第13番個体の記録――任務開始地点

 この星系のアストロベルトには比較的大きな小惑星がいくつか存在しており、互いの重力に引かれて不規則な動きをしている。またそれを取り巻く衛星となっている残骸が侵入を拒んでいた。

 いくつかのドローンを先行させて、安全なルートを調べる。しかし三つ以上の同サイズの天体が互いに影響しあっている時、動きを計算するのは非常に難しい。一回成功したからと言って再現性があるわけではない。だから何度も先行させ、慎重に道筋を決める必要があった。やがて一つ目の小惑星に辿り着く。無言のままに、メリナはドローンを操作する。そして二つ目の小惑星へと近づき、そこもまた安全だと確認すると、次の小惑星へと向かう。この繰り返しである。気の遠くなる工程を一つ一つ進め、ようやくメリナの乗る宇宙船は目的地への目途を立てることが出来た。

 その小惑星は球の赤道地区に二つの直方体の巨大な建物をつけてバランスをとっている形をしている。デブリや隕石をある程度華麗にかわしており推進装置が付いているようだ。着陸許可が出たので周りの重力、慣性、コリオリの力、その他を踏まえて計算し、何とか侵入することが出来た。

「何者だ?」

突然通信が入り、メリナは慌ててホログラムを出した。そこに映っているのは、白衣を着た、中年の女であった。顔には無数の傷跡があり、歴戦の戦士を思わせる風貌である。女はメリナの顔を見ると、驚いた顔をしたがすぐに表情を引き締めると、「私はこの小惑星を預かっている管理者だ。貴様囚人コード遺伝子を付けた無魂人だな。何者だ」と言った。

「お初にお目にかかります。私の名前はメリナ・13・レプオルモです。この度ムテチ・3・モレ様より刑期を買い取られたことにより、こちらで懲役を行うと聞いているのですが……」

「ふむ……」

彼女は何かを考え込むような仕草をした。「残念ながらムテチ・3・モレは昨年死亡した。私は後任のムテチ・5・モレだ」

「それでも……話を聞いてもらえないでしょうか。先代にはすでに約束を取り付けてあるので」

「……わかった。先代の後始末はすでに終えたはずだったが、見残しがあったようだ。直接会って話をしよう」

 そういうと、通信は切れた。メリナはほっとした気持ちになる。メリナに組み込まれた囚人遺伝子は、懲役を行うことで刑期の数字を減らしていく。これはクローンにも受け継がれるので、仕事が決まるなら早めにやったほうがいいのだ。

 地面が下がり、地下へと自動で移動していく。エアロックで空気の濃度を調整してようやく船外へ出た。係員と思われる人間が案内してくる。ボディチェックはすでにセンサーで済ませているようだった。

 長い廊下を歩くと前面が半透明の通路に出た。どうやら地下都市が広がっているようで、通路からそれを見下ろせた。グラビトンによる人口重力が働いており、自動計測によると0.9G(旧地球単位)と出た。案内人のほかにも時々人とすれ違う。そして皆が同じ顔をしていた。

(やはり自分のクローンだけでコミュニティを作っているというのは本当のようだ)

 クローンの集団はある種の感染で全滅するという問題はすでに遺伝子を少しいじるだけで解決していた。そこまでするのであれば顔を後から変えるというコミュニティが多かったが、こうも同じ顔ばかり並べているのはなかなかの不気味さがある。

 やがてドアが開くとそこには広大な空間が広がっていた。その中央にぽつんと一つだけ椅子が置かれていた。そしてそこに一人の女が座っている。先ほどホログラムで見た通りの姿だ。無防備に見えるが警備システムは常に作動しているようだった。

