第9話 自己犠牲

「————はぁ、はぁ、はぁ」


 俺は息を切らしながら、夜の道を駆けていた。

 目指す場所などよく分かっていない。ただ魔法少女2人の向かった方角を進んでいるだけだ。

 彼女達の強化された脚力による速さに比べ、凡人の俺ではその速さに追いつくことは叶わない。

 だが、時間を掛ければ追いつける筈だ、あの2人の元へ。そして俺は—————


「ク、ハッ、ハァ、ハァ」


 息なんて既に死んでいる。もう何分間も全力疾走状態だ。

 肺は冷たい空気により凍りつき、喉は乾いている。

 瞳は瞬きを忘れ、流れ込む汗に蝕まれている。


 けれど、俺は脚を止めはしない。もしその一瞬で、あの2人の内のどちらかが……と思うと、止める訳にはいかなかった。


 走り続けていると、耳に金属が衝突する音が入り込んできた。

 恐らく、すぐ近くに2人はいるのだろう。

 そう確信した俺はクタクタの脚をさらに速め、音のする方へと向かう。


「こ……公園、か?」


 この音の源は恐らく、視界の先にあるあの広い公園だ。

 俺は先にある公園へと走り、出入り口から中に入ろうとする。


 —————その時。


「うわっ⁈」


 目の前のタイルに回転しながら落下してきた刀が突き刺さった。

 俺はそれに驚き、勢いよく後退りながら尻餅をつく。


「なんで————なんで急に刀が…………刀?」


 刀の柄の部分に目を向ける。

 赤と白の二色で彩られた柄を持つ刀。見覚えしかない。

 そう。これは式乃の、赤い魔法少女のものだ。


「まさか……!」


 それを理解した瞬間、俺は怖気付いてしまった脚に力を込め、無理矢理立ち上がる。

 そして公園内へと足を進め、中を見渡す。だが、見つけるのは一瞬だった。


 公園の中央には、先程の黒い魔法少女が立っている。

 対して赤い魔法少女は追い詰められたのか、木に背中を預けていた。


「ッ! 式乃さん……!」


 彼女はフラフラとしながらも、無理矢理立ちあがろうとしている。

 何かを喋っているようではあったが、ここからではよく聞こえなかった。

 だが、今はそんなことどうでもいい。重要なのは、このまま彼女達は殺し合いを続けるのか、続けないのか。

 2人の行動を見るに……どうやら続けるようだ。


「—————ダメだ。ダメだ、やめろ!」


 駆け出す。

 疲労で足への力が入りにくいが、それでも動かす。

 足は岩でも乗せられているかのように重い。どうやら、恐怖を誤魔化すことができている俺の内面とは違い、外面は割と正直なようだ。 


 そうさ。今、俺は恐怖している。

 内側では隠しきれない程の、かなりの恐怖を。

 正直、逃げ出したい。

 関わりたくない。

 目を背けていたい。

 殺されたくない。


 —————けれど、それじゃダメなんだ。


 ここで逃げて、この殺し合いを認めちゃダメだ。殺しで願いを叶えるなんて、普通の規模に収まらないこんな異常なんて。

 黙って見て、いられるかよ……!


「クッ—————やめろぉぉぉぉぉ!」


 俺は勇気と力を振り絞り、赤と黒の魔法少女の間合いに割り込む。

 そして、黒い魔法少女の進行方向に表れた俺に対して、彼女は鎌を手に突撃してくる。

 俺はそれに対して奥歯を噛み締め震えを抑え、拳を握り恐怖を堪え、接近する少女の前に立ち塞がる。


 黒い魔法少女は止まろうとしない。

 加速減速を行うことなく、ただその速さを維持し、突っ込んでくる。

 まずい、このままだと……いやでも、それでも!


「もうやめてくれ! こんなこと!」


 声すら震えている。誤魔化しようがない。

 でも、たとえそれでも、意味がなくても、せめて……!


