第5話 優しい世界

※そして一つ前の第5話の最後に少しストーリーを追加したので、そちらをお読みになってからこちらを読むことを強くオススメします。









 私の人生は、

   存在は、

   命は、


   ————酷く無価値だ。


 価値があったことなんてない。生まれた時からそうだった。

 常に無価値。故に不必要。

 守ってくれる存在もいたことはない。いつもいつも1人だ。



 母は、私を望まずして産んだ。

 聞いた話によると、母は未成年の頃から多くの男と関係を持ち、私はその誰かも分からない男の子供らしい。

 父にあたる人物が誰か分からないので責任を押し付ける相手もおらず、嫌々私を1人で育てる羽目になった母は、なんだかんだで14年間養ってくれていた。まあ、虐待を疑われない程度の最低限なものではあったが。


 私が生まれてから、子育てに追われることとなった母は、以前の生活には戻れなくなった。

 蜘蛛の巣のように広がっていた男との関係は徐々に無くなり、やがて0に。今まで自分のことすら碌に管理できなかった彼女にとって、赤ん坊の世話など面倒なことこの上なかった。


 そんな母の口癖はいつも1つ。


「お前さえいなければ」


 耳にタコができるくらいその言葉を聞いてきた。

 聞かない日は確か1日も無かった筈だ。朝起きた時、帰って来た時、寝る時。毎度のように言われてきた。

 その度に私は「ごめんなさい」と、自身が産まれてきたことを謝罪する。

 私さえいなければと、私みたいな不必要な存在せいで申し訳ないと《思いたいと思いながら》……




 そんな風に人としての存在を否定されるのは、家庭の中だけの話ではない。それは、学校でも同じだ。

 保育園、小学校、中学校と上がっていった私だが、その中で一度たりとも楽しいと思えた瞬間はなかった。

 理由? そんなの1つしかない。


 だ。


 どこへ行っても、どれだけ環境を変えたとしても、必ず酷い扱いを受けた。

 特定の1人からではない。必ず大多数で。担任の教師や直接関わってこない他の生徒達は、見て見ぬふりをするだけの傍観者に徹しているので、誰も助けてくれない。


 そんな私からしてみれば、靴隠しや机の落書きなど、生ぬるいにも程がある。直接肉体に干渉してこないだけまだ優しい部類だ。

 暴力なんて挨拶程度、顔面を便器に押し付けられるのも毎日のように行われ、私の素顔も、体も、その何もかもが勝手に配信され、世にばら撒かれた。


 当然、どうにかしようとはした。だが母に相談したところで相手にされないのは目に見えてたし、担任は見て見ぬふり、対応したところで軽い注意だけで何も変わらない。


 故に私は1人。

 慰める時も1人、手当の時も1人、泣く時も1人。もう何もかもが1人だった。


 それこそ、無価値だからだろう。

 無価値だから周りは私をいじめるし、無価値だから見て見ぬふりをするし、無価値だから何も助けてくれない。

 無価値だから仕方がないんだ。無価値であるのがいけないんだ。そう、……























 —————でも、私という人間は、そう便利に作られていなかった。




 思えない……そんなこと思えない!


 なんで私は産まれたら恨まれなきゃならないの⁈

 なんで私はいじめられなきゃならないの⁈

 なんで私は孤独の中1人で泣かなきゃいけないの⁈


 頭の中の私は、常にそう叫んでいた。

 この状況を諦めて受け入れ、開き直ることができればどれだけ楽だったか。

 でも私にはそれが無理だった。我慢して涼しい顔して笑っていることができなかった。

 努力はした。そんな都合の良い自分になりたいと、本気で思って。

 けれどダメだった。ただそれで得たものは底の知れないストレスと、濁りに濁りきった恨みだけ。


 憎い。

 私を産んだ母が憎い。

 私をいじめるあいつらが憎い。

 私を見捨てる世界が憎い。


憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い


 気がつくと、何もかもを恨んでいた。

 憎い。だから復讐したい。屈服させたい。跪かせたい。

 そんな風に考えてはいたが、それを実行に移せるのかと言われれば、そんなことはできない。

 先程も言ったが、私は常に1人、いわゆるぼっちだ。たった1人でどうにかできる筈がない。多勢に無勢だ。

 だから私は心の中ではいつかやり返したいと考えながら、それでも周りからされるゴミのような扱いに歯を食いしばり、耐えていた。


 そんな時、私にチャンスが訪れた。

 それこそが、突如私の前に現れたゲームマスターから貰った魔法少女になる力だ。


 彼は私にメガネ型のステッキを渡し、こう言った。


「ちゃんとルール守ってくれるなら、やりたいことなんでもしていいよ。何、その力は君に与えられた特権さ。どんな使い方をして、どんなことになっても、君を止められる奴なんて、いないからね」