 メリナはゆっくりと近づく。

「はじめまして。今日は先代からの依頼で来ました」

「……話は聞こう」

女はそう言うと立ち上がり、こちらへやってきた。「君が来るまでの間に先代の情報を漁ったが、残っていたものが少なくてね」

「先代はどうしてお亡くなりに?」

「クローン市民に対しての圧政が過ぎてね。革命により処刑されることとなった」

「それは何といえばいいか」

 圧政がなくなったのは表面的に言えばいいことかもしれないが、倫理観の危ういことをしていたからこその契約をしていたのだった。だからまともになったのだとしたら約束は反故になる可能性が高い。しかしそれを正直に伝えるわけにもいかない。

「まあ、今更気にすることでもない。それで君は何をする予定だったんだ? 一応話は聞く」

「無魂人監獄へのスパイ活動です。それに対する人材として送り込まれる予定でした」

「なるほど。……今調べたが、我が国のかつての植民地国の監獄だな。すでに植民地ではないのだが、管理権だけ残ってる。どさくさに紛れて面倒ごとを押し付けられていたということか……確かに何とかしておきたいことだ」

 ムテチ・5・モレはあたりを歩き始める。わざと足音を立てて、こちらの緊張感を刺激してきた。

「それはどれくらいの期間だ?」

 メリナは息をのむ。もう少し湾曲的なやり取りをして相手の倫理レベルを図ってからその質問には答えたかった。しかし相手方は有無を言わさない口調だった。おそらくこちらの意図は読まれている。観念して重い息を吐き出すように言う。

「最低でも数百年は……」

「ふむ……私のコミュニティの住民の寿命の平均は150年程度だ。その任務に就くには代替わりも必要だろう。つまり数人の人生を捧げる予定だったと?」

「そう、かもしれません」

「……確かに先代の社会的倫理感は酷かった。下位のクローンに人権と言うものはほとんどなく、過酷な場所へと派遣されることがほとんどだった。だから革命が起きた」

「はい、そのようですね……」

「それで?」

 メリナの体が反応する。ほぼ断られる流れだが、ここからさらに説明を続けろというのだろうか。嗜虐趣味なのだろうか。

 喉を絞り何とか次の言葉を継げる。

「それは、私は模倣子爆弾なんです……それで監視役が反永続的に付き添うと」

「それはあれか? 反出生主義を広めて全滅を狙うという奴か?」

 メリナは思わずせき込む。

「ち、違います! 反出生主義者は摸倣子爆弾ではありません! なんてこと言うんですか」

「過去そのような試みが実行されたと聞いたが?」

「あれは絶滅主義者です」

「名前が変わっただけとは違うのか」

「ち、違います」

 しかし何が違うのか説明するのは難しい。確かにかつて反出生主義を実行して国民の同意の元ゆっくりと人口を平和的に0にした国家は存在した。しかしながら陰謀論がはびこり『敵対していた他国が反出生主義を広めた』という考えが広まったのだ。他の反出生主義者への差別的な風当たりが強くなった。それに対して人権団体が何とか差別を和らげようとして、かなりの時間をかけて活動を行った。

 反出生主義者をミームボムとして使うのは人権侵害的な行動として定着したことは皮肉的ではあるが、その代用として『絶滅主義者』という似たような明らかに危険思想であれば底辺の外道ではないとされるようにになったのも中々の出来事だ。

 というわけで、社交性がよく、思想を広めるのが上手くて、数百年単位で任務に就いてくれる人材のことを、その情報を拡散することの速さから模倣子爆弾と呼ばれるようになった。

「いかにもな先代がやりそうなやり方だ」

 ムテチは言った。

「はい……」

「残念ながら、そのやり方は我々も受け継いでいるようだ」

「……?」

 少し考えてメリナは思わず声を上げそうになる。話の流れが変わったようだ。「つまり?」

「話の続きを聞くと言ったんだ。まだ請け負うとは言っていない。ただしやってもらうのであれば一つ条件がある」

 メリナはつばを飲み込んで、次の言葉を待った。死活問題だが『なんでもします!』とがっつくほど迂闊ではない。ムテチはしばらく思案した後、言葉を発する。

「監視員は一人とし、そいつをお前の上司とする。魂人だそして必ず生きて返すこと」

 メリナはその条件の難しさを噛み締めた。それでも『無茶です!』とは言わず、出来るか出来ないかのシミュレーションを行った。そして結果を見て、重々しくうなずいたのだった。


