第8話 新たな魔法少女

※今回は途中で視点が変わります。




「先輩、荷物をまとめました……もう振り向いてもいいですよ」


 デカいバッグに私服やら下着やらを入れた式乃は、刀の入った袋と一緒に担ぐ。

 俺はというと、その一連の作業を見ないように、彼女に背を向けていた。

 年下とはいえ、式乃はれっきとした女性だ。私服や下着など、見てはならないに決まっている。

 式乃の言葉を聞き、俺は振り返る。


「終わったね」


「はい。時間ももう6時になりそうですし、早く行って、下黒退治の準備とかもしなきゃですしね」


 スマホの画面を開いてみる。時刻は確かに6時と映されている。


「そっか。じゃあ早く行っちゃおっか。なんだかんだで外ももう暗いし、一応身構えながら」


「はい」


 式乃の返事を確認し、俺は玄関の扉を開け、外に出た。

 空はもう闇に染まっており、雲と雲の隙間から黄色い月が顔を出していた。


 外に出た俺と式乃は、寄り道せずに真っ直ぐ佐々木邸へと向かう。

 道中の人通りはというと、全くとまではいかないが、2週間前に比べるとかなり少なく感じる。

 やはり下黒による殺人事件の影響なのだろう。この時間帯から町の人々は家に篭り出すようだ。


「やっぱり、人少ないなぁ」


 歩く中、ポツリと呟く。

 それを耳で拾った式乃は言う。


「ですね。でも大丈夫ですよ。多分1ヶ月もすればまた人通りは元に戻ると思うので」


「へぇー。何でそんなこと分かるの?」


「ゲームマスターが言ってたんですよ。“マジカルゲームの期間は最大でも1ヶ月。それ以内に終わらなければ叶う願いはない“って」


「え? 開催期間とかあるの、それ?」


 式乃は「はい」と当然のように答える。

 驚きだった。

 てっきり最後の1人まで永遠とやり続けるのかと思っていたが、制限時間があったなんて。


「……まあでも、運営側としては長々やられると費用とか労力とか掛かり続けるだけだし。そうなると付けられてもおかしくはないか」


 それにしても、1ヶ月、か。

 少なくとも、あと3週間はこれが続くってことだよな。

 そして3週間以内に、4人の魔法少女が死ぬ。

 ————本当に、どうすることもできないのか。殺し合いを、止めることはできないってのか。


「……先輩? どうしたんです、怖い顔をして」


 式乃に指摘される。

 どうやら俺は気が付かないうちに、かなり険しい顔をしてしまっていたようだ。


「あ、大丈夫。何でもない」


「そうですか……ッ?」


 その時、何故か式乃は歩みを止めた。

 俺もそれに釣られ、同じく足を止める。


「どうしたの? 式乃さん」


 式乃の顔を見てみると、それは真剣なものになっていた。何か余裕がないような、そんな感じだ。

 式乃は口を開く。


「……先輩、あれ、見えます?」


「え? あれって、どれ?」


「目の前の道先です」


 目の前?