 胡散臭く思える言い方だったが、その甘い声に私は心惹かれていた。

 もうなんでもいい。嘘でもなんでも、希望という幻想でも。私の気を少しでも楽にさせてくれるのなら、それで。

 私は諦め気味にもそう思い、ゲームマスターの話に乗った。


 そして私は————魔法少女となった。


 最初に変身した時、私はその姿に心躍らせた。

 初めてだった。キラキラしたお姫様が着るような服を身に纏うのは、人生初のことであったのだ。

 加えて何でも粉砕できる圧倒的な力!

 手品みたいに摩訶不思議な魔法!


 使える……これなら、私の周りにある絶望的な世界を、変えられるかも知れない!


 そう思った私は、手始めに暴言を吐く母《クソ》を魔法で支配した。 

 支配しても、暴言は相変わらず。なので、その口を黙らせることにした。謝罪の意も存在してないのを分かっていたので、そこら辺もついでに。

 だから2週間経った今でも、あの女は部屋の中で土下座をしながら謝罪の言葉を述べていることだろう。

 確か今朝見た時は、涙なのか鼻水なのか尿なのかも分からないものを床に垂れ流して、グチャグチャでパサパサの口で謝ってた筈だ。


 次に、担任教師も含めたクラスメート全員を私の僕にした。

 とりあえず今までのことの仕返しをしたかったので、全員に私と同じ経験をさせた。泣き喚いたとしても無理矢理だ。

 けれど、いじめの主犯格だった女子生徒はどうやっても殺意が薄れなかったので、深夜に徘徊してる下黒に喰わせることにした。

 人間を養分にする化け物なんて、処刑道具としては最高だ。


 彼女を喰わせた時、私はとても嬉しかった。あれは滑稽だった。本当に笑った。

 だってそうでしょう? 今まで私を陥れてた奴が、泣きじゃくりながら助けを求め、叫びながら体を喰われていく。

 そんなの、爆笑しない訳がない。


 最終的に、その女はカスすらも残らなかった。

 最後に見た彼女の顔は見るに耐えなかったが、気持ち悪さを通り越して清々しく思えた。


 斯くして、私は復讐に成功した。

 ウザかった母を屈服させ、イラついたいじめっ子を殺し、何もしなかったクラスメートを従え、晴れてクラスカーストのトップへと君臨した。


 その時の気分は今になっても変わらない。

 これが幸せ、というものなのかは分からないが、とにかく嬉しく、楽しく、気持ちよかった。こんな人生が一生続いてくれればいいと、そう思って仕方がなかった。


 でも、それと同時に不安になった。

 今の私がいるのは、魔法少女の力があってこそだ。

 もし、それを失ったら? もし、それを上回られたら?

 そうなったら、私は以前の弱くて惨めな自分へと逆戻りだ。

 嫌だ、それだけは絶対に嫌だ! あんな自分に戻りたくない! あんな生活に戻りたくない!

 じゃあ、どうすれば……

 考えてみたけど、そんなのは1つしかなかった。


 ……このゲームを生き残る。生き残ってもっともっと幸せになれるように願う。


 その為、幸せを脅かす危険性があるものは、その前に消す。

 そうなると、私にとっての危険な存在は魔法少女に他ならない。彼女達を殺して、私が生き残ればいい。

 そして、生き残ってしまえば、そこからは————私に優しい幸せな世界だ。




✳︎✳︎✳︎




「……何だよ、それ」


 話を聞いた俺は、その内容に愕然とする。


「今話したのが私の過去。どう? 短いながらもクソみたいな人生だったでしょ?」


 自慢げに言う羽河。

 俺は一度瞼を閉じ、彼女の話を振り返る。

 母親のこと。

 学校でのこと。

 魔法少女になってからのこと。

 確かに、地獄のような道のりだ。俺だったら耐えられず、途中で心が折れるだろう。


「……話を聞く限り、結局はどっちが加害者でどっちが被害者なのか、ハッキリ決めることはできない。確かに彼らがやってきたことは許せる筈もないし、俺がその立場でも許せない」


「へぇ〜。案外物分かりがいいんだー」


「でも、それでもだよ」


 開眼する。そして目の前の少女を見据えた。


「それでも、君の行いを容認する訳にはいかない。人を道具として使うような君を、俺は止めたい」


 真っ直ぐな目で羽河を射抜く。

 彼女は俺の言葉を「フッ」と鼻で笑い捨て、不敵な笑みを浮かべる。


「じゃあ何? この流れでいくと、私と殺り合うってことになるけど、分かってるの?」


「あ、そ、それは……」


 待てよ、何を躊躇ってる? 何視線逸らしてんの俺?