 結論から言うと、ムテチは作戦を実行することとなった。結局のところ彼女のコミュニニティも綺麗ごとだけではやっていけないという事だろうか。

 そこで現れたのが一人の女性だった。予想通り、リーダーと似た顔をしており、背は低い。若い、と言うよりは幼いと言ってよく、少女と形容できるほどの顔だった。生きて返すのなら確かに若ければ若いほどいい。しかし貴重な時間を最低でも少年期から青年期の間捧げることにはなる。どういった倫理構造で彼女を指名したのかはかなり謎だった。しかしそれは向こうの事情だ。

「えっと、よろしくお願いします。ムテチ、さん?」

 メリナは頭を下げようとしたが、目の前の少女――ムテチ・32・モレに止められる。

「ムテチの名前はオリジナルを祖とします。私ごときが呼ばれるのはおこがましいです。32とお呼びください」

「……わかった」

 そしてどうやら面倒なルールがあるようだった。


 メリナはしばらくの間小惑星に滞在したのち、32番目と共に出発することとなった。そして宇宙船内で既にムテチ・5に説明した内容をまたかみ砕いてまとめる。

 空中にホログラムを投射する。そこには直方体の物体がいくつも連結されていた。

「これは、列車に見えますね。わたしたちが住む小惑星にもあります」

「ええ。でもこれは何百キロもの長さにもなるの。通称銀河横断囚人護送列車」

「銀河横断囚人護送列車……」

 銀河横断囚人搬送列車――監獄コロニーは囚人たちが実験体として社会を作っている巨大宇宙船だった。列車のようにコロニーが隔たれており、個々の『車両』で様々な思想の社会が作られている。最終目的としては星移動間で培った文明を移住可能惑星に下ろしたらどうなるか、というのが実験の内容だった。何光年も先の星系に向けて何百年もの間生活するのである。

 しかし問題がある。この四百年で宇宙船の重力子エンジンが急速に発達し、銀河横断囚人護送列車は星間飛行用の船としてはかなり遅い方となってしまったのだ。            

 グラビトンエンジンは推進だけでなく、船内の重力や循環システムまで担っているため取り換えるとなると、船ごと交換したほうが早いという話になる。そうならないためにも列車には自動進化AIにより、システムがハード面とソフト面両方で自動的にアップデートする予定ではあった。しかしそのアップデートと言うのは囚人たちの文化レベルに合わせてされるのだが、思ったより発展しなかったために今の結果になったのだった。

 そんな鈍足な実験の観測を行う予算が尽きたのか数千年後をめどに取り潰しとなった。放っておくというわけにはいかないのは、囚人たちが文明を加速させ反逆してこないかという観測する予算すらなくなったからだ。


「それもまた実験の結果なのではないですか? 遅いのもまた結果で辛抱強く待てばいいのでは?」

「そうだね。でも上はそうは思わなかったみたい」

「だから囚人たちには全滅してもらうと」

「宇宙法で虐殺は遺伝子レベルで禁止されている。だから数百年かけて、ごく自然に自分から消滅する思想を混ぜ込むの。騙して、そそのかして、時には殺して……。殺害は400年につき一割程度までは許されてるけど」

「ひどい話ですね」

「そうだね」

 囚人たちは確かに数回死刑になる程度の罪を重ねているが、実験に参加させて失敗したから全滅させるというのは身勝手が過ぎる。

 ……と、憤っても辞めるつもりがあるならそもそもここまでは来ていない。自分はあくまで任務を遂行するだけだと、メリナは自嘲した。

「それで」と小さな上司を眺めながらメリナは尋ねる。「だったら止める?」

 32は首を傾げた。

「まさか、確認しただけです」

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