 俺は示された通りに目の前の道先に目を向ける。

 距離にして数十メートルといったところだろうか。

 薄ら光る街灯の下。そこに違和感を覚えた俺は、その街灯下を凝視する。


 ————そこには、人影があった。


「あれは、人……女の子?」


 遠いのでよく容姿は確認できないが、恐らく黒髪の少女。

 身長は式乃と同じくらいで、コスプレイヤーの着るゴスロリ風の黒いドレスを着ているようだ。

 だが、この距離でも一際目立って見えるものが1つ。


「それと————“鎌“、なのか?」


 そう、ここからでも目立つもの。それはその少女の身長を優に超える長さの“鎌”であった。

 何で、こんな町中であんなものが……刃物にしても大きすぎる。あんなのまるで————まるで……ッ! まさか————


「————式乃さん」


「分かってます。多分、先輩の思っていることと、私の思っていることは同じです」


「……じゃあ、そういうことなんだ」


 女の子、ドレス、そして得物。

 この3つから導き出される答えは1つ。


 彼女は————だ。


「先輩っ」


「ッ?」


 式乃に目を向ける。


「先輩は先に家に帰っていて下さい。私はあの人を……」


 その言葉の意味を理解するのに、時間など要らなかった。

 俺は彼女を止めようと思った。


「待ってダメだ、殺し合うなんて。それは君自身も」


「そんなことは承知の上です。死ぬかもしれない、そんなことは分かってます」


 だが、彼女は意志を曲げない。


「ダメだ。殺すのも殺されるのも、そんなのって————ッ!」


 しかし、現実は俺の意志などお構いなし。黒ドレスの少女はこっちに向かって歩みだす。

 その威圧感は、押し寄せてくる波のよう。

 近づけば一瞬のうちに飲み込まれてしまうこの恐怖。

 どうやらあっちもやる気のようだ。


「くそっ、考えてることは同じってのかよ!」


 どうしようもできない状況に言葉を吐き捨てる。


「当然です。私も彼女も覚悟してこの力を手に入れた。それを止める権利は、先輩にはありません」


「ッ!」


 気がつけば、式乃の瞳には殺意の色が浮かんでいた。

 そして担いでいたバッグを地面に落とし、袋から刀型ステッキを取り出す。


 鞘を持つ左手を横腰に、右手はその柄へ。

 脚は大きく開かれ、腰を落とす。

 瞳は閉じられ、呼吸は深くなる。

 心は熱くならず冷静に、無心を貫く。


「————魔法変身」


 その言葉と共に、刀は鞘から解放され、半円を描いて振り払われる。


 ————瞬間。赤い閃光が彼女を包み込んだ。


 俺は両腕で顔を覆い、光から目を守った。

 光はしばらく輝き続け、徐々に弱まっていく。やがて完全に光は失われ、あたりは闇に再び支配される。

 もう目を守る必要がないと判断した俺は、腕を退かし、彼女を見る。


「ッ!!!」


 そこには、赤き魔法少女が佇んでいた。


 赤き魔法少女は体勢を戻し、刀の切先を前方へと向けた。

 対する黒き魔法少女は脚の回転を速め、走り出す。


 詰められていく2人の距離。


 ある程度距離が詰まっていき、10メートルを切るか切らないかといった所で、赤き魔法少女跳び上がった。

 すぐ側に立てられたコンクリート塀を踏み台にし跳び上がると、同時に黒い方も夜空の少女を目掛けて跳ぶ。


 ————そして、2つの武器が空中で交差した。


 響き渡る鋭い音。弾ける火花。

 2人の少女の勢いは互いに相殺され、一瞬だけ落下することなく空中で停止する。

 そして腕力だけで互いを弾き、空中で間合いをとる。

 一足先にコンクリート塀に着地した赤き魔法少女は、その強化された脚力を使い、家の屋根を跳び越え姿を消す。

 黒き魔法少女も、それを追いかけるように同じく跳び、屋根を越えていった。




 闇世の中1人残された俺は、無音になった世界で思う。


「————止められなかった……」


 膝を地面に落とし、何もすることができなかった悔いる。

 だが、それ以前に自分でも分かっていた。この殺し合いは、止めることなんてできないということを。

 口ではやめろやめろ言っていても、結局は口でしか言えない。同じ単語を連続することしかできない。

 力ずくで止めようにも力は圧倒的にあっちが上だ。

 口論で止めようにも彼女達の願いを砕くことはできない。

 俺には止める術も、その資格すらも、存在していない。


「くっそ!」


 握り拳を膝に叩き込み、行き場のない怒りを吐き捨てる。

 間違ってる。間違ってるんだ! こんなの! なのにどうして……いやそもそも————


「俺のこの考えは、本当に正しいのか……」


 ふと、そんな疑問が出てきた。

 自身の願いの為に他者を蹴落とす。

 よく考えてみると、それはこの世界では普通のことだ。

 出世の為に他人の手柄を自分のものにしたり、名門学校への進学の為に他人以上の点数を出したり。そんなこと世の中では日常茶飯事で、ただの普通だ。

 このマジカルゲームは、そのがただ拡大しただけのもの。

 正しい正しくないなんて関係ない、自分第一、つまり世界そのもの。


 ————じゃあ、俺は何なんだ?


 俺がやっていることは、側から見ればただのエゴだ。

 自分の考えの押し付け、自分が満足する道、いわば世界の否定だ。

 じゃあ、彼女達にとっての俺はなんだ?


