

 決して隠していた力を開放したりだとか、手加減していたわけではない。

 ただ単純に本気で戦い、その間に強くなった。それだけだ。



 ――ピキッ



 そんな音が手元から鳴ったことで、エイズは手に持つ騎士剣を見る。

 そこには一筋の亀裂が入っていた。


 デッドエンドの拳を騎士剣で受ける時、出来るだけ力を逃がしていたエイズだが、先ほどの攻防で力を逃がしきれていなかったらしい。

 


「ふむ……」



 じっくりと自身の騎士剣に入った亀裂を見るエイズ。

 隙だらけだったが、デッドエンドは相手が強敵であるがゆえにその様子を静観する。

 そうして――



「驚いた。このままでは貴公の相手は出来そうにないか」



 あっさりと自身の敗北とも取れる言葉を吐くエイズ。

 しかも、それだけではない。


 ――ポイッ


「なっ――」


 エイズは亀裂が入っているとはいえ、自身が持つ唯一の騎士剣をその場に放り投げたのだ。



「てめぇ……どういうつもりだ?」



 武器を失ったエイズ。

 普通に考えればデッドエンドにとって絶好のチャンスだ。

 しかし、デッドエンドは動かない。



 こいつはまだ何かをするつもりだ。

 幾度もの戦場を越えたデッドエンドの本能が全力でそう叫んでいたのだ。

 ゆえに、迂闊うかつには動けない。



 そんなデッドエンドに対し、エイズはなんでもない様子でこう答えた。



「なに、大したことではない。このままでは貴公の輝きに沿えそうにないのでな。ゆえに――少々本気を出させてもらうぞ」



 そう言ってエイズは右手を前に突き出し――



「――落ちよ我が星。この身に宿りて地上にて輝きを示せ」



 そう口にするのだった――

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