 覚悟くらいしてきた筈だ。ここに来るにあたって、そう決めてた筈だ。

 それに、口だけの理想じゃ、どうしようもできないだろ?


 震える脚を手で握りしめて落ち着かせる。

 奥歯を噛み締め自分自身を固定する。

 逸れる瞳は頭ごと動かして真っ直ぐにする。


 ビクつく動きから意図を理解した羽河は、地面に落としていた双剣の剣先に魂を吹き込ませる。


「あっそ。なら一瞬で終わっちゃうけど、恨まないでよ。覚悟決めた目でしょ、それ。なら文句無しね」


 彼女は言い終わる。

 ————同時に彼女は風になった。


「ッ!」


 来た!

 瞬間、腰を落として脚に力を流し込み、横に向かって跳んだ。


 ————その刹那、ビュンと。

 身を落としながら跳んだ瞬間、頭上で空が斬れる音が鳴った。

 俺は後のこと考えずに力一杯に跳んだので、着地に失敗して地面に転がった。砂埃が舞い服を汚したが、そんなこと気にせずにゴロゴロとそのまま転がり、距離を取る。


「今の避けるの?」


 回転を利用し、倒れる体を起こす。


「クッ、ハ—————」


 そして立ち上がり、彼女に背を向けて全速力で走り出した。


「逃す訳ないでしょ……!」


 背後から風の爆発が聴こえた。

 それは羽河が急接近を始めた合図だ。俺への到達予想としては1秒も無い。このままだと穿たれる……!

 なら—————


「これで!」


 俺はポケットからスマホを取り出し、そのライトをオンにする。

 そして眩しく輝くスマホの光を背後に迫る羽河にかざした。


「ッ⁈」


 羽河は強い光に瞳を細めた。

 こんなので避けられると思ってないけど、急所を逸らす為の目眩し程度にはなる筈だ!

