第5話 シャルル王太子との面会

 天使ノートの地図を頼りにシャルル王太子の館へ向かって歩き続けると、豪勢な作りの城館が見えてきた。ベリー公ジャンは、教会や城の建築になみなみならぬ情熱を傾けたそうだ。フランス全土から、腕利きの職人を集めて作った美しい建築物がたくさん残されている。この城館もそのひとつなのだろう。


 アーチ型の門付近には警備兵がおり、王太子に面談したいことを伝える。しばらくすると鉄製の門扉が開かれ兵士が館まで案内してくれる。さらに門をひとつくぐると堀に橋がかかっており、橋の奥に塔に挟まれたさらにもうひとつの門があった。門の奥は花壇になっており右手に館の入り口が見えた。


 呼び鈴を鳴らしてやってきた使用人に自分たちの名前と、シャルル王太子に面談したいと告げると応接間に案内された。部屋は豪華な装飾を施されており、調度品も立派だった。


「ねえねえ、見てこれ、すごく高そう!」


 壁にかけられている巨大なタペストリー(室内装飾用の織物)を見てアイヒが声を上げた。確かにまるで絵画のようにカラフルな風景と美しい天使が描き出されている。かなり貴重な美術品なのだろう。


「本物の天使を見たら幻滅するだろうな」


「何か言った?」


 プッとほおをふくらませるアイヒを無視して俺は考えを巡らせた。シャルル王太子の経済状態はどうなのだろう?ブールジュの町やこの城館をみる限りはそれほどお金に困っていそうな感じはないのだが。1337年に始まったイングランドとの戦争、いわゆる百年戦争は1415年、アザンクールの戦いで後半戦が開始された。


 1415年8月11日、イングランド王ヘンリー5世が最初のフランス遠征に出発した。ノルマンディーに上陸したヘンリーは、9月22日、セーヌ川河口の重要拠点アルフールを陥落させた。カレーを目指して北上するイングランド軍とフランス軍は、10月25日、アザンクール城近くの平原で激突。兵の数で圧倒的優位に立っていたはずのフランス軍は、イングランド軍の弓兵が放つ大量の矢を重装備と地面のぬかるみによって交わすことができず次々と餌食えじきになった。戦いはイングランド軍の圧勝だった。イングランド軍の死者500名に対し、フランス軍の死者は6,000名に達したと言われている。


 それ以降、当時12歳だったシャルル王太子は苦難の道を歩んできた。1424年現在、パリは相変わらずブルゴーニュ派に占拠されているし、イングランド軍がいつ南下してくるかわからない。そんな状態だとお金はいくらあっても足らないはずだ。そこに付け入る隙があるのかもしれない。


 そんなことを考えていると、応接間にひと組の男女が入ってきた。男の方は俺と同じプールポワンという上着とタイツのようなズボンを履いている。肌にハリがあり若々しい。女の方もかなり若くしかも綺麗なのだが、またもやアイヒと同じ円錐形の帽子を被っている。この帽子むっちゃ流行っているのでは?


「おお、ルグラン殿、よく来てくれた。ひさしぶりだな」


「お久しぶりです。ルグラン様。よくおいでくださいました」


 かわるがわる歓迎の言葉を述べるふたりはシャルル王太子と、彼のきさき、マリー・タンジューだ。


「シャルル陛下、お妃さま、おひさしぶりです。この者は私の妻でアイヒヘルンと申します」


「お会いできて光栄です。陛下、お妃さま」


 俺が紹介するとアイヒはうやうやしく会釈をした。ふん、意外としっかりしてるな。


「では、こちらで座って話しましょう」


 王太子に促されて、4人でテーブルを囲んで座る。


「ルグラン殿、実は貴公に相談があってね」


 王太子は、口元に笑みを浮かべている。うっ、これは良くないことを企んでいるな。俺の直感が警鐘を鳴らす。


「何でしょう? 陛下」


「実は、このブールジュにスコットランドの援軍が駐留しておってね。バカン伯とダグラス伯が率いる約6,000の兵だ。このスコットランド軍と我らフランス軍合同で、ノルマンディーのイングランド軍を駆逐する計画を立てているのだ」


