第213番個体の記録――任務開始から200年

「それで」


 32は厳重に縛られたメリナの前で言った。目には侮蔑と嫌悪を携えており、明らかに軽蔑しているのが見て取れた。右足は機械の義足によって支えられている。冬眠中に幾度も切断と接着を繰り返したことにより、上手く再生できなくなったと聞いた。

「美味しかったですか?」

 答えたかったが口もしっかりとダクトテープで固定されていたために、うめき声しか言えなかった。彼女は散々じらした後、テープを無理やり剥がした。皮膚が切れていたかった。

「まあ…それなりに」

「そうですか」

 32は拳を振り上げた。しかし、少し考えた後、ため息を飲み込んで、また下ろし、テープを張りなおした。そしてぽつりと語りだす。

「ロボットにとって罰とは何なんでしょうね」

 これはメリナ問いかけたわけでないことはわかった。返事も待たずに、続ける。

「ロボットに与える人権。これは間違いだったと言えるかもしれませんが、そう気が付いたときにはもう手遅れであり、剥奪を不可能とする領域でした。『ロボット自体に「意識」というものはない。しかしロボットが笑えば人は嬉しくなり、ロボットが傷つけば、人は悲しくなる。ロボットにとっての心とは人と触れ合った部分にこそ存在する』素晴らしい言葉ですね。しかし自由に行動できるロボットを罰するときにこの考え方は揺らぎを持ち始めます。罰とは苦痛を目的とするものもまります。しかし意識の存在しないロボットの苦痛に人々は虚無を感じ始めたので。『ロボットが笑顔なら私もうれしい』というポジティブな意味であれば受け入れられても、『ロボットが罰として苦痛を受けているので清々する』というネガティブな認識はそこまで受け入れられませんでした。それこそ「ロボットが苦痛だとこっちも苦痛だ」という何故罰を受けている側ではなく、こちら側が苦痛にならなければならないかと言う意見さえありました。痛みを感じる器官を作っても、実際は痛がっているという情報を周りに振る舞っているだけです。改心を求めるのであればプログラムを書き換えればいい。

 それこそ死刑を求めるのであれば消去すればいいのですが、やはり死刑と言うものには『罪を犯した者がこれ以上この世界にいないほうがいい』という意味以上の認識を人々は持っており、スクラップにするだけというのは非常に味気なさを感じるようでした。そして死刑以上の刑罰を求めるのなら……ただ罰のためにロボットに死以上の苦痛を与えるということ自体を目的とすることはありませんでした。意味がないからです。

 そこで出されたのが、罰自体を一番の目的としないことです。つまりは実験として使用する。危険な任務に就かせる。痛みはあくまで副次的なものであるという建前です。

 それが今行われていることですよ。

 人はもう人とそっくりの血が出て内臓を持っているロボットを作り、そしてそれをロボットとは呼ばなくなりましたが、量子学的見解から人工的に意識を作ることはできませんでした。ですから意識を魂になぞらえて「魂人、非魂人」と分けるようになったのです」

 メリナは首を傾げて話を聞いている。

「ですから、私はあなたをどう罰するべきか迷っています。本来なら処分となりますが正直しでかしたことに対して軽すぎます。私個人にしたことなら極刑で済ませられますが……多くの囚人を先導し食人趣味を植え付け、国家というレベルまで膨れあがらせた。数年前に隣の冬眠中だったコミュニティに侵入し、数か月かけて根こそぎ食らいつくした事件は記憶に新しいものです。あなたのオリジナルも似たことをしましたね」

 それに対してはメリナは言いたいことがあった。ダクトテープの内側から口をもごもごと動かしてうなり声をあげた。

 32はそれを察して、また無理やり外してきた。「弁明が?」

「ほかのコミュニティを食らいつくしたことは知らない!」

「あなたが冬眠中に起こったことです。知らなかったからと言って罪がないわけではないです」

「それと! 本来我々は危険思想を振りまくためにこの列車に来たのでは!?」

「確かに」

 32はダクトテープに唾液がついていたことに気が付いたのか、汚らしそうに顔をしかめた。「あなたは模倣子爆弾、爆弾となりてミームを伝達する存在。しかしながら今回は誤爆でした。何故なら我々はこの船を終わらせるためにやってきましたが、虐殺だと認定されることは第一に避けなくてはならないのです。あくまで囚人たちが自主的に崩壊することを選ばさねばならないのです。だからダメです。まだ殺害可能人数の一割を超えてはいませんが、かなりのペナルティを払うことを余儀なくされました」

 メリナはまだ何か言おうとしたが、頭に口が追い付かず、言葉にできなかった。

「でも……でも……私はまだやれる! だから……拷問はやめて……! 私だってあなたに痛みは与えなかったでしょう」

「リハビリすごく痛かったです。義足つけてガッシャンで終わりじゃないんですよ」

「でも……やられたことほど怒ってないし……」

「はあ?」

 32が少し声のトーンを挙げた。メリナはその迫力に押され、黙り込む。

「お前今私が怒ってないって言ったか? 言ったんですか? 怒る云々の話じゃもう既にないのに? 今、怒ってるかどうかで物事を判断したんですか。カスが。いや怒ったら陳腐な話になるじゃないですか。だから怒ってないですよ。馬鹿が。私は冷静ですよ大体替自分の体を食べられて怒るって何ですか? 大抵は湧き上がるのは恐怖か憎悪の二択ですよ。だから」

 32はせき込むように言った後、スンと冷静さを取り戻し、言葉を選ぶように口を反芻した後、口を開いた。

「拷問は意味がないし、実験はあなたを生かしていると問題が起こりそうです。だから処分だけにしておきます」

「あ……」

 メリナはそこでこれ以上は罰が軽くならないことを察した。だからこれ以上言うことは悪手であると考え、黙り込んだ。

 そしてしでかしたことの割には怒られなかったのでほっとして目をつむったのだった。

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