【ショートショート】嘘だらけのクリスマスイブ【2,000字以内】

石矢天

嘘だらけのクリスマスイブ


 今日、ピアスを買った。

 僕から愛する彼女へのプレゼントだ。


 天気予報では、今夜は雪が降るらしい。

 もうすぐ彼女との待ち合わせの時間だ。


 彼女と合流したら、人気のテーマパークで一緒に夜のパレードを見る。


 パレードの光の中でピアスを渡したら、つぎはディナーだ。近くのホテルにあるスカイレストランを予約してある。もちろん部屋も。


 想像すると笑みがこぼれる。


 ヴーン、ヴーン。

 コートでスマホが震えた。彼女になにかあったのだろうか。


 急いでスマホを取り出した僕は画面に表示された着信を見る。


 


 一気に気持ちが盛り下がった。

 僕はハァとため息をついて、電話に出た。


「どうしたんだい?」

「お仕事中にごめんなさい。……やっぱり今日は帰ってきてもらえない?」

「今日は泊まりになるって言ったじゃないか。急に言われても困るよ。……一応、聞いてはみるけど」

「そうよね……。ワガママ言ってごめんなさい」

「仕事だからさ。ごめんよ。それじゃ」


 ツー、ツー、ツー。

 やれやれ。困ったものだ。



「ごめん! お待たせっ!」


 僕がスマホをコートにしまうのと同じタイミングで彼女が現れた。


 息を切らしながら、小走りで寄ってくる。

 なんて愛らしいことだろうか。


「僕もいま着いたところ。さぁ、行こうか」


 僕たちは手を繋いでテーマパークへと入っていく。


 お化け屋敷も、ジェットコースターも、メリーゴーランドでさえも、カップル達で大行列。


 流石はクリスマスイブ。

 でも僕は彼女とふたりで過ごす時間さえあれば幸せだった。


 ヴーン、ヴーン。

 コートでスマホが震えた。


 着信はもちろん、妻からだ。

 彼女の前で出るわけにはいかない。


「ちょっと待ってて。ポップコーンを買ってくる」

「え? じゃあ私も一緒に」

「大丈夫、すぐだから。少し休んでいてよ」


 少しヒールのある靴を履いている彼女をベンチへと誘導し、僕はポップコーンの行列に並んだ。


 そしてスマホの着信に出る。


「はい」

「ねぇ、どうだった? 帰れそう?」

「ごめんよ。やっぱりダメだったよ」

「そうなの……」


 妻は残念そうにつぶやいた。

 そして少し間をあけて僕に訊く。


「ねぇ、そこはどこ?」


 僕の心臓がドクンッと跳ねた。

 なぜ……。なぜ、そんなことを訊くんだ。


「会社だよ。屋上だけどね」


 僕はウソをつく。


「そう……。風の音がうるさいのは屋上だからなのね」

「あ、ああ。そういうことか。そうだね、屋上だから風は少し強いかもしれない」

「なんだか賑やかな音も聞こえるけど……」

「近くでイベントをやっているみたいだ。クリスマスイブだしね……、あぁ、部長に呼ばれちゃった。それじゃ」


 ポップコーンの順番が回ってくる。

 僕は急いでスマホを切ると、笑顔を貼り付けたような店員からポップコーンを買った。


 貴重な彼女とふたりで過ごす時間をジャマする妻にイラ立つ気持ちを抑え、彼女のもとへと走った。


「お待たせ」「ありがとう」そんな会話を挟んで、僕たちは腕を組んで歩きだす。


 さあ、つぎはパレードだ。

 気を取り直して、パレードのベターポジションを探した。


 ツワモノたちは何時間も前から最前列で場所取りをしている。僕たちが狙うべきは、列の少し後ろ側。


 できれば前にいる人の座高が低いほうが良い。

 もしくは身体の小さな女性。


 ともかく、こちらの視界をなるべく妨げられないポジションを探す。


「ここなんかどうかな?」

「うん。いいと思う」


 僕たちは地面へと腰をおろした。狭いからコート越しに身体が密着する。


 ポケットに入れたピアスの箱を撫でる。年甲斐もなく、胸がドキドキした。



 ヴーン、ヴーン。

 コートでスマホが震えた。


 またか、と僕はげんなりする。

 

「スマホ、鳴ってるよ?」


 密着しているから、彼女に気づかれてしまった。


「会社からみたいだ」

「大変じゃない。私のことは気にしないで、電話してきなよ」

「ありがとう、ごめんね」


 僕はポップコーンを彼女に預けると、スマホを持って立ち上がる。


 その瞬間、背中が火傷したように熱くなった。


「隣にいるひとはどなた?」


 それは妻の声だった。


 僕はまだスマホに出ていない。

 なのに、なぜ?


 ゆっくりと振り向くと、暗闇の中に光る包丁の刃。そして包丁の柄を握りしめた妻の姿。


 まさか!

 どうして妻がここに!?


 僕の心臓はさっきの2倍くらい大きく跳ね上がった。


「この、大嘘つき!!」


 妻の叫び声と共に、包丁は僕の左胸へと突き刺さる。今度は胸が燃えたように熱くなった。


 僕は静かに後方へと倒れた。

 心臓はもう跳ねることはない。

 

「きゃああぁぁぁ!」


 彼女の悲鳴だ。

 暗くなる視界の中で、彼女が驚いてポップコーンを箱ごと落とすのが見えた。



 仰向けに倒れる僕の上に、雪じゃなくてポップコーンが降り積もった。




          【了】




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2022/10/7 連載開始


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【ショートショート】嘘だらけのクリスマスイブ【2,000字以内】 石矢天 @Ten_Ishiya

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