 ほら来た! この王太子の微笑みは悪い知らせなのだ。


「そ、それは頼もしいですね」


「いやいや、まだまだ兵力が不足しておって不安なのだ」


 王太子の表情から微笑みが消えた。


「……ルグラン殿も我が軍に加わってもらえないだろうか?」


 ぐっ、やはりそうきたか。ただの挨拶で済むわけがないとは思っていたが、これはヤバイ。なぜなら、この頼みを聞いて合同軍に加わり、のこのこノルマンディーへ行くとかなりの確率で死ぬからだ。1415年にフランス軍がボロ負けしたアザンクールの戦いになぞらえて第二のアザンクールと言われている、ヴェルヌイユの戦いに巻き込まれちまうだろう。


 横に座っているアイヒの方をチラッとみるが、事態の深刻さがわかっていないのかポカンとした表情を浮かべている。王太子の隣からはマリー妃がすがるような瞳を俺に向けている。正面の王太子はというと上目遣いで探るように俺を見ている。こいつらうぜええーっ!


 どうやって断る? 考えろ……考えるんだ。


「実は私も陛下にご相談がありましてね」


 俺はなるべく平静を装った声でゆっくりと話す。王太子は目を細めて怪訝な表情を浮かべた。


「ほう、何かな? ルグラン殿」


「陛下がフランス全土を手に入れるためには……もちろん勇敢な兵士が必要です。ですが、同じように潤沢な資金も必要ではありませんか?」


「潤沢な……資金……か」


 図星だったのだろう。王太子はうなるように言った。


「何か良い考えがあるのか? ルグラン殿」


 よし食いついた。投資銀行で磨いたセールストークが役に立ちそうだ。


「――テンプル騎士団ですよ」


 そう言って俺は王太子の反応を待つ。お願いだ、興味を持ってくれ!


「てんぷ……る?」


 王太子が首をひねる。まさか知らねーのかよ! あの有名なテンプル騎士団だぞ。騎士団といえばテンプルというぐらいメジャーだろ。いやそこまでじゃないか。


 ところで『秘密結社』と聞いて思い浮かべる名前は何だろう? おそらく多くの現代人が思い浮かべる名前が『フリーメイソンリー』だろう。全世界で300万人を超える会員数を誇る組織でその起源は中世ヨーロッパの石工職人組合だという。メンバーとされる著名人は、アーサー・コナン・ドイル、ジョージ・ワシントン、ナポレオン・ボナパルト、ベンジャミン・フランクリンなどそうそうたる顔ぶれだ。


 また、フリーメイソンリーにも勝るとも劣らない知名度を誇るのが『イルミナティ』だろう。1776年にイエズス会の修道士によって創設されたと言われる。トム・ハンクス主演で映画化された『天使と悪魔』(ダン・ブラウン原作)で一躍有名になった。どちらもその神秘性、秘匿性によって陰謀論のネタにされることが多く、世界の政治経済を陰で支配する闇の組織として語られることが多い。


 そして中世ヨーロッパの歴史上、最も有名と言っていい秘密結社が『テンプル騎士団』なのだ。正式名称は「キリストとソロモン神殿の貧しき戦友たち」という。1119年、北フランス、シャンパーニュ出身の貴族ユーグ・ドゥ・パイヤンにより創設。わずか9名の騎士で活動を開始、エルサレム巡礼のキリスト教徒保護を目的として活動していた。第二回十字軍以降、あの有名な白地に赤十字という紋章を付けるようになる。勇猛果敢な戦いぶりで名を馳せたテンプル騎士団には寄贈寄進の申し出が殺到し次第に肥大していった。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る