駅舎前の広場

東京駅、丸の内駅前広場。

その名の通り、丸の内駅舎の前に広がる広場である。


赤レンガが目を引く丸の内駅舎はいわゆる「レトロ」な外観をしており、都会の中心で堂々と異彩を放っている。


お土産のパッケージに描かれていたり、ニュース番組の映像に登場したりするので、丸の内駅舎の姿は広く知られていると思う。

「東京駅」と聞いて、あの駅舎を思い出す人も多いのではないだろうか。


わたしにとって丸の内駅前広場は、東京の中で一番好きな場所だ。



東京駅の自由通路を抜けて、八重洲側から丸の内側へと移動する。

ドーム天井の下を通って外に出ると、先ほどまで混雑した駅構内にいたのが嘘のように、広く開けた空間に出迎えられる。


数段のステップを降りて体の向きを変えると、丸の内駅舎よりも先に、高層ビルの姿がまず目に入る。

空まで届きそうなビルの姿は昼間でも圧巻だが、夜に見ると余計に圧倒される。


夜、丸の内駅前広場は結構暗い。

暗い広場に立ってビルを眺めると、ビルは「異常」なほど明るく見える。

無数の窓から放たれる、白く眩い光。

窓の明かりは目を引くというより、まさに目を奪う。


そして、ビルの形状によるものなのだろうか。

どことなく、強烈な光を放つビルの表面がように見えるのだ。


夜の薄暗闇の中で、眩い光を放ちながらうねる高層ビル。


高層ビルという現実的で現代的な建築物なのに、やけに幻想的に見える。

広場から見上げていると、自分のいる位置がぐんぐん低くなっていくような感覚を覚える。

深海か、あるいは異界に落ちていくような錯覚に陥るのだ。


なんだか怖くなって、スッと目を逸らす。

そして広場の中心近くに立ち、駅舎の方へ体を向ける。

幻想的で威圧的な高層ビルの後に丸の内駅舎を見ると、ホッとする。

丸の内駅舎は、安心感を与えてくれる。


ビルの強烈な明かりに比べて、駅舎の明かりはずっと控えめだ。

ぼんやりと、仄かにライトアップされている。


視界に収まりきらないくらい横に長いが、周りの建物に比べると駅舎の背はあまり高くない。

威圧的な高層ビルに囲まれながらも、負けることなく凛と佇み、優雅で気品のある姿を見せつけている。


そんな駅舎を背景に、たくさんの人が写真を撮っている。


家族で東京駅を訪れた人。友達と訪れた人。

東京駅で久しぶりに知人と再会した人。

これから誰かを送り出す人。誰かに送り出される人。

単純に、東京駅の前を通りがかって足を止めたという人もいる。


夜の駅前広場のあちこちで、撮影会が行われている。

撮影の邪魔になりたくないが、誰のカメラにも写らないようにするのは難しい。

一つのカメラの射程範囲を避けても、別のカメラの射程範囲に入ってしまう。


写真に入らないように広場を通り抜ける──そういうミニゲームがあったら面白そうだ、なんてくだらないことを考える。


まあ、行き交う人の姿も背景の一つだと見なしてくれるだろう。

身を縮こませ、そそくさとその場を通り過ぎる。


広場の端で振り返り、全体を見渡す。

等間隔で並ぶ街灯と、ぼんやりと明るい丸の内駅舎。

広場の中は暗く、人の顔はよく見えない。

こちらを見下ろすのは、強烈に明るい高層ビル。


夜の丸の内駅前広場は、不思議な空間だ。


ここに来ると、少しだけいつもと違う気持ちになれる。

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