 鎌が目前に迫る。この距離、回避のしようがない。


「ヒッ、クゥ————」


 目を閉じず、逸らすことなく。俺はその捉えることができないであろう鎌の軌道を凝視する。

 鎌は大きく後方に向けて半円を描き、そのまま一気に振り払われた。

 俺は自身の死、そして刎ねられる首のビジョンが見え、せめて最後は視界だけでもと思い、瞼を閉じる……




 —————しかし。


 2、3秒程経っても、その刃が俺の首に届くことはなかった。届くものといえば、振り払ったことにより生じる風くらいだ。


「……ッ?」


 おかしいと感じた俺は確かめるべく、瞼を上げた。


 瞼の先には、俺の首を刎ねる直前で動きを止めている鎌と、険しい顔をしている少女の姿があった。

 今まで遠くからしか見えず、その容姿を確認することはできなかったが、少女は紫の髪に人形のような顔立ちをしていた。


「……ここまでね」


 残念そうに、脱力気味に。黒い少女はそう呟き、鎌を俺の首元から離す。

 そして俺に背を向けて歩み出した。

 だが途中で彼女は振り向き、俺に告げた。


「覚悟は立派なものだけれど、その行動はおすすめしないわ。私だから命拾いしたけど、今度それをしたら間違いなく死ぬ。よく考えるように」


「っ……」


 見た目とは裏腹にかなり大人びた声、言い方をする彼女は言い終わると再び背を向け、夜空へと跳び上がった。


「助かった……のか……はぁ」


 放心状態に陥ってしまった俺は、地面に両膝をついて何もない夜空を眺める。

 体からは必要な力すら抜けており、思考もままならない。

 ————ああ。気がつかなかったけど、今日はいい夜じゃないか。

 まとまらない心のまま、呑気な感想が浮かんでくる。


「せ、先輩!」


 そんな俺に、背後から声を掛ける少女が1人。

 彼女は頭がまともに働かない俺に近づき、膝を落として視線を合わせる。

 そして、震えた声で問い掛ける。


「なんであんな無茶を!」


「あ、ぁ————」


 口が回らない。かなり重症だ、これ。

 でも聞かれたからには、どうにか答えなければ。


「……ああでもしないと、止められないと思ったし。だから————」


 単純な感想。

 それを聞き、式乃は顔を険しくする。


「だからってやりすぎです! 他人の為に簡単に命を投げ出すなんて……!」


「やりすぎ、ね。それを言ったら————」


 君だってそうじゃないか、と言いかけたが、俺は口を噤んだ。

 目の前にある彼女の顔が、あまりにも真剣だったのが理由だ。

 俺は視線を敢えて式乃から逸らし、地面へと向ける。


「いや……ごめん。ちょっとやり過ぎた」


 声のボリュームは無意識に落とされ、反省の色を見せる。

 彼女はそれを見て安心したのか、表情を緩めだす。

 しかし、少しずつ回復してきた思考を使い、俺は続ける。


「でも、やっぱり認められないんだ、人間同士の殺し合いは。だって、それはただ悲しみを生むだけだ。そんなの……黙って見ていられるかってんだ」


 式乃は緩めていた表情を一瞬引き攣らせたが、やがて落ち込むように、あきらめるように俯く。

 そして静かに、まるで観念したかのような雰囲気を醸し出し、話す。


「……そうですか。ですが、それはあくまでも先輩の考えです。私達にいくらその考えを押し付けようとしても、無駄なことです」


「ああ、分かってる。だから俺が止めるんだよ。俺なんかの力じゃどうしようもできなくても、それでも……受け入れるわけには、いかない」


「ッ————」


 俺の言葉に、流石の式乃も反応を見せる。

 だが瞳を閉じ、落ち着かせ、呆れながらも口を開く。


「……さあ行きましょう、先輩。もう7時を回りそうです」


 彼女は話を切り上げ、地面を立ち上がり、俺を置いて刀の突き刺さっている公園の出入り口へと向かう。

 しかし、俺はそれを「待って」と言って止めた。

 式乃は振り返りながら聞く。


「どうしたんです?」


「ああーごめん式乃さん。ちょっと肩貸してくれる?」


「えーと、何故ですか?」


 不思議そうに聞いてくる式乃。

 俺は苦笑いしながら理由を告げる。


「足がすくんじゃっててさ、なんか立てないんだ」









「ごめん、こっからは大丈夫」


 家の扉前。

 俺は式乃にそう言うと、借りていた肩から離れる。

 そんな俺を心配に思ったのか、式乃は離れる俺に言う。


「先輩、そんな体で本当に大丈夫なんですか?」


「大丈夫、問題ないよ。心配してくれてありがとう」


 俺はドアノブに手を掛け、続ける。


「でも、足がすくんでるっていうのを俺の家の同居人が聞くと色々聞いてきて面倒だと思うから、その人の前では俺が調子悪いって言うのはなるべく控えてほしいな」


 式乃は俺の言葉に納得すると、頷いて理解を示す。


「分かりました。それにしても、先輩って一人暮らしじゃなかったんですね」


「1人でバイトとかやってない俺じゃあこんな家に住めないよ。同居人の稼ぎあってこそさ。……よし—————」


 俺は勢いよく扉を開いた。

 扉を開け、中に入るのと同時に俺は「ただいまー」と言い、式乃は「お、お邪魔します」とぎこちない感じで言った。

 すると、中からバタバタと落ち着きのない足が響いてきた。


「おかえりなさーい紘ぉー」


 そう言いながら、家の奥から彼女は現れた。

 現れたのは、俺と同じ紺色の髪を纏う女だった。

 式乃は奥から出てきた彼女に驚き、目を見開く。


「先輩、この方がそうなんですか?」


「うん。この人、俺の姉の佐々木 依華《よりか》。年齢は隠しとく」


「依華でーす」


 姉ちゃんのあまりの明るさに式乃は少々戸惑う。一体俺関連の人にどんなイメージを持っていたというのだろう。

 俺は続ける。


「今朝は確か会ってないと思うけど、姉ちゃん平日は夜勤だからさ。朝とか昼間は眠りっぱなしなんだよ」


「ああっ、そうなんですね。なんか朝玄関に置いてある靴が男物だけじゃなくて明らかに若い女の人用もあったので、不思議に思ってたんです。正直なところ、そういう趣味もちょっと疑ってました」


 式乃は俺に目線を向ける。

 当然俺は否定した。


「な訳あるか。俺に女装趣味にはないよ」


「で、ですよね! すみません、疑ってしまって」


「ええぇー本当にないのぉ?。可愛い顔してるんだから似合うと思うのに」


 何が似合うだ何が! と叫びそうになったが、今回は式乃と依華の初対面の時だ。あまり空気を乱してはいけない。

 俺は出そうになった言葉をグッと堪え、どうにか話を移す。


「とにかく! さっき言ったように彼女ここにしばらく泊めるから、仲良くしてよ」


「うんうん、もちろんそのつもりだよ。式乃ちゃん、理由は聞かないけどまあゆっくりしてって」


 依華は俺の体から顔を覗かせ、少し奥にいる式乃に言った。

 それに対し、式乃も少々緊張しながら返す。


「は、はい。しばらくの間、お世話になります……!」


 式乃は言いながら頭を下げる。

 それを見て、俺は関係自体は問題なさそうだなと思い、胸を撫で下ろした。




※第一章はこれで終わりです。 

 次回からは第二章に入ります。

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