恋を絞め殺す

冷田かるぼ

強く絞めて



 待ち合わせ場所。小さくてかわいい噴水と、その側にある古めのベンチ。そこに座って、私は彼のことを待っていた。

 携帯の画面をちらちらと気にしつつ、落ち着かないまま周りを見渡す。


 まだ、彼は来てない。それらしい人もいない。

 そもそも、この公園は平日のこの時間は閑散としていて誰か来たらすぐ分かるような場所だ。待ち合わせにはある意味ぴったりだろう。


「やっほ、待った?」


 気だるそうな声がどこからか聞こえてくる。その方向を振り向くと、ああ、この人かと思った。


「ううん、全然」


決まりきった挨拶を交わして、私は改めて彼のことを視界に入れる。チャラチャラした金髪はパーマがかかっていて、真っ直ぐ立てないのかと言いたくなるほど斜めに構えている。

 それがかっこいいと思っているんだろうな。かわいそうに。


頭の中でちょっとだけ悪口を言いつつも、なんだかうっすらと彼のことが好きだった。携帯の中でのやりとりでは彼は優しい好青年だ。

 だからといって見た目まで期待してしまうのは良くないのかもしれないけれど。


そんなことを言う私は自分ができる最大限のおしゃれをしてきたつもりだ。

 あくまでも、つもり。だけど、彼の隣に立つとなぜだか全部無駄になるなあと思った。


「じゃあ、どこ行こうか」


 計画性がないなぁ、と思った。ネットを介せばこんな言葉ですらときめけるんだろう。でもこうして対面してしまうと無理だった。

 見た目も、中身も、なんだか薄っぺらくて嫌だ。だけどまだ彼のことが好きなのかもしれない、なんて考えると心のどこかでそわそわとしたものがうずく。


「えぇ、どうしよっか」


 そんな風に無難に返す。会話をするのも面倒になってきた。


「じゃあ普段行かないとことか行っとく?」


 そう言っては、彼は先に先にと歩いていった。たぶん、この人モテない。若干上がっていない足を眺めつつ、私はこの人のどこが好きなんだろうかと考えていた。

 答えは出なかった。




「でさ、おかしくね? って思ったわけよ?」


 毎回語尾が上がるイントネーションだとか、そこから止まらなくなった自慢話だとか、正直うんざりしてきた。

 ため息が出そうなのを必死に押し込める。それでもつまらないと思っているのはバレてしまったんだろうか。彼が私を見た。


「どした」


 心配だとかそういうのじゃなくて、自分の話を聞いているのかという確認。圧力だ。やっぱりよく分からない。

 ネットだと優しく見えるのに、なんて思いながら私は抑えようのない衝動に身を焼かれていた。


 目を合わせるたびに考えてしまう。今私がこの欲を行動に移したらどうなってしまうのかって。想像するたびに湧き上がるものがあって、私はいつも耐えられなくなってしまう。


「ごめ……」


 口元を押さえ、その場にしゃがみ込む。幸い人通りの少ない道路だったから、誰も私の、私達のことは見てない。


「ちょっとそっち行こっか」


 そんなことを言って腰に手を回してくる。拒む元気もない。そのまま私は狭い路地裏に連れ込まれた。


「あのさ」


 彼の口が開かれる。その後に続く自分本意の言葉たちは頭の中をすり抜けていった。


 電話で何度も聞いた、低くてだるそうな彼の声。その声に応えるように私は気がつけば手を伸ばしていて……指先がそっと彼の首に触れた。

 その目が見開かれる。ぞくぞくした。彼の生命は私のこの手に握られているんだ。それだけの事実が私をひどく高揚させた。




 そこからの記憶はない。 


 正気を取り戻すと。彼の首筋にはっきりと残る手形。


 気がつけば彼にはもう、意識はなかった。揺さぶる。反応はない。首ががくんがくんと揺れるだけだ。そんな状況なのに、私はなぜか満足している。心がいっぱいになっていく。


 お喋りだった彼よりもこうして物言わぬ人形のように息絶えている彼の方が、私にはもっと魅力的に見えた。

 どうしてだろう。好きだと思っていたはずなのに。どうして彼が死んでこんなに嬉しく思うんだろう。


 考えても答えは出ない。じわじわと熱を失っていく彼の身体を手放し、震える手でいつもの番号に電話を掛ける。




「もしもし、……また、処理おねがいします」




 私の手のひらにこもった熱は、まだ冷めそうにはない。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

恋を絞め殺す 冷田かるぼ @meimumei

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