星の海、幽玄の君と最終戦争

軽盲 試奏

1

 最後まで伝えられなかったけれど、僕は君が好きだった。



 上官からの呼び出しだった。普段なら適当な理由で拒否していたのだが、今回は違った。


 基地内で最も大きい部屋の扉を軽くノックして、返事を確認してから開く。

「失礼します」

 部屋の壁の半分が窓となっているこの部屋からは多くの星々を確認することができる。とても美しい景色を見ながら職務にあたる気分はどんなものなのだろうか。この部屋に入ったのは、今回で二回目だ。

 俺に背を向け、窓側を見たままで上官は口を開いた。

「やあ、こんにちは。こうやって話すのは初めてだね、クサナギ少佐」

「そうですね」

 何の要件ですか、とは訊かなかった。訊く必要が無かったわけではない。現に呼び出しの理由が何か、俺は分かっていなかった。ただ、俺はこの人とできるだけ長く話がしたかったのだ。

「この部屋、宙が良く見渡せるよな。いいデザインだと思わない?」

「そうですね、とても良い」

 俺がこう返すと、上官はしばらく言葉を継がなかった。直前の返答が気に障ってしまったのか?と不安になりはじめたとき、上官が再び口を開いた。

「君は今まで上官の呼び出しには数回しか応じなかったようだけど」

 わざわざこの人が俺なんかの情報を何故誰かに訊いたのだろう、と不思議な気持ちになったが、頷いて続きを促す。上官は窓に映った俺を見ながら話しかけているのだろう。

「私の呼び出しに応じてくれたから、この部屋に入りたいのかと思ったんだ」

 なるほど、そういうことか。

「申し訳ございません。確かにこの部屋も凄いものだと思うのですが」

 上官は未だにこちらを向かないまま俺の言葉を自分の言葉で遮る。

「戦争の方が興味があるか」

「はい」


 南北戦争。歴史上では名前を聞いたりするものであるが、今起こっている戦争は今までとは規模が違った。

 五年前、地球の人間は南北に分裂した。原因は宗教だの食料だの土地だのと言われているが、そんなのは名目に過ぎない。結局は「上」の人たちの醜い支配欲が具現化したものが戦争なのだろう。

 その昔発展途上国と呼ばれていた国も、ほとんどが世界水準の技術力を持つ時代になっていた。戦争が始まった直後は、俺も属している北方連合の方がずっと優勢だと思われていたのだが、実際そんなことは無かった。そんなこんなで戦いは結局五年も続いている。

 そして、戦争にはルールがあった。北方連合も南方連合も一つの国家レベルの軍事力を大きく超え、地球で戦いあったら地球上のほとんど全ての生命が死滅することは自明だった。そんな理由で、戦争は「宇宙空間限定」で行われることとなった。母星を離れた、地上に兵器などの影響が出ない宇宙空間が、俺たちの戦場だった。

 そのルールあまさに「上」の人間にとって好都合なものだった。戦うのは軍事兵器に乗った兵士のみ。つまり、彼らに危機が及ぶことはないのである。戦争が終わらない限りは、永遠に。

 宇宙空間を赤道を直線状に伸ばすことで分割し、常に地球に合わせて移動しながら俺たちはそこで戦う。駆り出された兵士は両軍ともに年間約数百万人。そのうちでも、戦いの主力となる戦闘機や宇宙戦闘用のロボットに乗るのは一万人程度だった。「人間を一人育て上げる」コストよりも「戦争に勝つ兵器」のコストの方が高いのだ。それは普通に考えても、当然のことだった。多くの人間は格安で作られた特攻兵器に乗せられ、無意味に敵陣に突っ込まされて撃墜されていた。あっちの軍もそうだった。ようは撃墜ようの追尾弾を使わせる方が特攻兵器よりも相手に損傷を負わせられるとか、そんな理由で顔も知らない部下を何人も殺す命令を出さなければならなかった。


「私の機体を詳しく見たいとか?」

 上官のロボットは軍が現在五体しか所有していない、最高技術の結晶だった。

「それもありますが」そういうと上官は少し笑って

「戦い方に興味があると?」と聞き返す。

「はい」

 全く思っていないが、そう答えると上官は初めて俺の方を向いた。長い金髪に、綺麗な碧眼の美しい姿だった。

「そっか。分かった」

 それから、俺と上官は数十分ほど話した。

 上官である彼女、アリスの階級は全軍副司令官補佐中将という、実際に戦地で戦う人間の中では最も高い階級であった。

 そして彼女は、俺が知る中で最も強い兵士だった。

 彼女は俺が部屋を出る時にこう言った。

「私は正直、この戦争で負けてもいいと思っているんだ」

「どういう意味ですか」

「私はヒーローが欲しいんだよ。それが敵であってもカタストロフィとか呼ばれていても構わないんだ」

「戦争を終わらせたい、と?」

「……私の言葉はそう伝わってしまうのか」

 上官は続けた。

「難しいな。かみ砕いて言うとこんな感じかな?」


 そのあと彼女が言った言葉を聞いて、俺は悲しくなった。どうしてなのかは分かり切っていた。どうしようもなく、悲しかった。

*

五日後、俺の耳に上官の訃報が届いた。享年二十一歳だった。

*

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