「式乃さん達から見れば、俺が———俺こそが、間違いなのか……?」


 ダメだ、直視できない。

 俺は今、俺自身の内側を、見ることが、できない。


 奥歯を食いしばる。

 彼女達への怒り? いや違う。

 自分自身への怒り? いや違う。


 ダメだ。どこにこの怒りをぶつけていいかすら、分からない。


 もう、俺には、どうすることも————




























 ————でも。


 誰かが言った。

 分からない。

 誰が言ったなんて分からない。


 ————それでも。


 誰かが喋った。

 分からない。

 誰が喋ったなんて分からない。


 ————たとえエゴでも。


 誰かが動いた。

 俺には分からない。


 でも、体は勝手に動いていた。





✳︎✳︎✳︎





「ッ!!!」


 場所は公園。


 私は鎌から繰り出される攻撃に対抗して、刀による斬撃を放つ。

 交差した刀と鎌はそこで停滞し、鍔迫り合いの中ジリジリと金属音と火花を散らせている。


 口にする言葉など無い。

 相手は同じく願いの為に命を賭ける存在、つまりは敵だ。

 これから殺し、殺される相手に言葉を掛けたところで、何の意味もない。


 互いにこれ以上進展しないと悟り、地面を蹴って間合いをとる。

 距離をとって地面に着地し、目の前にいる魔法少女を凝視する。

 構えは解かない。気持ちも切らさない。

 まるで糸が千切れる限界まで張り続けているように、プレッシャーを発する。


 それは相手も同様。

 地面に刃を落としたまま、私を睨みつけている。それだけで相当な威圧感がある。


 これが、殺し合い。

 願いの為に他者を蹴落とす、このゲームのメイン。


「————展開《オープン》」


 剣先を空に掲げ、私の横に整列するように無数の魔法陣を展開する。

 そこから魔力で剣を作り出し、発射待機をさせる。


「————発射《ディスチャージ》」


 声と同時に振り下ろされる刀。

 瞬間、空中で待機していた剣は一斉に発射された。

 弾丸まではいかずとも、その速度への反応は困難。斬り落とすとしても、そう長くは持たないだろう。

 勝ちを少し確信した私だったが、それに対して目の前の少女は片手を突き出した。


「————展開オープン


 彼女の声と共に、彼女の前に紫の魔法陣が展開された。その大きさは、彼女の体を覆う程だ。

 しかし、不思議なことに魔法陣は展開されただけで、そこから何かが出てくる気配はない。

 そしてその展開されただけ魔法陣に向かって、発射された無数の剣が突撃する。剣は防がれることなく魔法陣を貫通し、その先へ。

 これならば、彼女は一溜りもない筈。そう思っていた。

 私は魔法陣の先の光景を確かめようとする。

 魔法陣は薄っすらと透けているので、その先の光景も何とか視認することができる。

 なので、私がその紫の魔法陣の先を目を凝らしてよく見た時だった。


「なっ⁈」


 漏れる驚愕の声。

 それもその筈。なんと放たれた剣達は、魔法陣を通り過ぎるのと同時に赤い粒子となって消滅していたのだ。

 魔法陣の展開を続ける少女は、その赤い粒子を浴びて涼しい顔をしている。


「効いて、いない……⁈」


 私はその事実に戸惑い、顔を歪める。

 しかし、これであの魔法少女の使う能力がだいたい分かった。


 恐らくは


 考えられるのはこの2つしかない。魔法が効かない……かなり厄介だ。

 でも逆に考えると、魔法が効かないだけ。魔法以外、つまり白兵戦なら……!


「————ッ!」


 理解するのと同時に、私は一歩踏み出した。

 魔力で強化された脚力を使い、一気に魔法陣を展開する敵に接近する。

 だが当然、私の行動は全て彼女に見えており、接近を確認すると魔法陣を消して身構える。

 削れていく互いの距離。

 その距離がある程度縮まるのを見極め、互いに武器を交差させる。


「————フッ」


 そして、得物同士による打ち合いが始まった。


 彼女の鎌による斬撃は1撃1撃が強力であり、回転を利用させていることもあり隙がない。

 私の攻撃は彼女に軽々と弾かれ、逆に反撃させれる。そのトリッキーな鎌の動きを目で追うだけでも精一杯だ。


 けど、私も負けていられない。

 彼女の動きに間に合わないなら、間に合わせればいい。

 刀1本で足りないのであれば、魔法で剣をもう1本増やせばいい。

 そうして、私は彼女に対抗していく。


 力は互角、技術も互角。

 もはや戦いの終わりなど存在しないように思えてしまう。

 けれど、どんなものにも終わりある。それは誰でも知っていることだ。


 ————故に、この打ち合いにも終わりは来る。


「クッ、アッ————」


 振り下ろした刀が弾かれ、空中を舞う。

 そして空いた腹部に彼女のヒールブーツによる蹴りが炸裂する。

 その蹴りにより吹き飛ばされた私の体は、30メートル程後方にある木の幹に激突する。

 背中に鈍く重々しい痛みが染み渡る。


「ウッ」


 痛みの反動か、自立できない私はその場に座り込んでしまう。力を入れるが、立ちあがろうとするが、痛みがそれを阻んだ。

 黒い魔法少女は私にトドメを刺そうと歩み寄ってくる。


「クッ————」


 どうする?

 私の得物は飛ばされてしまった。

 今急いで取りに向かおうとしても、彼女は許さないだろうし。

 魔法を使って対抗しようとしても、あの無効化の魔法を使われたら返り討ちだ。

 ————これは今、私は所謂"詰み"の状態に陥っているのかもしれない。

 でも、たとえそうなのだとしても……

 私は動かぬ足に力を込め、体中が発する悲鳴などを全て無視して立ちあがろうとする。


 その時、黒い魔法少女は口を開き、落ち着いた、いや冷めた声を発した。


「————何を迷っているの」


「え?」


 瞬間、立ちあがろうとしていた体が硬直する。

 迷って、る……? 私が?

 理解できず、私は彼女を睨みける。


「何を、言って」


「自分でも気付けてないのね。それはそれで、哀れね」


 彼女は呆れたように言うと、鎌を振りかぶり、疾風の如く駆け出す。

 黒い風は一気に距離を詰めていき、私へ向かってくる。


「こうなったら————展開オープン!」


 私は即席で剣を作成し、その攻撃を迎え撃つ。

 もう何度目か分からない衝突がまた始まる。

 しかしこれ以上続けても、今の私が勝つことはできない。それだけは、何故か分かる。

 詰められていく互いの距離。

 激突まであと数秒程—————


 —————その時、喉が引きちぎれる程の声がこの空間に響いた。


「もうやめろぉぉぉぉ!」


 その声にハッとした私は、視線を声のする方へと向ける。

 そこにあったのは————恐怖で顔を固めながらもこちらへと走ってくる佐々木 紘の姿だった。

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