第13話 約束の乳

 木剣を構え、リアンナに剣先を向ける。

 ルーガの時は突っ込んで行ったけど、それじゃあダメだ。

 俺とリアンナの実力差を考えると、闇雲に向かうのはナンセンス。

 俺も学習してるんだ。まずはリアンナの動きをよく見る。



「ふふ、副長との決闘を経て、少しは学んだようだな」



 何が面白いのか、リアンナは兜の奥で笑う。

 けど俺はまったく面白くない。感じてるのは、緊張感だけだ。



「お前からかかってこないと、訓練にならないぞ」

「わ、わかってる」



 深呼吸を1回。2回。

 そして……駆け出した。

 真っ直ぐじゃなくて、じぐざくに走って少しでも狙いをズラす。

 こんな小手先の方法じゃ欺けないのはわかってる。でも、今はいろいろ試さないと。

 近付くと同時に木剣を振り上げ……本気で振り下ろした。

 ガンッ──!!

 俺の両手の攻撃を、リアンナは片手で受ける。

 しかもビクともしない。くそ、こんなに差があるのか。



「遅い。弱い」

「くっ……!」



 クソッ!

 どうにかしてリアンナに当てるべく、とにかく木剣を振り回す。

 しかし今度は受けられもせず、身軽な動きですべてを避けられる。



「無駄に振り回すな。一撃を当てることを意識しろ」

「そんなこも言われても……!」



 俺からしたら、この戦法が一撃を当てる唯一の戦法なんだよ……!

 あっ、でももう疲れてきた。やばっ、心臓痛い……!



「ぜぇっ、はぁっ、ぜぇっ……!」

「無駄な動きが多いから、簡単に疲れるのだ。まあそうじやないにしても、ハザマは体力も無さすぎるが」



 体力『も』ってなんだ、『も』って。

 否定できないのが悲しいけど。

 少し距離を取り、深呼吸して気持ちを落ち着ける。

 確かにこのまま闇雲に攻撃しても、埒が明かない。

 ルーガの時もそうだったように、とにかく考える。

 考えて、考えて、考え抜くんだ……!



「どれ、手本を見せてやる。剣とは、こう振るうのだ」



 リアンナが肩に担いでいた木剣を掲げる。

 ──ゾクッ。

 な……なんだ、この寒気は……?

 リアンナが剣を掲げただけなのに、異様な圧が体に掛かる。

 ルーガと対峙した時も感じたけど、リアンナはそれ以上だ。



「本来は寸止めするところだが……ハザマはダメージを受けないしな。本気で振り下ろすぞ」

「ッ……こ、こ、来い……!」



 そ、そうだ。俺はスキルのおかげで、ダメージを受けない。

 振り下ろされたと同時に、あの特盛ぱいぱいを鷲掴みにしてやる……!

 今まで感じたことのない緊張を感じ、木剣を構える。

 次の瞬間──リアンナが動いた。

 地面すれすれを這うようにして駆けてくる。

 これはもう、人間の動きじゃない。どちらかと言えば、四足歩行の獣に近い動きだ。


 人外じみた動きに、思わず動きと思考が硬直する。

 やばっ、まず……!



「フッ……!」

「がっ……!?」



 反応する暇もなく、顔面に叩き付けられた木剣。

 視界が一瞬、暗くなる。

 十数メートルも吹き飛ばされ、丘の上から転がり落ちた。



「がふっ……!」



 丘の中腹にある巨大な岩にぶつかり、止まる。

 ダメージや痛みはないのに、衝撃が体の中に残ってる。

 まずい、動けない。腕も上がらない。

 ルーガの剣より、重く感じる。

 これが、竜騎隊隊長の一撃……なんて攻撃だ。

 打たれた場所を指でなぞると、リアンナが近付いてきた。



「大丈夫か?」

「ココロオレタ」

「大丈夫そうだな」



 人の話は聞け。

 リアンナは木剣を地面に突き立て、俺の隣に座る。

 岩で隠れて見えないと判断したのか、兜を脱いで金髪を風になびかせた。

 近いから、リアンナの美しい横顔が間近で見れて眼福です。



「ふぅ……風が気持ちいいな」

「毎日そんな兜つけてたら、気が滅入るだろう」

「慣れたがな。これに慣れたら、たまに感じる風がより気持ちよく感じるものだ」



 そんなもんかね。

 リアンナと並び、風を感じつつ青空を見上げる。

 ……のどかな時間だ。まさか異世界で、こんなにゆったりした時間を遅れるとは思わなかった。



「ハザマ。さっきの私の一撃はどうだった?」

「……すごい、としか言えない」

「はっはっは、今はそれでいい。大切なのは、想いだ」



 ……想い? どういうことだ?

 わからず、首を傾げる。



「ハザマは、私に攻撃するときに何を考えていた?」

「おっぱい揉みたい」

「…………」



 あ、引かれた。

 自分の胸元を腕で隠して、少し距離を取る。

 まあ、あんなのどストレートに言われたら、ドン引きするよな。



「そ、そんなにこんなものがいいのか。ただの脂肪だぞ」

「わかってない。お前はなんにもわかってない。男はそれの為なら、命を賭けられる」



 異論反論は認めます。個人の見解ということで。

 リアンナは3角座りをしておっぱいを隠すと、真っ赤にした顔でチラチラと俺を見る。



「ま、まあ、動機はどうあれ、それがお前の原動力……想いだ」

「ふむふむ?」

「闇雲に剣を振るうのと、意志を持って剣を振るうのでは、執念の差が勝敗を左右する」

「じゃあ、リアンナはどんなことを考えて攻撃してんの?」



 リアンナは獣のように口角を上げ、獰猛な笑みを見せる。

 彼女の美貌と相まって、言葉では言い表せないような圧を感じた。



「私たち騎士が身を投じているのは、生きるか死ぬかの戦いだ。勝てば生き、負ければ死ぬ。ならば、勝つこと以外は考えない」

「…………」



 なんと……いうか……すごいな。生きるための覚悟が違いすぎる。

 生きるために勝つ、か……そんなこと、考えたこともなかった。



「もちろん、ハザマにも同じ覚悟を持てとは言わない。ただ、ドラゴンと戦うのであれば、それくらいの覚悟で修行しろということだ」

「……わかったよ。ありがとうな」

「礼には及ばん」



 リアンナは立ち上がると、兜と木剣を手に家へ向かう。

 すると、急に立ち止まった。どうしたんだろうか。

 振り返る顔が、どこか赤いように見える。

 あと……多分、気まずそうな顔をしてる気がする。



「は……ハザマ。さっきお前は、私のおっ……む、胸を揉みたいと言ったな」

「え? まあ……」



 言ったは言ったけど、そういう気概で臨んだというかなんというか。



「そ、そうか。……そ、それが、本当に……ほっ、本当にッ、それがハザマのやる気に繋がるのだとしたら……わ、わ、私に一撃与えたら、考えてやらんことも……ない……」



 ……………………………………え????



「そっ、その代わり! 私は全力でお前の攻撃を回避する! よーく覚えておけ!」



 それだけ言い残すと、リアンナは兜を被ってリオのいる竜舎へ走って言ってしまった。

 …………マジですか?

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チートを貰って転生したけど、眼鏡だけがない。 〜視力0.01でどう生き延びろと?〜 赤金武蔵 @Akagane_Musashi

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