 願い通り、彼女の視界は光によって妨害され、刺突しようと突き出していた剣は急所を逸れた。


 しかし、それはあくまで致命傷を免れただけに過ぎなかった。

 軌道から逸れた剣先は、スマホを持つ右腕の手首から肘までの間を縦に裂いた。


「ガアア—————!」


 噴き出す血飛沫。

 抉り出される声。

 地面に落ちる血まみれのスマホ。


 脳にギンと痛みが響く。

 顔面は崩壊し、喘ぎ声を上げ、涙目になる。


 —————痛い。

 単純な神経の悲鳴。

 感覚世界の暴走。


 それでも歪みだした自分をどうにか保たせて、脳で状況を理解しようとする。

 だが、痛みで脳が壊れていた一瞬の隙。彼女は既に動き出していた。

 そして、


「グゥッ⁈」


 打撃。炸裂。破裂。


 彼女の蹴りが俺の脇腹の筋肉をグシャリと潰し、吹き飛ばした。

 ズザザザと地面に擦れる体。どれだけの勢いで吹き飛ばされたのかは分からなかったが、その勢いは木に直撃するのと同時に収まった。


「クッ、アァ、アウッ————」


 視界は未だに回っている。

 痛みはもうよく分からない。

 意識が脳内を彷徨ってる。


 数秒である程度それらが回復してくると、まず求めたのは機能の整理だった。


 涙の堪えか、痛みの堪えか。

 どちらかは分からないが、とにかく息を止めようとした。

 だがそれに反して、肺から消えた空気を求め、掻き集めようとする体の我儘が働き、それが喧嘩を起こして一瞬だけ呼吸困難に陥った。


 けど、ここで時間を喰う訳にはいかない。


 そう思った俺は、無理矢理口に入る空気を噛み殺し、ぶつかった木を支えにしてどうにか立ち上がる。

 木に体を預け、痛む腕を抑えながら、正面へと向き直る。

 そこには双剣を持ちゆっくりと迫る魔法少女が1人。

 彼女はボロボロの俺にトドメを刺す気のようだ。


「クッ……」


 分かっている。このままだと俺は、死ぬ。

 あの双剣に斬り殺されるか、鞭と化して切り殺される、殴るか蹴るかで殺されるか。どっち道、最悪の結末、バッドエンド、破滅だ。


 でも————俺だって、無策じゃない。


 俺は周りを見回した。

 唯一のそれを求めて。

  記憶を頼りに。

   可能性を信じて。


 ……見つ、けた。


 視線が止まる。そこに釘付けになる。

 俺はそれに向かって歩いた。

 距離は近い。ゆっくり近づく彼女よりも先に、余裕で間に合う。


 使い古された遊具の側。

 そこにそれは突き刺さっていた。

 まるで何年もそこに刺さりっぱなしだったのかと思うくらいボロボロだったが、俺からすればあるだけで希望だ。


 俺はそれの前に立つ。そして柄をまだ動く左手で持ち、引き抜く。


 シャキンと、金属の音が響く。よし、まだやる気はあるようだ。


「……ありがとう。ボロボロになったけど、ここまで俺を運んでくれて」


 背後にいるであろう羽河に言う。

 そして手に持ったそれを構えながら、振り返った。

 振り返ると、そこにいた羽河の顔が歪んだ。


「それは……神崎 式乃の」


 彼女の言葉は、俺が今手に持っているものを指していた。


 ————それは、であった。


「さっき君が弾いた、無数の剣の内の1本。大きく破損すれば魔力の粒子になって消えてくけど、これは————これだけは免れてたんだ」


 弾かれて飛ばされたのが原因でボロボロのままだけど、俺には十分。

 式乃が戻ってくるまでの時間稼ぎ、そのラストスパート。

 これで、耐える……!


「……これで俺は、君と戦う。どれだけ生きてられるかは分からないけど、最後まで抗う」


 再び真っ直ぐと、彼女の瞳を見る。

 彼女は俺のその行動を鼻で笑った。だがあまりにもおかしかったのか、そのまま普通に笑った。


「フッ、アハハハハ! アナタ正気? 剣術で私に挑もうなんて、バカじゃない?」


 分かっている。俺は今まで武術の鍛錬をしてきたり、戦場で実践を積んできたりしてきた訳じゃない。至って普通にダラダラ過ごしてきたただの一般人だ。

 そんな一般人が、少年漫画の主人公みたいに技術も経験無いのに天性の身体能力と直感で戦闘のプロフェッショナルと対等に渡り合うなんてことはできない。

 ああ分かってるさ、一番俺が知ってるよ。


「今更でしょ、そんなの。やれるだけのことはやらなきゃだし」


 笑う彼女に対し、俺も笑みを作って反撃する。

 羽河は笑っていた顔を戻し、真剣な殺意を持った顔に変える。

 そして口を開いた。


「舐めんな、私達の戦いを……!」


 双剣が動き出す。

 月明かりに照らされる双剣は光を溢しながら俺へと向かってくる。


「ッ!」


 それを、直感と反射の剣で受ける。

 剣を介して衝撃が伝わってくる。衝撃は手を通り越して肘へ、肩へ、そして脳へと響いた。


「グゥ————」


 衝撃はありえない程に強く、それはもはや痛みと同類だった。

 麻痺する握力。発狂する筋肉。

 受けるだけで誠意一杯だ。


 だが攻撃は止まない。

 彼女は即座に2撃目の軌道に乗った。


「ウ、ハ—————」


 同じようにそれも受ける。


 限界だ。

 たった2撃。だがその2撃だけで十分体は悲鳴を上げている。

 これ以上受けるのは不可能。刀身的にも肉体的にも、次で崩壊する。

 ならば、攻撃するしかない。


 俺は受けた衝撃を利用し、攻撃に転じた。

 片足を軸に体を回転させ、勢い任せに剣撃を叩き込む。

 けれど既にその手に力は無く、どう頑張ってもへなちょこな攻撃にしかならなかった。

 故に、当然のように軽く弾かれた。


 しかし幸運なことに、剣の刃は未だ砕けていなかった。


 なら、まだいける……ッ⁈


 弾かれた剣をそのまま振り下ろそうとした刹那、彼女は俺よりも1歩速く動き、双剣を振り払った。

 まずいと思った俺は、剣を胸元にまで落とし、その攻撃を防ぐ。


「ツ、ガアッ!」


 だが勢いは殺すことができず、吹き飛ばされる。

 宙を飛んだ体は地面への接触すると再び転がったが、どうにかその勢いを止めて片膝を地に突く。今ので履いていたズボンはボロボロになったが、仕方がない。


「これで終わり!」


 怯んでいる隙に、彼女は疾走を始め急接近してくる。

 俺は回避しようと脚に力を入れたが、もう限界なのか言うことを聞かなかった。

 クソ! 避けられない!

