第13話 静かな夜に



 小柄な女性もフードを取ると、長く白い耳が出てきた。顔は人間に近い。が、ヒゲがある。

 

「ウサギ、ト、ニンゲン」【兎獣人と人間とのこどもだよ】

 全員が頷く。

「ビョウキ、ミルノ、トクイ」【病気見るの得意だよ】


 熊男も、頷く。


「ヤクソウ、アル」【薬草作りの名人なんだ】

「!!」

「うあー! よかったあー!」

 

 ダンとジャスパーの肩から、力が抜ける。へなへなと床に尻もちを突いた。


「スコシ、ノマセル、ヨイ?」【少し薬湯飲ませるね】

 うさ耳の女性は、手に持っていた薬草をダン達に見せた。

「うん、この薬草知ってる」

「エルダーだな。飲ませて大丈夫だ……なるほど、解熱と呼吸回復、だったか」


 ジャスパーとダンの会話を聞いて、嬉しそうな顔をする女性は、すぐにカップにエルダーを細かくちぎって入れて、熊男がその上から湯を注いだ。


「スコシ、サマス」

「うん」「頼む」


 ダンが温度を確かめ、飲ませやすいぬるさになったものを杏葉に与えてみると、コクコク飲んだ。

 途端に、眉間が緩んで楽な顔になったのを見て、全員がほうっと息を吐く。もう安心だろう。

 

【すごいな】

【薬草育ててるんにゃねー】

 

 ガウルとリリもようやく気が抜けて、マントを脱いで椅子に掛け、ダン達の肩をぽんぽんと叩いてねぎらった。

 

 すると、うさ耳の女性が恐る恐る問う。

 

「オオカミ、ネコ、コワイ……タベナイ?」【狼も猫も怖い。食べないよね?】


 ガウルとリリは顔を見合わせてから、きっぱりと首を振った。

 

【【食べない】】


「うおい! ここでも獣人ジョークかよ!」

 ジャスパーが叫ぶように言って

「ジュウジン、ジョーク、チガウ。アイサツ」【獣人ジョークじゃなくて、挨拶だよ】

 うさ耳の女性がうんうんと頷くと、皆、笑った。

 



 ◇ ◇ ◇




 杏葉が落ち着いたところで、熊男が名乗った。


「オレ、ナマエ、バザン」【俺の名前はバザンだ】


 それを皮切りに、それぞれ名乗る。

 

「ワタシ、ワビー」【私の名前は、ワビーよ】

【ガウルだ】

【リリにゃよー】

「ジャスパー」

「ダン」


 なぜかバザンは、ダンが名乗ると目を見開いた。


「?」

「ンン、キョウ、ヤスメ。ソノコ、ナオルマデ」【その子が回復するまで、ゆっくりしていけばいい】


 全員でそれぞれ、感謝を伝えた。

 言葉が通じる、といっても、ヒトの言葉はそこまでではないらしい。

 バザンもワビーも、ガウルとリリとは滑らかに話しているが、ダンとジャスパーとは、何度か言い直したり、首をひねったりすることがお互いにあった。


 バザンは狩りの途中だったらしく、続きをしてくると言って出て行った。家を使わせてもらうことはありがたいが、と皆で遠慮すると、ワビーが

「ヤスム、ダイジ!」

 と強く言ってくれたので、ガウルとリリは薬草取りの手伝いを申し出た。

 

 家に残る人間二人は、その言葉に甘えて、用意してくれたお茶を飲みながら一息つく。実はダンもジャスパーも、獣人王国に入ってからろくに休めていないのだ。


「やっぱ、あじゅが起きないと」

「そうだなあ、色々聞きたいんだが……」


 杏葉は、すうすうと寝息を立てて穏やかに寝ている。


「異世界人に野宿は、過酷だよな……」

「そっすよね。でも、遠慮しちゃったんすね。可哀想なことしたっす」


 しみじみと杏葉を見るダンとジャスパー。

 畑仕事だというので、装備を脱ぎながら様子を窺っていたリリは、二人から良心の呵責のような匂いがすることが、不思議でならない。


【アズハ倒れたの、ダンたちのせいじゃないにゃ。なのに、自分たちが悪いって、思ってるみたいにゃね】

【どういうことだ……】

【アタイたちに言ってないこと、ありそにゃねー】

【そうか。アズハが起きたら聞いてみるか?】

【んにゃー……】

【言ってくれるのを、待つか】

【そにゃ、ね……大丈夫にゃよ、アズハ。すぐ目、覚ますにゃよ】

【……ああ】


 リリは、心優しい銀狼が杏葉を大切に思っていることが嬉しく、目を細める。

 この二人が、また新しい未来をもたらしてくれるのかもしれない――自分を奴隷から救ってくれたように。


 

 

 ◇ ◇ ◇

 


 

 とりあえずゆっくり休んだ方が良い、と、一行はそのままバザンの家に泊めてもらえることになった。

 

 ダンが、杏葉の枕元で胡座あぐらをかいて、ぼうっと火の入っていない暖炉を見つめている。

 この集落のことなど詳しい話も聞きたかったが、杏葉が回復してから、明日ゆっくり話をしようということになった。


「ダンさん……」


 ジャスパーが、コップに白湯を入れて、ダンに渡す。

 寒い季節ではないが、夜は少し冷える。バザンは、キッチンに火種を置いたままにしてくれていた。ありがたく、使わせてもらう。


「ありがとう、ジャス」


 ガウルとリリは、隣の空き家を借りて休んでいる。

 静かな夜だ。木々が風で揺れて、ざわざわと葉をこすりあう音がする。


「俺らが見てきた世界は……なんだったんだろうな……」

「っ……」

「魔王のことも、エルフのことも、ましてやこんな半郷どころか、獣人と人間のこどもだって? そんなことも……知らなかった」

「ここの暮らしを見ると、人間て邪悪に思えますね。魔王になるのも、納得っすよ」


 ソピアという人間の国は、いざこざの絶えない、物騒な国だ。

 わずかな資源や財産を巡っては争い、殺し、殺され、奪い合うこともある。冒険者ギルドは、もう冒険ではなく『殺す』技術の高い者たちがいる状況だ。こんな穏やかな場所は、二人にとってはまるで夢のように思える。

 殺伐とした日常と、際限のない欲は、人々から余裕と思いやり、思考と常識すらも奪っていってしまっている。


「この旅がどうなろうと、俺、絶対後悔しないっす」


 闇夜に絞り出すように吐き出される、ジャスパーの熱い思い。それをダンは、静かに受け止める。

 

「なあジャスパー。俺は、杏葉のことは、諦めないぞ」

「!」

「俺は決めた。最後までこの旅をやり遂げる。力を貸してくれ」

「ったりまえっすよ!」


 二人は杏葉の穏やかな寝顔を見て――隣にごろりと寝転んだ。


 旅慣れしたダン達にとっても、久しぶりに落ち着ける、ありがたい静かな夜だった。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る