 顔を歪める。そして回避の選択を捨てて、剣でその攻撃をさばくことにした。

 正直、不可能に近い。というか可能性はほとんど0だ。

 でもやるしかない。やらなきゃ死ぬ。


 俺は覚悟を決めて膝立ちのまま剣を構えた。

 迫る羽河はうっすらと笑みを浮かべ、俺の喉元に狙いを定める。


 詰まる距離。決着は一瞬。


 ————だがその時、別方向から飛んできた無数の剣が迫る彼女を襲った。


「————ッ⁈」


 驚く羽河。

 だが即座に切り替えてその剣達を双剣で斬って弾く。

 やがてキリがないことを悟った彼女は、後ろに飛んでその剣の雨を回避した。


「先輩!」


 同時に、横方向から俺の名を呼ぶ聞き慣れた声が聞こえてきた。

 俺はハッとし、その方向へと勢いよく顔を向ける。


 そこには、魔法少女 神崎式乃が俺へ向かってかけてきていた。


「式乃さん!」


 喜びと安心の声が漏れる。それに対し羽河は顔を険しくした。

 彼女は合流すると俺の前に立った。そして俺の姿を羽河の視界から隠す。

 式乃は俺に顔を向けることなく声を発する。


「先輩、大丈夫で……いえ、すみません。勝手なことをしてしまって」


 その内容は謝罪だった。若干だが声も震えている。

 けれど、別に怒ってなんていなかった俺は、彼女に言う。


「謝ることないよ、覚悟してたことだし。それよりも—————あの生徒達はどうしたの? もしかして、住宅街の道を使って撒いてきた?」


「嘘でしょ? 撒いてきたっていうの、あの人数を?」


 俺の質問に便乗し、羽河も聞く。

 だが式乃はその質問に対していい顔をせず、寧ろ暗く申し訳なさそうな顔をした。


「式乃さん、どうしたの?」


 何か言いにくいことでもあったのだろうか? 怪我を負わせたりとか、殺したりとかは無いと思いたいが、だとしたら彼女のこの顔は一体なんだっていうんだ?

 そんな疑問が渦巻く中、彼女は「それは」と口を開こうとした。


 —————その時、無数の悲鳴がこの周辺を包み込んだ。


「え、何⁈」


 あまりのボリュームと数に驚き、戸惑いながら当たりを見回す。

 最初は何もなかったが、時間が経つにつれて声はどんどんと大きくなっていく。

 やがて、声の主である先程の生徒達がゾロゾロとダッシュで公園内に駆け込んできた。


「あいつら……何してんの! 式乃を追いかけろって言ってたじゃん!」


 その光景を見てイラついたのか、羽河が声を荒げる。

 彼女の声に対し、生徒の内の1人の男子生徒が答えた。


「だ、だって! が、俺達を襲ってきたんだよ!」


「は?」


 彼の言葉に、俺は腑抜けた声を漏らす。


「黒い、バケモノ……? 待ってよ、それって、もしかして……」


 ————すると、あの足音が聞こえてきた。

 悪い予感が的中してしまった瞬間である。


 聞こえた瞬間、生徒達は「ヒッ」と怯え出し、体をビクビクと縮こませる。


 ノシ、ノシと、無数の足音が公園内を包み込む。

 そして奴らは公園内に生徒達を追って入り込んできた。


「下黒、だと?」


 その正体はやはり、黒き人型のバケモノ“下黒”であった。

 数は恐らく10を超えているだろう。

 雪崩のように入り込んでくる下黒達は、標的を発見するとそのまま彼らを襲い出した。


 再び数多の悲鳴が上がりだし、恐れていた地獄が始まった……






※公園での戦闘は次話が最後です。長く掛かってすみません、反省してます。なので次話からどうにか早くストーリーを進めていきたいと思います。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

マジカルゲーム 〜ストーカー後輩が魔法少女だった件〜 ザラニン @DDDwww44

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